第2話 どこから来たの? って聞いていい?

 ユイは足音を忍ばせながら黒いかたまりに近づいた。正体を確かめるつもりだった。

 薄暗い室内で、黒いかたまりは体の横についた板のようなものを何度か動かしている。

 

 ――ペンギンのぬいぐるみの中に誰かが入ってるんだ。

 

 そう思い込もうとしたものの、一歩近づくたびに違うと直感した。

 いたずらで演技をしているようには思えない。まるで水族館でペンギンの背中をながめているようだ。そもそも人間にしては小さすぎる。

 ユイはペンギンが座るイスから一つあけて、自分もひっそり腰かけた。

 ペンギンの視野は狭いと本で見たような気がするけれど、こんなに近づいてもまったく気づかないのだろうか。

 ユイは自分が持ってきた本を、音を立てないよう机に置いて、ちらちらと横をうかがいながら読むフリを始めた。

 本のタイトルは『ピロスと森の仲間たち』。最近、図書室に入った新しい本だ。森の困りごとを一番体の大きなドラゴンが解決しようとがんばる話だ。おもしろくて三回も読んだ。

 けれど、見なれた挿絵が今は頭に入らない。

 機械的にページをめくっているだけで、ユイの目は黒い横顔に釘づけだ。

 どこからどう見てもペンギンだ。

 白いカチューシャを乗せたような模様の顔に黄色いくちばし。黒い背中に真っ白なおなか。長めの尾羽。記憶では、ジェンツーペンギンという種類が近い。図鑑に載っている写真よりも少し大きい瞳が可愛らしい。

 そんなペンギンが、自分の体の半分ほどある背もたれに、ゆったり体をあずけて、平たい手で写真がたくさん入ったページを器用にめくっている。

 しかも背中にはなぜか布のリュックを背負っている。

 ユイはさらに興味をひかれて、ぐぐっとペンギンが読む本をのぞきこもうとした。

 すると、同じタイミングでペンギンの瞳がくわっと見開かれた。

 すごい勢いで体を乗りだし、イスの座面にぴょんっと立ち上がると、近くが見えないおばあちゃんのように、くちばしが当たろうとする距離にまで顔を近づけた。

 ページのタイトルは、「南極圏とその周辺」となっていた。

 あろうことか、ペンギンは鳥の図鑑でペンギンの仲間を見ていたのだ。


 真剣な表情で図鑑をながめているペンギンを、ユイはあっけにとられて見ていた。

 あなたはペンギンなの?

 ペンギンがどうして鳥の図鑑でペンギンを見てるの?

 ペンギンがどうしてこんなところに?

 次々と頭に浮かぶ質問をすべて飲み込んだユイは、こんなこときいてどうするの? と自分にあきれた。

 ペンギンに質問したところで、答えられるわけがない。

 先生に連絡をするべきだ。近くに水族館はないが、どこからか逃げてきた飼いペンギンかもしれない。

 ユイはようやく当たり前のことに気づいた。驚かさないようひそかに腰を浮かせて、イスから立ち上がろうとした。

 その時だった。


「いやあ、これはすごい。こんなにたくさん種類がいるのか。でも寒い場所はやだなあ……」


 少年の声が真横から聞こえて、ユイは頭をなぐられたような衝撃を受けた。

 ペンギンはそんなユイに気づかず、読んでいた図鑑をぱたんと閉じると、上手にリュックを背中から下ろし、中をさぐって小さな何かを取りだした。

 茶色いスタンプだ。


「いずれ入口に使おうかな」


 板のような手先を器用に丸めて、ぽんと図鑑の右上に押した。

 意外と強い力で押したのか、机が小さく音を立てた。

 思ってもいなかった展開に、ユイは体をこわばらせ、イスをがたりと揺らして立ち上がった。


「あっ……」


 どちらの声だっただろう。

 ユイと素早く首を回したペンギンは無言で数秒見つめ合った。

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