残り5日


「ははっ、まさか花蓮が寝坊するとは」


「~~~~~ごめんって!!!!」


 現在、新幹線に揺られながら目的地へと移動していた。

 幸いにも乗車券の時間変更が可能だったので、旅に行けないという最悪の事態は起きずにすんだ。しかし花蓮の寝坊が数分ならまだしも数時間のレベルだったので予定は大幅に変更だ。


「予定…だいぶ狂ったわね……ごめんなさい」


「別に気にしてないさ。そうだな……」


 このまま予定を無理やり組み直して旅行するのが定石だろう。しかしズレた予定を見るたびに花蓮が気にしてしまう可能性がある。よって俺は大胆な行動を花蓮に持ちかけた。


「なぁ、このまま予定は全部破棄しよう」


「はぁ!? なに言ってんのよ」


 花蓮は余計取り乱している。俺の意図が分からないらしい。


「そんなことしたら行き先のない放流みたいな旅に--あ、」


「そーゆこと。特に予定は立てず、その場のノリと直感で旅をしよう。資金はあるんだし、猶予も明日の夜までに帰れば問題ない」


 まさにそんな旅を世界中でしている人が身近にいるではないか。たまには彼を見習ってみるのも悪くはない。


 とはいえ、資金は無限にあるわけではない。使い道は限られるし行き先も限度がある。


 1人ならばヒッチハイクしてみるのも手だが、今日は花蓮もいるので移動手段は公

共交通機関のみにしておこう。


「予想もしなかった地で観たこともない景色を2人で探して自由に歩くんだ。これはこれで楽しみじゃないか?」


「そう言われるとそうね。そんな旅も悪くないと思えてきたわ」


 こうして俺たちは、本来なら降りるはずの駅を通過した。そして改めて降りる駅を2人で何となく決めて、楽しい未来の話を進めた。






 **************************






「だいぶ遠くまで来たな。ここで良かったのか?」


「ええ、なんだかここに涼しい場所があるっぽいの」


 新幹線から降りた後、花蓮が気になる場所を見つけたらしい。

 行き先は『後の秘密よ』と教えてくれなかったが、電車に乗ったりバスに乗ったりして田舎のほうまで進んだ。

 正面を見ると高い山がそびえ立っており、周囲を見渡すと田んぼしかない。こんな場所に一体何があるというのか。

 

 しばらく歩くと、大きな駐車場と窓口がある施設にたどり着いた。


「よし、ここね。受付に行ってくるわ」


 颯爽と駆け出して窓口のオジさんと会話を始めた。


『歴史的観光地へようこそ』


 大きな門の上から垂れ下がっている暖簾に大きく書かれていた。そして側に置いてあるパンフレットを手に取る。


『生野銀山・概要マップ』


 ……なるほど、過去の遺産と言われる所以を理解した。


「お待たせしたわね。さっそく奥に入るわよ」


「まさか銀山とは。想像もしなかったぞ」


「でしょ? 私も行ったことなかったら。こんな場所はこういう機会がないと行かないと思って」


 確かにそうかもしれない。普通に旅行に行くならば遊園地やお寺など主要な観光地に出かけることが多いはずだ。

 その銀山の入り口に辿りまでに、大きな滝や展示施設などを通り過ぎる。他の観光客もチラホラ見かけたが、大半は家族連れで子供が楽しそうにはしゃいでいた。


「いいわよね、子供。見てるだけで癒やされるわ」


「子供が好きなのか?」


「ええ、結婚するなら4人は産みたいわね」


「いいなそれ。大家族で楽しそうだ」


 俺は一人っ子で、おそらく花蓮も一人っ子なので兄弟というものに憧れているのかもしれない。


「……なら私たち夫婦にピッタリね。子供の人数で喧嘩しないわ」


 まっすぐな瞳で問題発言する花蓮に慌てて答える。


「な、なにいってんだ!?」


「ふふ、冗談よ」


 どうにかして誤魔化せないか周囲を探ると、救いの手のように銀山の入り口を見つけた。


「ほら入り口だ、行くぞ」


 花蓮の手を引き入り口まで一直線に向かう。


「ちょ、手、て、手が」


 何を慌てているのか分からないが、そのまま銀山の奥地へ突き進んだ。



 まるで異世界に来たかのような気温の差と幻想的な景色に二人して感動していた。少し肌寒く仄かに薄暗い空間をどんどん進んでいく。道中では、実際に銀を取るために岩を掘っている姿をした人形が多く配置されていた。


「凄い眺めね。これどこまで続いているのかしら」


「主要の鉱脈は2.6kmくらいあるらしいぞ。でも実際には1kmだけ歩けるって説明があるな」


「そう……どこまでも続くような坑道で綺麗な景色だわ」


 暗い地の中、淡いライトに横顔を照らせれ物静かに遠くを眺める花蓮の方が――綺麗だ。


――とか言えるはずもないので黙って花蓮と歩いて出口に向かった。




 実は『手を繋いで歩いていた』事に気づくのは、出口で子供に『仲良しな恋人さんだね!』と言われた後のことで、その後のことは気が動転してよく覚えていない。

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