残り33日
「その……この前はすまん」
「いえ、私こそ変に勘違いしてごめんなさい。らしくなかったわ。」
あれから休日に入り、アゲハとのすれ違いを解消すべくカフェに誘った。意外とすんなり謝ることができ、ホッと安心する。
その後、いつものように雑談して時間を潰していたが、前から気になることがあったので聞くことにした。
「そういえば、なんで健人君に怒っていたの?」
「あー、いや、その……俺の勘違いだから気にするな」
なぜか顔を真っ赤にして答えるアゲハ。普段から冷静なアゲハがこんなに態度に表すことは珍しい。そこまで焦るくらいの勘違いをしていたのだろうか。
「ふーん……また教えてくれないの?」
「おいおい、勘弁してくれよ」
堪らなくなって、思わず笑ってしまった。それにつられてアゲハも愉快に吹き出す。もちろん、これを隠すアゲハが私に対して嫌いだから、ということじゃないことくらい分かっている。
あぁ…楽しい。なんでこんなに気持ちが弾むのだろう。こんな何でもない日々が永遠に続けばいいのにと思ってしまう。
『――学校で嫌なことがあった時、誰に聞いてもらいたい?』
「あのねアゲハ。昨日貴方とご飯を食べないと思って食堂に行ったんだけど、お気に入りのパンが目の前で売り切れて――」
愚痴を聞いてもらおうとした時、昨日の健人君の問いが頭の中で流れた。きっと、これに答えを出してしまったら、私は今までの私じゃなくなってしまう。
でもそれは、悪いことじゃないのだろう。
『――逆に、嬉しいことがあったときも同様に』
「でもね、期間限定パンが残り1個だけ残っててビックリしたわ。私、そのパンを買ったことなかったら運が良かったの。まあ、日頃の行いが良いからね」
いつもなら、自分の中でモヤモヤは勝手に解消していた。読書したり、音楽を聞いたり。別にそれは苦でもなかったし、そもそも誰かに話すという選択肢すら無かった。でも今は――自然と彼に話してしまう。すると自分でも驚くくらいにスッキリするし、むしろ気分が良くなる。
『あとはそうだね…美味しそうなお店を見つけて誰と行きたいとか』
「あ、この前たまたま別の帰り道を使ったけれど、またオシャレなお店を見つけたから今度行くわよ。一人で行ってもいいのだけれど、せっかくだからアゲハも誘ってあげるわ、感謝しなさい。……え? 別に行かなくてもいい? いいから黙って付いてきなさい」
こうやって誰かを食事に誘うこともなかった。アゲハと付き合うようになってから自分が変わってきたからか、クラス内の女子からも話しかけてくれるようになり、何人か友達と呼べる人は増えた。でも、遊びに誘うのは決まってアゲハが優先順位は上にある。これは単純に、アゲハと遊ぶことが当たり前だから自然の流れからだと思っていた。
『最後に決め手だけど――』
「まあいいか。お前となら、どこに行っても楽しいし。付いていきますよ花蓮さん」
――その言葉に呼応して、ドクンッと心臓が暴れだす。
『彼の目を見てドキドキするなら――それはもう、間違いないんじゃないかな』
アゲハの目を見る?
そんなの、いまは出来るわけがない。ただでさえ、こんなに鼓動がうるさいのに。
もう、自分を誤魔化すのは無理があるみたいだ。
私――アゲハに――
「ふふっ」
「どうしたんだよ、いきなり」
突然笑いだした私に不思議がる彼。自分の今までの不器用さを振り返ると、笑わずにはいられなかった。どうして、もっと早く気づかなかったのだろう。きっと姫乃や健人くんは私を見て、私より早く気づいていたに違いない。それを遠くから眺めて楽しんでいたのだろう。
でも、そうと決まれば、この先の答えは一つ。
「覚悟しといてよね、鈍感おバカ。絶対に分からせてやるから」
「え、なんだよいきなり」
正々堂々と宣戦布告して、勝ってやる。
私には、時間は限られているのだ。
そう――残り余命が、尽きる前に――。
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