残り35日


「おい健人、ちょっと来い」


「うん? いいよ」


 昼休みに入ってすぐ、アゲハに呼び出されてついていった。いつもなら教室を静かに出ていくのに、今日は嫌悪な雰囲気を醸し出している。僕にこんな怒りをむき出しにしたのは……たぶん初めてだと思う。


「なんかしたっけなぁ、僕。まったく心当たりがーー」


 呼ばれた理由を考えていると、連れていかれる僕と無言の圧を放っているアゲハを見た女子生徒が、ヒソヒソと陰口をしていた。


「健人くん、ついに例の女の子にも手を出しちゃったって。昨日の夜にキスしているところを見た人がいるらしくてね」

「うっそぉ。でも健人くんはそんなことしないから、きっと女の方から顔を近づけたに違いないわ。巻き込まれる健人くん可哀想よ」


 その言葉で僕は全てを察した。まさか人に聞かれたくないがために実行した行動が裏目に出るとは……。これは何としても早く誤解を解かないと。


「俺はな、健人。別にどんな人と何をしようが怒りはしないし、関わろうとも思わない。それは個人の自由だから」


「……そうだね」


 人の通りが少ない場所まで行ってアゲハはポツリと話しだした。


「けど、花蓮に手を出すのは違うだろ」


 やっぱそう勘違いしていたかぁ。たぶん昨日の花蓮さんとの出来事を誰かから聞いたか、実際にあの現場を見ていたかだね。全く、早とちりなんだから。いつもなら冷静に判断して勘違いとかしないのに、アゲハらしくなくて少し笑ってしまう。


「なんで? 別にアゲハの彼女でもないし関係なくない?」


 正直、いまから誤解を解くことはできる。アゲハは人の嘘なんて一瞬で見抜けるので、逆を言えば本当のことは本当だと信じてもらえるからだ。しかし、ちょっと面白いのでこのまま事を進めることにする。殴られそうになったらやめよ。


「それはそうだが……あいつが嫌がることを見過ごすわけには――」


「そんなことを花蓮さん本人が直接言ったの?」


「……いや」


 思考と感情が噛み合わず混乱しているように見えた。ここまで動揺するアゲハを見るのは久しぶりだ。ちょっと可哀想になってきたので、そろそろネタバラシしますか。


「ふふ。大丈夫だよアゲハ、別に僕は花蓮さんを狙ったわけじゃないし嫌がらせをしたわけでもないよ。アゲハなら嘘を言ってないって分かるでしょ」


 まっすぐアゲハの目を見て真実を告げる。本当に嘘を言っていないので、逆にアゲハは混乱していた。


「ん? じゃあなんで花蓮に近づいてキスしようとした?」


 うわ~、よりによってとんでもない勘違いをされてらっしゃった。純粋な男の子みたい。面白いなこと人。


「違う違う、あまり人に聞かれたくないことだったから耳元で囁いただけだよ」


「そうか、そうだよな、そうだと思っていたよ、うん」


 自分が勘違いしていたと分かったらすぐに誤魔化している。本当は僕を信じて何も言わずに過ごしたかったんだろうけど、身体が先に動いてしまったのか。


「アゲハと喧嘩して悩んでいたんだよ。あんなに健気な女の子、そうはいないんだから。ちゃんと仲直りしてよ?」


「あ、ああ。喧嘩してたわけじゃないが……迷惑かけたな」


 こうして、アゲハの勘違いは綺麗に解けて、今日はお詫びと言うことで昼ごはんを奢ってもらった。学生の恋愛ドラマを見ているようでこっちまでドキドキする。早く展開が進まないかなぁ。

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