残り50日


「ここの問題、どうやって解くんだ?」


「そこは……こうして……」


 彼女は俺が死ぬほど迷ったあげく仕方なく助けを求めた問題にアッサリと的確な答えを示した……いや、その答えにたどり着くまでの道筋を明かした。あくまでも答えは俺に求めさせることで問題の理解度を最高値までに引き上げたのだ。

 どうやら、人に教える指導のレベルも完璧となれば素直にお礼を言う以外に選択肢が無い。


「なるほど、さんきゅ」


 夏休みが明け、学校開始から3日目。2日後の課題テストのため、花蓮と俺は放課後も教室に残って勉強をしていた。

 お互いに勝負をしている立場だが、花蓮曰く「貴方に少し勉強を教えたところで勝ち負けが逆転するわけないわ。それよりもボロ勝ちしてしまう方が面白くないから早く勉強するわよ、はい、教科書だして」と自信たっぷりなので、プライドの問題で若干悔しいけれど教えを請うことにした。


「あ~、テストなんて無くなってしまえばいいのに」


「そういわずに、あと少し頑張りましょう」


 ついでに健人と姫乃も一緒に勉強していた。彼らは特に成績に関して問題ないが、しないよりした方が良いという理由で残っていた。後はテスト前で部活も生徒会も休みになっていて暇なんだろう。俺らと一緒に勉強というなの集まりに参加したいのだ。


「どうして俺の周りはこんなに優秀な人材が揃っているんだ……劣等感が凄い」


「まあね、ありがと」


「あー、花蓮以外と言うのを忘れていた、すまんすまん」


 眉間にシワを作って俺を睨む花蓮。無言だけど圧が凄い。このままだと勉強を教えてくれなさそうなので謝っておくか。


「あの二人……あれで付き合ってないんですよ。健人さん」


「ほんと、さっさとくっつけばいいのにね、姫乃ちゃん」


 二人がヒソヒソと、こちらを見ながら話している。どうせ、ろくでもないことで密談しているに違いない。何か問題でも起こされる前に話に割り込んでおくか。


「なあ、健人。お前はスポーツ万能で勉強も出来る。ましてや顔も整ってイケメンときた」


「うん、そうだね、ありがと」


「くっ、自分から言っておいて何だがムカつく」


 花蓮といい、なぜこうも簡単に自分に自信が持てるのか。少しは遠慮して建前の否定でもしてほしいものだ。


「いや、すまん、話を戻す。……そんな健人は、将来いったい何を目指しているんだ? もはや成りたい者に何でも成れるくらい才能はあると思うけれど」


「うーん……将来かぁ。考えたこともなかったな」


 いつも楽観的で、悩むこととは無縁の人だと思っていたけれど、俺がテストの難問に取り掛かってるくらいに悩んでいた。


「私も、考えたことなかったですね。とりあえず勉強しておけば将来苦労はしないかなと考えるくらいです」


 姫乃も健人と同じく将来について確立したビジョンはないらしい。……ないのに、ここまで部活や生徒会を真面目に取り組んでいることに驚いた。何か、叶えたい夢とか、理想とする将来の姿があるからこそ頑張っていると思っていた。


「花蓮は、どうなんだ?」


「私は……将来なんて、考えても意味ないから」


 それは、どういうことだろうか。いくら考えても夢が見つからないということか?


「そ、そういうアゲハは将来、何をしたいのよ!」


「俺は……そうだな、景兄と世界を一緒に周りたい」


 彼の生き様に憧れて、それになりたいとずっと思っている。


「アゲハ、それずっと言っているよね。羨ましいよ」


「ええ、まったくです」


「な、何が羨ましいんだよ。お前らだって夢を持っていいだろ」


 むしろ彼らは、その夢を叶えると決めて本気を出したなら、恐らく成功するくらいのポテンシャルは持っているはずだ。なのになんで将来のことに悩むのか。


「……将来のビジョンとか、夢とか、今を全力で生きて叶えたいって思える何かを持っている人は少ないよ」


「今の世の中、別にそんなの持たなくても十分に楽しく生きられる時代ですから。むしろ、そんな夢を持って、それが敗れた時のことを考えると、それだけで夢を持つことに否定的になる人が大半です」


 その言葉は、確かに理解できた。その夢のために人生を費やして、もし仮に失敗すれば、全てが無駄の人生だったことに成りかねない。それは怖いだろう。でも――


「でもさ、その夢を諦めて、将来『あの時、ああしておけば良かったな』って後悔して生き続けるくらいなら……俺は挑戦して後悔したい。別に姫乃の言うことを否定する気はないけれど」


 たった一度きりの人生なんだ。何もかも諦めて生きていくくらいなら、俺は何かを目指して生きていきたい。それが叶わなかったら……なんて考える暇があるくらいなら、行動あるのみだと思っている。


「そういうところが、羨ましいんだよ、僕は」


「俺からすれば健人が羨ましいけどな」


 これこそ、隣の芝生は青いってやつだ。


「挑戦して……後悔するほうがいい……か」


「あれ、もしかして俺の言葉が響いたか? 感謝しろよ」


「ち、違うわよバカ! 話を逸して誤魔化しているようだけど、早くこの問題を解いて。でないと今日は帰さないから」


 どうやら今日は、脳みそをフル回転させないと帰れないらしい。でも、これも夢を叶えるためだと言い訳を付けるなら、頑張れる気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る