残り59日


「やっと雨が止んだわね」


「まったくだ。ようやく外に出られる」


 昨日の電話で雨が止むことを祈っていたが、まさか本当に晴れるとは思わなかった。上空は雲ひとつない晴天で、額から滲み出る汗で前髪が湿るほどだ。さらに雨上がりのせいか、湿度も高くムシムシする。雨が降っていないが、これはこれで、さすがに今日は外で遊ぶには適さない日だ。

 しかし、お互いに相手がどこに行くか決めてくれると思っていたので特に予定は立てずにいた。よって、前回すぐ帰ってしまったカフェに再度いく流れになり、今に至る。


「そういえば、あなたの兄さんのことを聞こうとして帰ったから、その続きを聞こうかしら」


「ああ、わかったよ。でも別に面白い話じゃないぞ?」


 それから俺は景兄の話をした。ある日、いろんな事件が起きて人生に絶望していた俺を気まぐれで拾ったこと。彼が過去は世界を飛び回ってたこと。知り合いが多すぎてどの国でもツテがあり仕事に困らないこと。一人で生きていける多くの術を身につけていること。俺は世話役として雇ってもらい、賃金の代わりに家に住ませてもらい、同時に様々な知識を学んでいること。まだまだ話したらきりがないので、詳しく言わず簡潔に語った。


「なんか、壮絶だけど自由奔放な人生を送ってるのね。景兄さんも、貴方も」


「そうだな。でも俺は、あの人が羨ましい。景兄以上に自由に生きている人を俺は知らないから」


 俺は昔まで生きることに、執着はなく、いつ死んでも構わないと思っていた。あの事件があってから……。しかし景兄に会って、あの人の生き様を聞いて憧れた。俺も、自分の思うように自由に生きてみたいと。しかし世間はそんな甘くない。だから俺は一人でも、世界のどこでも生きていけるように色んな技術を学んでいる最中だ。おかげで毎日、自分の成長を肌で感じられるので楽しい。


「なんでそんなに『自由』って大事かしら。アゲハ、過去に何が――いえ、何でもないわ」


 何かを言いかけて花蓮は口を閉じた。正直なところ、俺も今は話す気分ではなかったのでありがたかった。


「それにしても、ここのドリンク本当に美味しいわ。これ、飲んでみて?」


 彼女は俺の雰囲気を察したのか、話題を上手く変えてくれた。確かにここのドリンクはどれも美味しい。そして彼女自信が頼んでいたカフェオレの味を共有したいのか、俺にストローを刺したままのカップを持って手を差し伸べてきた。


「そこまで言うなら、貰おうか」


 花蓮の指示どおり、俺は差し伸べられたストローに口をつけ一口分くらい吸った。

 うん……やっぱ美味しい。そこらのお店で売っているのと何が違うのか……材料がいいのか……はたまた作り手が関係する――


「ちょ、えええぇぇぇぇぇ!!!! なにしてんのよアゲハぁぁ!!!」


 外の太陽より真っ赤な顔をした花蓮が、手に持ったカップを高速で自分の元に引き戻す。なぜか息も荒く「ふーっ!」と怒った猫みたいな態度になっている。


「ど、どうしたんだよ、いきなり」


「どうしたって、貴方ね、私の使ったストローそのまま使うって正気!?」


 正気もなにも、差し出してきたのは花蓮からで、俺が自分から咥えにいったみたいな言い方はやめてほしい。


「あ、あれじゃ、か、か、間接キ、ス、になるじゃない!!!」


 もはや怒りを通り越して、恥で涙目になっている。怒っているのか泣いているのかどっちかにしてほしい。それに、ちょっと面白いから困る。笑ってしまいそうだ。しかもたかが間接キスくらいで、そこまで怒らなくても……。まだ潔癖症と言われ方が申し訳ないと思えた。


「す、すまん。ストローつけたまんま差し出してきたから、そのまま使っていいと思ったんだよ」


「そんなわけないでしょ、バカ!! バカアゲハ!!!」


 その勢いのまま手に持っているカップの中身を急速に吸い上げた。それじゃまた間接キスになるのにと思ったけれど、何も言わないほうが吉だと察する。


 こうして今日は、満足いくまで花蓮とのんびりカフェで時間を潰した。

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