残り62日
「それで、ここを紹介してくれたのね」
「だから俺というよりは景兄に感謝してくれ」
先日、景兄から教えてもらったカフェにさっそく花蓮を誘い、お互いに時間が合う日を決めて今日も迎えた。相変わらず遅刻してきたが、もはや気にならなかった。初めから遅れると分かっているならば対象の一つや二つは用意できる。今日はカフェだったので本を持ってきて読みながら待っていた。
俺の中で今はライトノベルブームが来ていて、その界隈で人気のシリーズを読み進めている途中だ。初めは普通の一般文芸を買おうとしていたが、少し読んでみるとこれがかなり面白かった。ギャグが面白くて、しかし店内なので声を出さずニヤっと1人で笑っていたら花蓮が来た。「あなた、1人でニヤニヤしながら読むと完全に不審者よ。私でも話しかけるの少し躊躇ったわ……」と言われてしまったので次からは気をつけることにする。
「前から思ってたんだけど、その景兄って誰?」
確かに、花蓮には景兄のことを何も話していなかった。……まあ教えるにはいい頃合いかもしれない。隠しておく理由もないしな。
「もう死んでもいいって思いながら生きていた俺を面白半分で家に招いた変わり者。世界を飛び回る放流者。人を見極める天才。格闘家と対等に戦える強者。正直、俺も困惑するくらい謎の人物だ」
「……なにそれ。漫画の世界の住民?」
どうやら俺の話を少しも信じていないらしい。自分で言っておいて何だが、それが普通の人の反応として当たり前だと思う。俺だって全てを知らないし、本当に何者なのかも分からない。けれど、なんか信用できる人なのだ。
「色々ツッコミたいことはあるけれど、アゲハが変に強くて変わり者の理由が分かったわ」
数分前に注文したカフェラテを優雅に飲みながら花蓮は呟き、窓から差す日光に照らされながら、静かにカップを下ろす。無駄にこの光景が似合うので少しドキッとしてしまう。
「まあ、今日は別に時間はあるし。ゆっくり話してやるよ」
「そうね――ッ!?」
突然、花蓮が店内テレビで流れているニュースを見て顔が固まった。
このカフェにはカウンターの上に大きなテレビが置いてある。静かな雰囲気を壊さないために音量は少量だが、画面が大きいため字幕を読んでニュースなど見る人が多い。その画面を花蓮はまばたきもせず凝視している。
「え、なんで……確かあれは来週……まさか変わって……」
何やら訳の分からないことをブツブツ言っている。心なしか手に持っているカップも小刻みに震えている。いったいどうしたと言うのだ。
「ごめん、アゲハ。本当にいい店で楽しいのだけれど、今日は帰った方がいいわ」
「いや、どういうことだよ」
「みて、あの報道。『九州地方南部で記録的な大雨による被害』って。あれはここにも大きな被害をもたらす前兆よ」
テレビでは大雨で反乱した川や土砂災害の映像が流れていた。被害はかなり大きく、多くの住宅に被害をもたらしているようだ。しかし――
「だけど今は晴れだぞ? 確かに危ないが今日はさすがに大丈夫だろ」
「いいえ、アゲハ。あの豪雨――嵐は数時間後にこっちへ来る」
花蓮は真剣な眼差しでこちらを見つめる。……さっきから見ていたが、花蓮に嘘をついている挙動はなかった。そもそも花蓮にこんな嘘をつくメリットは一つもない。
「私を信じて、アゲハ。お願い」
「……わかったよ。今日は帰ろう。別にまだ夏休みはあるしな」
すると花蓮はホッとした表情で胸を撫で下ろした。
「詳しいことはまた今度話すわ。そして後日、埋め合わせしましょ。後は雨風が予想より凄いから水道が止まるとか停電とか考えるのよ。それと――」
「わかった、わかった、気をつける」
こうして、俺たちは解散して家に帰った。
――その数時間後、驚いたことに天気が急変して、嵐のような大雨が降り注いだ。街に多大な被害を及ぼすほどの災害で、いくつもの川が氾濫するほどの。しかし花蓮の注意を信じて備品は買い揃え、さらに景兄も天気を読んで帰ってきていたため大事に至らなかった。
いったい、なぜ花蓮はこの未来を予測していたのか……分からない。
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