残り66日


「ごめん待たせた?」


「ああ、待った。まさか誘ってきた本人が遅れてくるとは思わなかったよ」


 今の時刻は『13時17分』。約束の時刻より1時間近く遅れてくる花蓮に、俺は遠慮なく不満を伝えた。


「そう、それはご苦労さま」


 しかし花蓮は気にせず歩みを進める。まったく、肝が据わってる奴だ。俺以外の人なら普通は怒られるレベルの遅刻だぞ。

 それにしても珍しいなと思った。時間を待ち合わせして集合をしたことがないから確信は持てないが、彼女は時間にルーズな性格ではないと思っていた。授業はもちろん、朝の登校時間ですら遅れたことを見たことがないからだ。まあ学校生活とプライベートの生活感を分ける人もいるだろうから、そういうタイプなのか。それに何故か前で歩いている花蓮が肩で息をしているように見えるが……気のせいだろう。


 ちなみに、今日の花蓮は明るいふわふわの格好をしていた。普段は冷静沈着で大人しいので、どちらかと言えばクールな雰囲気を出す服装かと思っていた。俺がファッションに詳しくないので上手く伝えられないが、例えるなら、執事とお嬢様のどちらかと言えばお嬢様のような可愛いらしい服だ。


「それで、花蓮お嬢様、どこ行くのでしょうか」


「んー、そうね。普段一人じゃ行かない場所に行きたいわね」


「と、いうと?」


 しばらく花蓮は1人で考え始める。ということは特に予定も立てずに俺を誘ったということだ。

 1人で普段は行かない場所となると……遊園地や映画館とか。いやでも最近は1人でも行く人は増えているらしい。

 すると突然、花蓮はアイデアが頭に降ってきたのか、口を開いて目を輝かせた。


「焼肉だわ!!」


「は?」


「だから、焼肉いきましょ。お腹空いたし」


 予想もしなかった言葉に、思わず目が点になる。焼肉て、まあいいんだが。


「なに、もっと可愛らしいこと言うと思った?」


 花蓮は腰に手を当てて深い笑みを浮かべた。俺の虚を突いて満足らしい。たぶん自分が行きたい店とかより俺を驚かせる案を選んだに違いない。


「いや、俺も肉は好きだからいいぞ。いい店を知ってるから、そこに行くか」


 以前に景兄から美味しい店を教えてもらっていたのが功を奏した。しかし、このままじゃ負けた気がするな。何か俺も驚かせるような何か言いたい。……そうだ。


「そいや、今日は可愛いな。その服、似合ってるぜ」


「んなッ!? あ、ありがと……」


 顔をまっ赤にしてアタフタしている花蓮を見て、俺も満足した。べつに嘘は言ってないので悪い気もしない。


    

  



 そしてしばらく歩き、さっそく焼き肉屋に入ったのだが、入り口間際で花蓮が慌てて俺の腕を引っ張り始める。


「ちょ、まって。やっぱなし、焼き肉はなし」


「いきなりどうしたんだよ」


 自分の服を改めて見つめ、そして気まずそうに呟く。


「その、匂いとか、タレとか、色々付きたくない服だから……」

 

 自分で言っておいて何も考えてないのかよ……もしかして意外とポンコツなのか。


「失礼ね、誰がポンコツお嬢様よ!!」


「誰も言ってねえよ!!」


 なんだ、心を読めるのかコイツは。

 

「でもそれなら安心してくれ。この店は網から出る煙を吸い上げて綺麗な空気にする換気扇が焼き場に付いているし、タレとかもこぼして大丈夫なように紙エプロンとかくれっから」


 景兄から連れてもらった時は設備の最新機能にびっくりした。俺には理解できない仕組みで煙は上空に登らないようになっている。


「か、紙エプロン……なんて変態が集まる焼肉屋なの」


「お前、なんか勘違いしてないか」


 そんなこんなで、俺たちは焼肉を満喫した。花蓮の服の事故もなく、肉も美味しかったし、料金も景兄の知り合いということで安くしてもらえた。

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