残り70日


「ちゃんと来たか、花蓮」


「……」


 あれから次の日の昼休み。俺から声をかけても避けられてしまうので、健人に『昼休みに誤解を解きたい』と伝言を花蓮に言ってくれ頼んだ。すると、何とか屋上には来てくれた。

 相変わらず花蓮は黙ったまま。早くこの誤解を解いて仲直りしたいのだが……。


「まず誤りたいのは、姫乃が変なことを言ったことだ。俺は関係ないようで関係がある……すまん」


 俺がいなかったあの日、たまたま花蓮と姫乃は屋上で出会ってしまい、こんな誤解を生む会話になった。初めは姫乃が花蓮に校則違反ということを注意したに違いない。俺には何も言わないが、他の人には割と校則に厳しい人だからだ。そこから大人しく従って帰ればいいのに、花蓮は我慢ならず反論でもして姫乃の妄想による虚実を聞いてしまったのだろう。

 そうなるとここには俺に非がないとはいえ、素直に誤ったほうが得策だと考えた。

 ここで言い訳をしてまた面倒な勘違いをされても困るし、正直乗り気じゃないが形だけでも謝罪した。


「変なこと……? あなた、自分の彼女を否定する気?」


 すると何が間違っていたのか、さらに花蓮の怒りが増していく。黒く長い髪がどこかの戦闘民族のように神々しく光ってパワーアップしそうな雰囲気を醸し出している。完全に頭の中で俺と姫乃は恋人だということを信じているようだ。何をどう見たら俺と姫乃に関係があると信じるのだろう……。まったく真逆の立場で接点なんて何一つないと冷静に考えれば分かることだ。


「違うんだ、聞いてくれ」


「いいや聞かない。どうせ言い訳でも並べて私を誑かそうとするんでしょ。確かに初めは私から近づいたわ。屋上にも勝手に来たのは私だし、三島さんとの揉め事に巻き込んだのも私。アゲハは自分から私に対して何もアプローチはしてないかもしれない」


 でも、と続けて花蓮はますますヒートアップして口を動かす。


「それでも、何か一言でも言ってくれたら、私は潔く去ったわ。貴方と姫乃さんの幸せを邪魔するほど私は落ちぶれたつもりはない。むしろ応援したいくらいよ。だから、これ以上、アゲハに迷惑もかけたくないから、もう近づかない。これまで色々、迷惑かけてごめんなさい。それと、本当にありがとう」


 何か勝手に別れ話をされてるみたいで辛いけど、この勘違いが生んだ状況が逆に面白くなって笑いそうにもなる。やばい、これ以上は取り返しのつかないことになりそうだ。色んな意味で。


「まぁ、健人君に相談できないようなことがあれば、私が相談にのってあげるから。一応、あの、女の子だから、姫乃さんの気持ちを分かってあげられるかもしれないわ。恋愛経験は乏しいけれど……」


「ちょ、まて、だから――」


「さよなら。わりとこの生活、気に入ってたわ」


 先日と同じように花蓮が去ろうとしていた。このままではマズい――ッ!!


「待てよ!!」


 埒があかないと察した俺は、背中を向けた彼女の肩をつかみ、無理やり身体を反転させてこちらを振り向かせ、逃げられないように壁際まで押しつける。


「――え?!」


 急に身体の自由を奪ったからか、初めはキョトンとして脳の理解が追いついていなかった。しかし徐々に思考が追いつき、何かの答えに辿り着いたようだ。


「ちょ、あ、まっ、それは心の準備が――」


 俺が暴力するとでも思ったのか、目をつぶって顔を背ける。そんな誤解も全て無くなる一言を俺は真っ直ぐ目を見つめて放った。


「姫乃は彼女なんかじゃない、ただの幼馴染みだ」


「そんな反則みたいなキs……いま何て」


 再度、彼女の耳にしっかり入るようにハッキリと答える。

 

「だから、あいつはただの幼馴染みだ」




 しばらくの間、このフロアに静寂な沈黙が流れた。




 辺りを強い風が吹き荒らし、花蓮の艶やかな漆黒の長髪がゆらゆらとなびく。




 その風が収まるにつれ、反対に彼女の顔は徐々に朱く染まっていき……




 やがて耳先まで夕暮よりも濃く真っ赤になるころ、彼女は心の底から叫んだ。





「それをもっと早く言いなさいよーーーー!!!!!」





 その甲高い叫び声は校舎中に響き……



 次に鳴った痛そうなビンタの音も華麗に反響しながら鳴り響いた。


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