残り76日

 ――柏木花蓮――


「……今日は来ないのね」


 昨日の嵐が嘘みたいに晴れた群青の空。水たまりを輝かしく照らす日光を浴びながら、私は一人で屋上に座っていた。ここの常連であるアゲハが昼休憩になっても来ないのは今珍しい。彼とて毎日暇そうにしたいるが、何かしら用事があることもあるだろう。たぶん健人君といると想像ができるが。こんなことなら連絡先でも聞いておけば良かったと後悔する。


「……って、私から聞けるはずないわ。名前を呼ぶだけで何故か恥ずかしくなったのに。てか同年代の男の子と仲良くするなんて初めてだから慣れなさすぎて変になりそう」


 三島さんから助けてもらった日、あれ以来、どうも身体の調子がおかしいのだ。急に熱くなることがあったり、心がムズムズしたり。こんなこと人生で一度も無かった。


 迷いの森に入ったような思考を続けていると、金属が擦れ合う音と、こちらに向かってくる靴音が聞こえた。

 恐らく待ち人だろうと思い振り向いて声をかけた。


「アゲハ、遅いじゃな――」


「お求めの人物じゃなくてごめんなさいね」


 そこには――この学校のトップ美少女であり生徒会長の『白森姫乃(しらもり ひめの)』が立っていた。


「あなた、ここが立入禁止だって知らないんですの?」


 驚きのあまり声がでない。なぜこんなところに生徒会長がいるのだろうか。彼女は……いってしまえばこの学校の生徒を牛耳る存在だ。あらゆる校則は彼女の革命的な案で改善され、先生はおろか校長ですら彼女を認め、できる限りの権限を与えている。

 例えば一つ実際された新案だと「不登校生徒に対する卒業最低授業日数の軽減」だ。彼らには彼らなりの理由があり休むのであって、好きで休んでいるのでは無い。私たちはそういう者にこそ救いの手を差し伸べるべきだと宣言した。

 そんな学生の手本のような人がこんなところに、一人で、暇を持て余すわけがないのだ。


「す、すみません。すぐ出ていきます」


 仮にここにアゲハがいたならば、何かしら反論でもして居座り続けたかもしれない。でも私はこの人に変な目をつけられたくないので颯爽と去ることにした。


「ちょっと待ちなさい」


 しかし早々と屋上から出ていこうと思っていたら、強い口調で止められてしまう。これは校則違反とやらで反省文だろうか。基本的に優しく温厚な人だと聞くが、決められた校則やルールには厳しいとも聞く。ならばなぜ校則を変えるのかと聞くと「それとこれは別の話ですから」と言ったらしい。まぁ彼女なりのポリシーでもあるということだ。

 なぜこんな時にアゲハがいないのだろう、ほんと悪運の強い人だ。


「あなた、さっきアゲハって言ったけど、彼とどんな関係ですの?」


 あの人、生徒会長にも目を付けられているの? いったい何をしたらこの生徒会長から関係性を聞かれるのだ。でもまあ、アイツには先日の恩があるし、ここは他人のフリをしてあげよう。


「いえ、特に。たまたま今日、ここに集まるよう話しただけです」


「……そうですか、なら大丈夫です」


 いつもだったら居るはずなのに、と呟きながら辺りを探し始めた。……ということは、彼女はアゲハがここの常連だと知っていたのか。だとしたら度々注意してもアイツが無視しているということだろう。

 ならば、逆にこちらからも聞いてみるか。


「あの、彼とは一体どういったご関係で……?」


 すると彼女は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにこちらを振り向く。そして、脳が揺れるほど衝撃の発言を口にした。








「彼の――空門アゲハの恋人です」






 その言葉を聞いた瞬間、何かが崩れる音がした。


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