残り85日


「お前……その眼どうしたんだよ」


「ドジして転んだだけよ」


 昼休みになったので屋上に来てみると、またもや柏木花蓮が先に座って待っていた。しかし、いつもと違う点は彼女の左眼には白いガーゼが眼帯のように施されていることだ。これが転んで出来る傷だろうか……。彼女を目を見れば、先程の言葉が嘘だというくらい分かっていた。


「結構痛そうだな。失明するレベルで怪我しているのか?」


「たぶん当たりどころが良かったから大したことはないわ。医者の先生からは一週間もすれば治るって言われたから」


 彼女はつらつらと目のことについて説明するが、あまりに不自然だった。

 しかし大事にはならないと言われたので気に留めないフリをしつつも疑ってベンチに座った途端、そこで俺は最悪の出来事を想像してしまった。


「もしかして、三島美香にイジメられて――」


「は? 馬鹿にするのも大概にして。なんで私がイジメられなきゃいけないのよ」


 なぜか俺は、先日の財布騒動が頭に過ぎったのだ。正直、何もなく一日で事が済むとは思えなかったし、三島美香が柏木花蓮の気に入らない原因が何か分からない。しかしイジメられているという証拠は無いので、これ以上なにも聞かないことにした。


「それに、もし私がイジメられてるとして、あなたには何も関係ない話でしょ」


 柏木花蓮は正論を述べた。確かに俺には関係のない話だし、今はわざわざこのいざこざに関わろうとも思わない。ただ最後に、今後のためにこれだけは言っておきたかった。


「ああ、関係ないな。俺は俺のやりたいように生きるし、縛られるのは嫌いだ。『自由に生きる』これが空門アゲハのモットーだ」


 正直、学校にも通いたくはない。まるで通う意味が分からないからだ。将来何に使うか分からない勉強して、毎朝毎朝同じような毎日。先生なんて敬うことは一つもありゃしない。俺みたいな問題児はなるべく触れないように避け、今回の柏木花蓮のようなことがあっても見てみぬ振りをする奴だっている。

 でも勘違いしてほしくないのは、学校に真面目に通う人をバカにしているわけではない。彼らには彼らなりの理由があって学校に行くのだろう。素晴らしいことだ。先生にも良い人だっている。ただ俺にその理由がないだけだ。

 それでも俺が学校に通う理由は、景兄に約束されているからだ。学校を辞めるならば俺の家からも出て行けと。残念なことに、この日本では高校生一人で生きていくのは難しすぎるので、大人しく従っている。


「……ええ、それでいいわ。あなたはただ……いつもどおりに過ごしていれば、それでいいのよ」


 なぜか、彼女のその姿がひどく印象に残った。何かを諦めたかのような、そんな感情を感じた。

 今日はこの会話を最後に、お互いに話すことは無かった。

 そしてまた、先に俺が屋上を去った。

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