残り86日

 

 今日もいつもどおりの昼休みが始まった。

 誰もいない屋上に向かい、ただ静かに食事と言う名の生命活動をするだけの時間になる――そのはずだった。


「あら、遅いじゃない」


「とうとう先に待ち構えるようになったか……」


 顔をこちらに振り向けず屋上から外を眺めながら彼女はベンチに腰掛けて待っていた。 

 今となっては静かな昼食時間なんてものは儚い過去の話みたいだ。初めはウザったいだけで迷惑でしかなかったが、人間の「慣れる」という生体は恐ろしい。もう今は特に弊害なくこの時間を柏木花蓮と過ごしている。


「そういえば、貴方の後ろのイケメン君は来ないの? 仲が良さそうだから一週間に一回くらいは来そうな気がしたけれど」


「健人が俺みたいな奴と昼飯を食うはずがないだろう。アイツの昼ごはんお供する特権は、きっと三ヶ月先まで予約が埋まってるさ」


「ふーん。人気者も大変なのね」


 何気ない会話を交わしながらお互いに弁当箱の中身を減らしていく。――ここ数ヶ月はずっと屋上で一人飯をしていたので、何日間も誰かと話しながらご飯というのが新鮮だ。意外と悪くないと思っている自分がいる。

 そこでふと、昨日の三島美香との揉め事を思い出す。触れていいのか迷ったが、見てしまったものは真相を知りたいと思ってしまった。


「そういやお前、あの子の財布を盗んだのか?」


「あー、やっぱ昨日の見てたのね。私がそんなことするわけないし……なんとか誤解も解けたわ」


 少し肌寒いのか、腿を擦りながら答える。まあ確かに日差しは暑いが屋上ということもあって風は地上より強い。ズボンを履いている俺はあまり気にならなかったが、女子はスカートで足がむき出しなので寒いと感じるのかもしれない。


「それは良かったな。てっきり変な因縁でもつけられたのかと思った」


 すると彼女は動かしていた箸を止め、意外そうな顔をしてコチラを向いた。


「へー、心配してくれてたんだ。実は優しいのね」


「あれは誰だって目についたら気になるだろ。ただの興味本位で聞いただけだ」


 別に優しさで心配したわけではないと言い訳をする。俺はそんないいヤツじゃないし、わざわざ友達でもない奴を助けるために面倒な事柄に首は突っ込みたくない。

 どうやら問題はないと本人がそういうならば、俺も特にこれ以上は追求しないことにしよう。


「なら今度は私から聞きたいんだけど、貴方って三島さんと……そうね、恋人だったりする?」


 あまりにも予想外の質問に、思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。いきなり何を言い出すのか。


「なわけないだろ、どこをどう見てそう思ったんだ。もしかして誰かが変な噂でも立ててるのか?」


「まあ、そんなところね。違うなら別に気にしなくていいわ。さっきの質問は忘れて」


 その噂が広まるからには何かしらの原因があるので記憶の端から端まで片っぱしから探ってみたが……まるで思い当たりがない。そもそも、俺は三島美香と遊んだこともないし、なんなら一緒につるんだことも話したことも記憶にない。クラス内の人間として関わりたくないという同じカテゴリーに属するかもしれないが、その立ち位置はまったくの逆だ。どちらかといえば健人のほうが仲良くしてそうだ。

 ……そうだ、健人にこの真相を聞いてみよう。なにか知っているかもしれないし。

 俺はさっそく食べ終えた弁当箱をしまい、教室に戻ることにした。


「先に帰ってて。私、ここでまだ休憩したいから」


 彼女はそう言って屋上に授業開始ギリギリまで教室に帰ってこなかった。まるで誰かを避けていたかのように。

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