残り93日
「ただいまー」
学校から電車で約15分と徒歩10分ほどの距離にある、とても綺麗な新築とは言えない一戸建ての家に入る。鍵は開いていたので中に誰かいる――というか同居人以外にあり得ないが――と気づきながらリビングの扉をあけた。
「おう、帰ったかアゲハ。腹減ったから何か作ってくれ」
「はいはい、景兄の仰せのままに」
学校から疲れて帰ってきて早々に、リビングでゴロゴロしている同居人から飯の要求をされた。自分で作るという選択肢をそろそろ増やしてほしいものだ。
ジャージ姿に伸びた髭と長髪。身長は高く顔も整っているので、そこらへんを綺麗に整えればダンディな男になるに違いないのだが。でも一応働いていて、なんなら今は働かなくてもいいくらいにお金には余裕があるらしい。
この人の名は「景(けい)」。親しみを込めて「景兄(けいにい)」と呼んでいる。てか呼べと言われた。ちなみに名字は知らないし、そもそも本当に景という名前なのかも分からない。なぜ俺と景兄がこんな関係性になったのかという説明は長くなるので省くが、端的に俺らを言い表すなら「家主」と「使用人」が相応しいだろう。
つまり俺はこの家に住ませてもらっていて、それなりの生活を保証させてもらっている。その代わり、俺が飯やら家事やら景兄の周りの世話をしているわけだ。
「どうした? 今日はやけに元気がないようだが」
相変わらず勘が鋭い人だ。一度も俺を見ていないどころか、背を向けてケツをかきながらテレビを見ているだけなのに。
「最近、変な女に絡まれて。これがまためんどくさい奴なんだ。今日も授業が終わっ
て――」
俺はここ最近のストレスの原因を全て話した。もちろん、柏木花蓮のことだ。ほぼ愚痴に近いくらいの勢いだったので、たぶん景兄その話に興味がなく聞き流していると思っていたが――
「それであいつなんて言ったとおも――なんで笑ってんだよ、景兄」
ふと顔をみると、ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべていたことに気がついた。
「いやね、珍しい日もあるもんだなって。お前さんから健人君以外の人の話を聞くなんて久しくなかったからな」
それもそうだろう。いまクラス内で俺に話しかけてくれる人なんて健人と柏木花蓮くらいだ。それ以外のクラスメイトとは最低限の会話だけで要は済んでいる。別にイジメられているとか、はぶられているとかではなく、単純に怖がられて話しかけられていない。この見た目と素行も原因だろうが、最もの原因は恐らく――
「しかも女ときた。やっと学生らしく色恋沙汰でも起こすのかと思ったら笑いを堪えなくて顔に出ちまった」
「はぁ!? 誰があいつと恋愛なんてするかよ!!」
あれは俺が好きとか、そういう感情の類じゃないくらい恋愛知識に乏しい俺にも分かる。気になっている男というよりは、死ぬ前に新種のおもちゃを発見して思ったより面白いから手を離さないといったほうが正確な気がする。なんの気まぐれが知らないが、こっちはいい迷惑だ。
まあ確かに、あの変に伸ばした髪と減らず口とひねくれた性格がなければ世間一般でいう美人という部類には入るだろう。パッと見た感じスタイルは良さそうだったし。出るところが出て魅力的というより、スレンダーなモデル体型と言い表したほうが正確だろう。だからといって好きになるなんてことは一ミリもありえないけど。
「わかったわかった、そう怒るな」
あ、これわかってない顔だな。これから半年はいじられることが確定だ……。面倒なことになったかもしれない……。
「だがまあ、アゲハ。人との縁ってのは大事だぜ。しかもお前に話しかける変わり者だ。仲良くしてあげな」
「……考えておく」
しかし最後、妙に意味深な言葉を真面目に語られたので、俺は即否定することが出来ずに返事をしてしまった。
――そうだな。実は、いいヤツなのかも知れない。少し大人になって冷静な対応をしてみるか。
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