残り99日
「ではここを……柏木さん、音読お願いします」
国語の女性教師から名を呼ばれた少女が席を立ち、淡々と教科書の文を朗読していく。その声に迷いはなく、スラスラとページを捲り進めていく。普段から本を読んでいるのか、もしくは予習をしていたのだろう。
「はい、ありがとうございました。よく予習されてますね、素晴らしい音読でした」
別に得意げになるわけでもなく、淡々と彼女は座った。
俺はその姿をまじまじと見つめ、本当にこの真面目な少女が、昨日会話した―会話と言っていいか迷うが――柏木花蓮だと信じられなかった。
「え、なに、見惚れんの? アゲハ」
その様子を見て、すぐ後ろの席から俺をからかうような声が聞こえた。
「なわけあるか。昨日、あいつが話しかけてきたんだよ」
「嘘でしょ!? 僕でも話したことないのに」
後ろを振り向くと、イケメン俳優にも引けを劣らない美少年がその綺麗な目を驚愕で見開いて俺を見る。普通ならこの会話に特別なことなど何一つないが、柏木花蓮に至ってはそうではないのだ。
この少年の名は
その健人ですら話したことのない未知の少女。
それが――柏木花蓮だ。
入学当初から常に一人。誰と関わることもなく、最低限の会話しかしない。いつも何を考えているのか、何をしているのか、まったく理解できない存在。さらに無駄に長い髪のせいで顔すらまともに見たことがない。なので俺は昨日、彼女が柏木花蓮と気づかなかったのだ。いや、あんな性格で頭が少し残念な奴だと知らなかったこともあるが。まあそんな存在なので結果的に今はクラスの空気と成り果てている。
「あ、わかった。僕がいないといつも一人のアゲハとは、何か親近感を覚えたんじゃない?」
「そんな理由だろうか。あれはきっと、そうだな、気の迷いがあったんだろ」
おそらく健人ですら、昨日の柏木花蓮に出会っていたら驚きで開いた口が塞がらないだろう。……いや、最強のコミュ力で乗り切ってそうだ。
「でも今日は話しかけてくれなかったね」
健人の言う通りだ。昨日あんなことがあったので、今日教室で会った時に一言二言くらい会話をしてくると思っていたが、そんなことはなかった。まるで何もなかったかのようにいつも通りの日常を送っているので、俺は変な夢でも見ていたのかと自分を疑ってしまいそうだ。
「まあ、気が向いたら話しかけてくるんじゃないか。そんときゃ健人のことも紹介してやるよ」
「まさかアゲハに女の子を紹介される日が来るなんて想像もしなかったよ」
今日は特に彼女と話すことは無く、一日が終わった。昨日のアレは一体なんだったのかは謎に包まれたままだ。
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