本編
残り100日
月日は7月7日。
朧げな夕日が窓から差す放課後の教室。
隙間から吹く風が黒く長い髪をゆらゆらと靡かせる。
そして彼女は突然――己が死を宣言した。
「私、100日後に死ぬんだって」
「……は?」
正面の壁に毅然と寄りかかり彼女は俺を見つめる。正直、ちょっと頭のおかしい人の独り言かと思っていたが、いつまでも俺を見つめるあたり残念ながら会話をしているつもりらしい。
あまりに意味が分からず率直な思考がそのまま言葉に出てしまっが、それは許してほしい。
だってそうだろう。今までまったく話したことのないどころか、まともに顔も覚えてない女の子から突然の余命宣告されたんだぞ。混乱しない人がこの地球上に存在するのだろうか、いやしない。
今日はたまたま違反指導で居残りをしていただけで、普段は学校なんかすぐに去っている。
職員室の奥にある尋問室のような場所で監禁され、かれこれ小一時間。お経のような長い長いお説教が終わり、首を鳴らしながら階段をダラダラと上がった。幸いにも教室の鍵は空いていたので躊躇なく扉を開けて、弁当箱しか入っていない鞄を取りに机に寄ると……後方の窓際にコイツがいた。特に用もないし無視して帰ろうとしたら、こんな意味不明な状況になったわけだ。とんだ災難だ。
「だから、あと100日、過ごしたら、私は、死ぬの」
「別に日本語が理解できないんじゃねえよ……いやすまん、やっぱ理解できない」
彼女はさらに呆れた顔をして俺を見下してきた。いやいや待ってくれよ、なんで俺が馬鹿にされるの? 頭がおかしいのはテメェだろ?
そもそも100日後に死ぬってなんだよ。自分から自殺するつもりなのか、はたまた怪しい大人に殺人予告でもされているのか分からない。一つだけ理解できるのは「無視して帰る」って選択肢が正解ってことくらいだ。
俺が返答に時間を要していると彼女は深い溜息を吐きながら再び俺を見た。
「せっかく私が生涯最大の告白をしたのに。なにか感想はないの?」
いや知らんがな。誰も頼んでねえよ。前言撤回だ、コイツはとっても頭がおかしい女の子だった。これ以上相手をしたらこっちまで変になってしまう。
「あるわけねぇだろバカ」
「は、はぁ!? バカってなによバカって!! こういう時は普通『え、何があったの?』とか『俺にできることなら何だってするよ』って心配してくれるもんでしょ」
彼女は俺に何を期待しているのだろうか。俺と彼女の関係が出会って一年とか、いつも遊ぶ友達とか、そういう関係性なら心配するのもまだ分かる。でも本当に俺はコイツを知らなかった。間違いなく初対面だと言い切れる。同じクラスなら少なくとも顔くらいを見覚えあるはずなのに……。転校生パターンだったりするだろうか。
「何いってんのアンタ。私はれっきとしたクラスメイトだし転校生でも他学年の生徒でもない。確かに話したことはないけれど、まさか顔まで覚えられてないとは思わなかったわ……」
どうやら途中から思考が口に出てたらしい。にわかに信じがたいが、コイツが嘘を言っている様子ではないので本当にクラスメイトなのだろう。
「でもまぁ、どうでもいいわ。じゃあな」
クラスメイトだからといって変な会話に付き合うつもりもないし、これ以上この空間に居られないと思った俺は、呆気にとられる彼女をシカトして颯爽と教室を出ていった。
「ちょ、ま、待ちなさいよ!!!」
誰もいない閑散とした廊下に、彼女の虚しい声と靴が床を叩く音が響き渡る。
どう盛ってもロマンチックとは言えないこの出会いが、
俺――空門アゲハ《そらかど あげは》と
彼女――
二人が奏でる儚い物語の始まりだった。
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