1-4


 自動人形を壊されればヤハクは傷つく。それはヤハクの館に何度も出入りして、様子を見ててわかった。ヤハクは隠そうとしてる。昨日だってそう、きっと夕方に人形のひとつが壊されて傷が出来てしまったんだ。どういう意図があるのかまではわからないけど、ヤハクはそれをアタシに見せないようにしてる。


 ヤハクは本当に優しい。


 なんだかんだ言って館から強制的に追い出されたことはない。今日は何故だかご飯まで一緒に食べることが出来た。何かを喋るということもなかったけれど、とても楽しかった。


 アタシは人間が嫌いだ、憎いほどに。けれどヤハクは嫌いじゃない。人間から疎まれてるからなのか、他の人間みたいに煩くないからなのかはわからない。


 ヤハクは嫌いじゃない。友達なのかも知らない。でも知らないところで傷つくのは嫌い。だから今夜もアタシはヤハクの館に行く。


 人間がヤハクの人形を壊そうとするから。それを止めないとヤハクはまた知らないところで傷つくから。


 あんまり顔とか見られたくないからいつだったかヤハクの館から奪ったローブっぽいのをかぶってる。これをかぶると人は私のことも呪術師だと思って何もせず汚い言葉だけを吐いて逃げるから。


 今日は少し違った。


 人間たちは手に何かを持っている。松明の光を鈍く反射する物。呪術師が調子に乗るから、呪術師が居るから。口々にそんな言葉が聞こえてくる。


 何も知らないくせに。呪術師が普段何をしているかも、知らないくせに。どんなに嫌われていてもヤハクは本当に人が困ってるときには自分を犠牲にしても人を助けるのに。暗がりの中、松明の光に照らされて刃物がゆらゆらと揺れる。そうしてそれはアタシの体を縦断するため振り上げられる。目の前で振り上げられた鎌のようなモノを見上げ、やっぱり人間は嫌いだと思った。


 鎌が振り切られ、体の力が抜けてその場に座り込んだ。


 え?


 血の付着した鎌を呆然と見つめた。アタシの目の前にいる人も唖然としている。アタシは今、鎌で、切りつけられたはず。鎌にも血がついてる。何かが体に触れたような嫌な感触もあった。


「何が『知らない』だ。お前が来てからこちらは厄介事ばかりだから事実くらい言え」


 低めの声。めんどくさそうなため息。


「ヤハク……?」


 振り向いた先の彼は片手でなぜか右目を覆い隠している。


「館の敷地から出て行け。二度と入ってくるな」


 顔を押さえていない片手でいつも手に持っている本を開く。すると本は淡く光り、ひとりでにページを捲り始める。強い風が吹いているように。彼の本は彼の術の媒体。


 不意に、人間たちの足元が光り始めた。ヤハクの持つ本と同じように。円形に光る地面は古い本が多い、ヤハクの埋まっていた部屋で見つけた本で見た陣のようで、陣の上に居る人間たちは揃って怯え始める。呪われる、とその場で倒れ込む人もいる。何もしてないのに。


「ずっとそこに居るつもりか? 余程呪われたいと見えるな」


 脅しめいたヤハクの言葉に人間たちはすぐに館とは反対側に走り始める。途中でこけたりしてもなりふり構わず走り続ける。そんなにヤハクが怖い?


 人間たちの逃げた場所が未だ光り続ける。


「コレは、見世物じゃないんだがな」


 ヤハクが人間たちの居た場所にしゃがみこむと光は消える。


 そういえば、ヤハクが自動人形以外の呪術を使っているのは初めて見た。


 ぱたと、自分の額に触れた。上から降り下ろされた人の鎌は確かにここに触れた。何かが触れたいやな感覚があって、振り下ろした人が持っていた鎌にも間違いなく血が付いていた。でも、アタシの頭から血は流れていない。痛みすら無い。


 ヤハクは片手で額から片目に触っていた。まるで、隠すように。


 嫌な予感がしてヤハクを見た。視線の先で、ヤハクは静かに倒れた。草地に赤色が染みていった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る