1-3
自分以外の人間が食卓についているのはなんとも不思議な光景だった。彼女は遠慮を知らないかのように黙々と食事を進めている。よくあんな体の中にあれだけの量が入るものだ。
せっせと料理を運んでくる自動人形が驚いているようにすら見える。普段は二食、それも一人前に満たない量を作るか作らないか。俺が一人前食べるというのも珍しいというのにそれがふたり分。
「聞きたいことって?」
口元を拭いながら彼女がこちらを見やる。
「昨夜、何をしてた」
彼女は瞬時に知らない、と返してくる。そして食事を再開する。
知らないはずがないだろう。問い詰めたいところだが、知らないという曖昧な答え方をしたということは彼女自身何を聞かれているのかはわかっているのだろう。わかっていて、とぼけている。
彼女がこの場所に通い始めてから面倒なことばかりだ。本は勝手に取り出されて乱雑に置かれているし、自動人形にはいつの間にか覚えのない命令をされているし。
ため息が出る。
満足いくまで食事を続けている彼女を眺めていた。特に理由はないが、見ていて飽きないな、と思う。思った通りに生きているのだろう。思えば疲れたような表情は一度も見たことがなかった。いつも笑っているか首を傾げている。
腹を満たしたのかようやく手を止めた彼女に何を言うことなく帰る、とだけ言って館の出口に向かって歩き始める。帰るつもりだったなら昨日のうちに帰れば良かったのに。
自動人形に案内される形で彼女は館の玄関の扉を開ける。そこへ念のためと用意していたものを投げつける。手のひらに収まる大きさの木片は彼女の頭に当たり、地面に落ちる。
「昨夜、自動人形の被害を抑えてくれた礼だ。知らないというなら得をしたと思って持ってろ、要らないなら」
「いる! ありがとうヤハク!」
だから名前を呼ぶなと。
こちらの言葉を一切聞かず、彼女は木片を拾い上げると満面の笑みを残して走り去っていった。
さて、願いを違えたアレがどこまで効力を発揮するかは分からないが、目的を果たすことくらいはできるだろう。
便利だね。そう言われたことを思い出した。何が便利なものか。魔術と違う。常に術者に代償を求められる力の何が。
呆然と扉を眺めていた背後に腕が一本となった自動人形が並ぶ。大方、言われた仕事を片手ではこなせなくなったから処分を求めてきたのだろう。だが、この人形にはまだやってもらわなければならないことがある。
夜に頼みたい仕事を言いつけると人形は待機所に向かって歩き始める。
夜までに準備しておかなければならない物がある。あと調べなければならないものも。やはり、彼女がやってきてからやらなければならないことが格段に増えた。俺は館でゆっくり出来ればそれでいいのに。
食卓の片付けは人形に任せ、俺は再び書庫に閉じこもった。
調べるのは類感呪術の行使方法とその代償について。自動人形では裂傷で済んだ。ならばアレはどうなる?
知識を知り得るまでに時間がかかった。気づけば日は落ち、あたりは暗い。館の主要な部屋に明かりを灯す自動人形の足音だけが聞こえてくる。
赤い火がぼんやりと照らし出す廊下を歩いていた。そろそろ時間が来る。
外に部外者たちと、彼女のやってくる時間だ。
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