1-2
気づいたら日が変わっていた。倒れていたらしい俺の顔の下に広がる赤黒いシミ。後で掃除させよう。額の傷はそう深くない。疲労に失血が重なって眠ってしまったのだろう。心なしか少し頭がふらつく。
力を戻すためにも何か腹に入れよう。
自室の扉を開けた。ごん、と鈍い音に当たった自室の扉はほんの少し開いただけで止まった。こんな場所に物を置いた記憶はない。開いた扉の隙間に体をねじ込んで外へ出た。
足元に広がる向日葵色の糸。陽の光が透かして一瞬でも綺麗だと思って見とれた自分を一度叩いて寝ぼけた頭を起こしたい。何故彼女こにいる。
廊下に体を丸めて彼女が眠っていた。よほど熟睡しているらしく扉が当たった程度では起きないらしい。
帰れ、と言った。いつもなら帰るはずだ。何故ここにいる。留まり続けたのか一度帰ってまたやってきたのか。
しゃがんで気持ち良さそうに眠る彼女を見た。向日葵の色に隠された中に似合わない色がある。黒い、シミのような。彼女の頬に付いたシミのようなそれを軽く拭ってやると黒は引き伸ばされ、俺の手にも付着する。
親指と人差し指で擦り付ければ色は伸びる。
炭、のようなものだろうか。何故彼女の頬にそんなものがある?
考えるのは後だ。ここに居てもらっては邪魔な上に鬱陶しい。
「おい、起きろ。廊下で寝るな、というか出てけ」
肩を掴んで揺すっても起きようとしない。扉を思い切り開けてやろうか。
「……面倒だな」
自動人形に追い出してもらおう。そう思い、手を叩いたところで思い出す。自動人形の一体は壊された。おそらく外回りを任せていたやつだ。また作らなければならない。
やってきた自動人形を見てまた疑問が増える。
木材や藁を基底として作った自動人形の、人間で言う左腕が無くなっていた。肩口に在るのは焼かれたような黒い痕。痕にこびりつくのは黒々とした炭。
彼女の頬にあるのと、同じ。
昨夜、この人形が焼かれていた場所に彼女たのか。
こうなると人形に監視保存機能を付けていればよかったと思うが、そこまで共有してしまえば被害は裂傷で済まなくなる。
本人に聞くしかないか。
再び彼女の肩を掴んで強く揺すった。すると彼女は薄く目を開け、そして閉じた。流石に少し苛立った。
自室にしまいこんだ水を持ってきて彼女で逆さまにする。
冷たくは無いが暖かくもないであろう水は熟睡していた意識を呼び戻すには十分だった。
「起きたか? 聞きたいことがある」
彼女は濡れた髪を煩わしそうに避け、座ったまま俺を見上げてくる。眠そうだな。
「……拭くものと着替え」
自動人形に言いつけている時に腹が鳴った。そうだ、昨日の昼から何も食べていなかった。
「それと朝食、だが」
少し視線をやると座ったままの彼女と目が合う。俺の言わんとするところに気づいたのか、彼女は勢いよく右手を上げて自分の分も、と叫んだ。
そんな声を張らなくても聞こえている。
「ふたり分。あとコレを風呂に入れて来い」
炭に汚れて濡れたままの人間に館の中を徘徊させるつもりはない。
自動人形の残った片手に引っ張られていく彼女が何かを言っていた気もするが気にする時間も惜しい。
館の窓から地面を見下ろした。街へと続く街道と館を繋ぐ門は相変わらず寂れ、開け放たれたまま。門にほど近い中庭の地面が焼け焦げている。予想通り過ぎる光景にため息も出ない。
呪術の簡単な仕組みを知る人間がやったことならばこんなことは再び起きる。今回も初めてのことではないのだから。
自動人形には類感呪術、という術を用いている。俺の場合は俺の体の一部を自動人形に持たせ俺によく似た存在となってもらって仕事をさせている。繋がりは薄いから疲労の共有、視覚の共有などはほとんどない。
焦げた地面まで降りて行き、黒く焦げた跡に触れる。自動人形と彼女の頬に付いていたものと同じだ。
ただ便利なものではない。類感呪術で作り出されたものが壊されれば強すぎる痛み、傷の一部が術をかけた本人に帰ってくる。それが返し、だ。返しを知る人間が自動人形を壊したと言うならば。
それは俺を殺そうとしたと言っても過言ではない。
ただ呪術師としての力を持ってしまっただけの、俺を。
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