Magic&Curse(仮)

つきしろ

1-1 呪術と返し

 

 本の山が崩れて下敷きになった。下敷きとなっている。古本の独特な匂いが少し心地良い。最近まともに眠ってもいないからこのまま眠ってしまおうかと目を閉じた。眠気が意識を掴んで頭の中からどこかへと引きずり込んでいく。心地良い感覚だ。


 だが、心地良い時間は長く続かない。


 急激に有り得ない重圧が愛しい本たちの上から俺の背中を押し潰す。背中から押しつぶされ肺の中に取り込んでいた古本独特の空気が体内から外へと吐き出される。勢いが強すぎる呼気が喉を攻撃する。ダメージが咳となって外へ出ていく。


 本の中手探りに床を見つけて両手を叩きつける。めいっぱいの力を込めればしばらく使っていなかった体が悲鳴を上げる。ゆっくりではダメだ。ゆっくりでは「彼女」を押し返すことができない。


 自分が出した覚えもない声すらもふり絞る。


 浮かび上がる自分の体の下に足を入れて足の力をも使って立ち上がる。短く高い悲鳴が背後から発せられる。本を踏まないよう気をつけながら立ち上がり振り返った。


 向日葵色の髪の毛を少し乱した彼女は紫の瞳を細めてこちらを睨んでくる。元を正せば古本に包まれて寝ていた俺を踏み潰した彼女が悪いのだがどうやら彼女の中にそんな考えはないらしい。


「ヤハク、乱暴」


 それだけ言った向日葵色の彼女は立ち上がると服に付いたらしい塵を払っていた。ぱすぱすと服に手が当たるたびに彼女の動きに合わせて鈴をつけたブレスレットが高音を響かせている。古書をしまいこむこの場所にまで足を踏み入れて、コイツはなんのつもりなんだ。本は繊細だと知らないのか。


 彼女は力ある「魔術師」であり、光の加護を受けている、らしい。実際それらしい魔術を使っているところを見たことがないから確証を持って言うことは出来ない。下の町では有名だった。光の祝福を受けた魔術師だとか。


 俺には、縁遠い存在のはずだった。


 俺は呪術師だ。一般的には疎まれ忌み嫌われる存在だ。


「毎日毎日、何の用だ。魔術師は街で人の願いを叶えてろ」


 魔術師は俺たちのような人間とは違って人にも祝福された存在だろう。


 そう言うと彼女は頬を膨らませる。


 人間嫌い。彼女はそれだけ言うと俺の服に付いた塵までも払い始める。どことなくぎこちなく動くその手を振り払って床に落ちた本を棚に戻していくことにした。


 手を振り払われても彼女は一切気にしていないようで、俺の見様見真似で本をしまい始める。分類が間違っているからやめてくれないだろうか。というか館から出て行ってくれないだろうか。


「何で本の中で寝てたの?」


 答える必要があるのか。このまま俺がここで本を片付けていても隣にいる奴のせいで滞りはしても捗りはしないだろう。


 仕方なく手を叩いて呼んだ。本来であれば館の掃除を任せているからこの場所には呼びたくなかったが仕方ない。本を戻してもらおう。


 廊下側から歩いてきたのはローブのような服を与えた自動人形。俺という人間に似せて作った人形だ。意志は無いが、行動する理由を与えてやればそのとおりに動く。本を直しておくよう言えばそのとおりに動く。


 便利だ、という彼女は自動人形に押しのけられる。


「そろそろ帰れ。日が暮れればこの場所は他人を拒む」


 彼女が笑った。だから居るの。そう言って。


 正直なところ、俺は彼女が苦手だ。人に好かれる魔術師の癖に他人を憎んでいる。人間を憎んでいる魔術師の噂を聞いたかと思えば当人は俺の、呪術師の住む館にやってきて好きに過ごしている。人々に疎まれている呪術師の館にやってくる。意味がわからないというのが正しいのか。


 適当な本を見繕って自室で読もうとする俺の後ろに付いてくる足音。自動人形ではない。自動人形たちはもっと静かに歩く。


「ヤハク」


「名を呼ぶな」


「じゃあ呪術師さん」


「……何なんだ、仕事でも依頼したいのか」


 足を止めてため息をついた。振り向いて文句を言おうと思った。けれど振り向く前に妙な暖かさが俺の額から流れてくる。


 ああ、またか。


 振り向こうとした動きを中断し、片手を額に当てた。予想通り手にこびりつくのは赤い体液。誰でもない俺の体液だ。


 後ろの彼女にバレる前に足を進めた。自室に入ってすぐ扉を閉めて鍵をかけた。帰れ、と一言だけ残して額を押さえた。


 どれだけ、どれだけ呪術師が憎いんだ。何をしたという覚えすらもないというのに。


 呪術の間で「返し」と呼ばれるそれが俺の額を裂き俺を苛む。

 

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