第2−2話 〜乾燥・水分を抜きましょう〜


 干すという手段には、残念ながら時間がかかるという欠点があります。また、早く乾かすためには、干すものの周囲の温度を上げなければなりません。


 これは肉や魚を乾燥させようとする場合、大きな問題となります。乾くより先に腐敗してしまいがちですし、早く乾かすために温度を上げれば、さらに腐敗や「自己融解」が進んでしまいます。自己融解とは、肉や魚に含まれる「酵素」が自分自身を分解してしまうことです。これも、食品内の「自由水」を減らすことで防ぐことができます。

 したがって、肉や魚の場合、干す前に水分を減らしておく必要があります。


 そのために、昔から取られた方法が「塩漬」です。「食塩」を食材の表面にまぶし、「浸透圧」のしくみによって水分を抜くのです。

 浸透圧をこの食塩の例で説明するならば、食塩は「透過」させず、水の分子は透過させる「膜」を挟んで、濃度の異なる2つの食塩水があるとき、薄い食塩水から濃い食塩水に水の分子が膜を通り抜けて移動するはたらきに相当する力のことです。


 食品の保存のために大量に必要となる塩ですが、岩塩のない地域では、安定して入手するのはやはり塩田が必要でした。そうして得られた塩は、腐敗を防ぐことから悪いものを退けるものと信じられるようになり、「清め」のために必須のアイテムとなっていきました。

 この発想は、東洋でも西洋でも変わりません。相撲では取組の際に土俵に塩を撒きますね。西洋でも、悪魔は塩を嫌うと信じられていました。


 塩漬の具体的な方法は、「腐敗するまでの時間」を少なくするため、締めた直後の鮮度の良い肉や魚を使用し、濃い食塩水もしくは直接食塩の中に漬け込むのです。そうすると、食材内の自由水は、浸透圧差により濃度の濃い食塩水に移動、すなわち表面に出てきますから、数十分でもかなりの量の水分が浸み出してきます。

 同時に食塩は組織内に入り込み、組織内の自由水を「結合水」に変えていくというプロセスも同時に進みます。


 その後に干せば、水分をより効率的に取り除くことができ、常温でも保存が可能な干物が完成するのです。昔は、からからになるまで完全に干し上げて保存食としました。ですから、干物といっても、サバの文化干しのような半乾のものを想像してはいけません。スーパーマーケットで、常温で売っているスルメを考えてください。


 奈良時代の税は、「租・庸・調」と「雑徭」でしたが、そのうちの調の一つとして干物が挙げられています。調は各地域で異なりましたが、干物は遠くは肥後国から京都まで送られたと推測できる木簡の記録が発見されています。今の熊本県から京都まで、冬期だったかもしれないとはいえ、常温で運ぶことができたということになります。

 なお、今の半乾状態の干物は柔らかく食べられる反面、自由水が多く残されていますから冷蔵保存が必要です。


 畜産物の例としては、豚の足を丸ごと塩漬後、最長で2年も干す生ハムを挙げることができます。スペインのハモンセラーノ、イタリアのプロシュットなどが有名ですが、スペインの食堂タベルナなどでは、生ハムに加工された豚の足が、天井から何本もぶら下がっている光景を見ることができます。また、プロシュットは「とても乾いたもの」という意味があります。これも常温保存が可能とされます。


 最後にですが、塩漬後、干さないという選択もありました。

 魚介類では、酵素による自己融解や耐塩性乳酸菌による発酵が進み、「塩辛」と呼ばれるものになりました。塩分濃度が高いものは常温保存が可能です。とはいえ、完全に乾かした干物ほどは保たず、保存性をいくらか犠牲にしてでも増加した旨味を楽しんだのでしょう。


 畜産物利用が多いヨーロッパでは、樽に肉と塩とを詰めて塩漬け肉にしました。このようにして樽に漬け込んだ肉類は、冬の保存食として用いられ、食べる際には真水につけて塩抜きをするか、スープの具にして含まれる食塩をそのまま味付けに使用するという方法がとられました。

 また、この塩漬け肉は、航海中の食料としても重要なものでした。ただ、ヨーロッパを出発すると赤道に向けて進むのですから、温度の上昇によって相当に品質の劣化が激しかったようです。船に積み込まれた真水もすぐに劣化しますから、海を征く帆船のロマンティックな風景を裏切るかのように、水夫たちの生活環境は過酷なものだったのです。


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※ タラの干物、バカラオと棒鱈

 なお、腐敗臭のする塩漬肉よりも、完全に乾かしたタラの干物の方が航海中の傷みは少なく、イギリス海軍は糧食として採用していました。日本でも藤沢周平原作の「たそがれ清兵衛」の主人公は、篭城に備えての兵糧米や棒鱈を管理する役目でしたが、北国の城郭では当然のように備蓄するものだったでしょう。

 タラの干物は釘が打てると表現されるほど硬くなり、保存性に優れているので洋の東西を問わず活用されました。

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