第7話 泣けてきてざまぁねえ
ズミスの街の浸水被害は深刻だった。
ギルドの話では住人の一部は水の神殿と教会のある、山手の方に避難しているという事だったが、現場を見て納得だ。
長雨……バカにできない災害だ。
そして、ラナにおぶされる事を屈辱に感じていたオレだが……その認識はいつの間にか変わってしまった。
案外ありだった。
何か安らぎにも似た感覚に包まれている。
……街が大変だと言うのに。
浸水のない場所まで移動したら、ラナの背中から降りなければならない事に、名残惜しさまで感じてしまう。
それに何だろう……この胸が苦しくなる感覚は……ラナにおぶさっていただけなのに、運動なんてしていないのに鼓動も速い。
下界にも医師がいるのなら相談する必要がある事案だ。
——「どうします? 教会で一旦、事情を聞きますか?」
「聞いたところでどうにもならない。神殿に急ごう」
「自分も、サラと同意見だ。先を急ごう」
「じゃ、決まりだね。ネロスはまたおぶさってね」
いいの? ラッキーと思ったが、俺にも神としてのプライドがある。
「いや、浸水もないし、自分で歩く」
「でもネロスじゃ雨の山道は歩けないよ?」
「大丈夫だ」
——と、意地を張ったものの、すっ転んで泥だらけになっただけだった。
情けない……本当に泣けてくる。
「ねえネロス、さっき泣いてたでしょ?」
え、何でそれを……。
「小刻みに震えてたし、流石にこの距離じゃ、聞こえるよ」
何も言えない。
「安心して、皆んなには内緒にしておいてあげる」
ガチでホッとしたオレがいます。
「ネロスさあ、いくら凄い神だったとしても、今は力がないわけでしょ?」
「ああ、まあ」
「じゃあ意地張らないで、もっとウチらを頼りなよ」
「だが……」
「だって、ネロスがウチらの世界を創ってくれたんでしょ? それぐらいのお礼はさせてよ」
さっきとは違う意味で泣きそうになった。
下界なんかぶっ壊しちまえとか言っていたバカは何処のどいつだ!
……力を失って、人間の優しさに触れる事が出来た。
だから爺たちは毎日必死でこいつらの事を考えていたのか。
ラナの背中でそんな事を考えている間に、水の神殿が見えてきた。
——水の神殿には禍々しい空気が漂っていた。
「なあ、水の神殿って魔物が住んでいるのか?」
「いえ、ズミス様の御加護で魔物は神殿内に入れないはずですが」
「……いる、魔物がいるぞ」
「本当かネロス!」
「ああ、この奥から禍々しいオーラをビンビンに感じる」
「神様が言う事だから本当なんだろうね」
「結界魔法作る、ちょっとまって」
——オレたちは最大限の警戒で、神殿の奥へ進んだ。
道中、何体もの魔物と遭遇したが、皆んな中々の手練れで危なげなく先へ進むことができた。
そして祭壇の扉へと続く一本道に到達した。
「待ってくれ皆んな」
「どうしたネロス」
「この奥から感じる負のオーラは今までの比じゃない。応援を呼んだ方がいい」
こいつらを死なせたくない。その間もズミスの被害は大きくなるかも知れないが、こいつらの命には変えられない。
「いや、でもここまで来てね……つか、そいつが原因って可能性も高いんだよね?」
「ああ」
「自分はこのまま、進みたい。あのズミスの惨状を見て引き返すなんて……」
——ここで話し合いの場が持たれた。だが、テスとラナの意見が採用され、結局このまま進むことになった。
オレは念の為、最悪の事態について話しをしておいた。
「なあ、皆んな俺は神だ……滅多なことでは死なない。危なくなったら俺が魔物を引きつける。だからお前たちはその間に確実に逃げてくれよ。そして応援を呼ぶんだ」
渋々ではあったが皆んな了承してくれた。
そして固唾を飲みオレたちは祭壇の扉を開けた。
「あれ? 何もいないじゃん」
ラナの言う通り何も居なかった。だが祭壇は天井も高くだだっ広い。どこに魔物が潜んでいてもおかしくない状況だ。
「ラナ油断するな……気配は感じる。確実にいる」
「分かった、でもなんか平気っぽいのにな」
だがその時、一つの影が上空からラナに襲い掛ろうとしていた。
オレは全力でラナに飛びついた。
「きゃっ」
「ぐっ」
「こ、こんな時に何するのよネロス! おぶされて欲情でもしちゃった?」
ラナは無事のようだ……よかった、だが。
「違うぞ、ラナ上だ!」
「え……あれって」
魔物の正体は水龍だった。
水龍は神の眷属だ。みだりに人間を襲ったりしないはずだが、どう言うことだ。
それに水龍から感じるこの、禍々しいオーラは、なんだ。
「ネロス様大丈夫ですか!」
「え、ネロス?!」
不覚にも今の攻撃で負傷を負ってしまった。
「大丈夫だ、それよりも、お前たちは逃げろ」
「しかし!」
「約束だろ! 行け!」
「だめ、ネロス置いていけない」
人間……不思議な生き物だ。
このままここにいたら、死ぬかもしれないってのに。
「お前らは、神であるオレとの約束を
「だめだよ、ネロス」
「グズグズするな! 皆んなで死にたいのか!」
そして水龍が一直線にオレに向かってくる。
死なないとは言ったが、肉体が消滅したらどうなるんだろう。
まあ、自らが蒔いた種だと覚悟を決めた。
その瞬間。
「だめ、ネロス!」
さっきオレが身を呈して助けたように……。
今度は、ラナが身を呈してオレを救った。
『『ラナ!』』
「大丈夫かラナ!」
「ラナさんすぐに治療します!」
「サラ結界だ!」
「わかった!」
ネイがいくら治療しても血が止まらなかった。
「がはっ!」
それどこか吐血がひどくなり、どんどん息苦しそうになってきている。
「ラナ、だめだ!」
何故だ……。
「ネ……ネロス」
何故ラナがこんな目に……。
「だめだ、ラナ黙ってろ!」
ラナが手を伸ばし、オレの頬に手を当てた。
ラナは目も虚ろで、どこを見ているのかも分からない状態だった。
なのにラナは……。
最期にオレに微笑みかけ。
そして、息を引き取った。
嘘だろ……ラナ。
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