可愛がるって言ってもなぁ
「決めたぞ。今日から君の名前はエルだ!」
一瞬にして満足したこの名前を天使様、改めエルに告げると、暫しエルは硬直していた。
……もしかして、気に入らなかった?
まだ改めちゃダメだったりするのかな? 距離感的に。
先程までの自信はどこへ行ったとでもいうようにオロオロしだす俺だが、少しするとエルの目が輝いているのが見えた。
輝いていると言っても、嬉しい時に使う比喩表現などではない。涙によって目が潤み、光が反射してキラキラとしているように見えるという輝きだ。つまり、泣いちゃってるの。
……え、ちょ、まさか泣くほど嫌だった?
それは俺も泣く。
「どどどどうかしたっ? エルって名前、嫌だったか?」
自分でも動揺しているのがわかる程言葉を詰まらせながら、慌てて彼女に聞く。
だが、エルは首をブンブンと振って、「違うんです」と言いながら、遂には涙を流し始めた。
「違うんです……名前、自分の名前を付けてもらって、更に呼んでもらってと言うことがなんだかとても嬉しくて……」
そこでエルは一旦言葉を区切り、俺の方に顔を向けて笑った。
「ありがとうございますっ」
ああ、名前を付けて、本当に良かった。
そう心から思うことができるような、可愛らしい笑顔で、俺は自分の心が高鳴るのを感じた。……あれ、これってまさかの俺が恋に落ちちゃったパターン!? 流石にチョロすぎだろ、我ながら。
だが、エルの笑顔を見ていると、何と言うか……こう……心臓がバクバクしてきて、目を合わせるのが辛い。これ、一般的な恋してる人に訪れる症状じゃない? きゃー恥ずかしいっ!
……………………ってことは、俺はエルに恋に落ちたんだな。
出会ってまだ十分。いや、それ未満か。
俺、美濃部拓は恋に落ちましたとさ。
なんとなくだけど、
……はぁ、やっぱ俺チョロいな。まあ、俺がチョロくなるくらいエルが可愛いんだけどな(開き直り)。まあ別に惚れたことに後悔してるってわけでもないし、良いんだけどさ。
俺は再び泣いている天使様――もとい、エルの方を見る。
惚れてしまった理由はわからないけれども、この少女は神様に見放されたのだ。名前という愛の形すら与えられずに。
ならばこそ、より一層彼女のことを可愛がり、俺が与えられる全部の愛を与えようじゃあないか。ついでに、神様が捨てて後悔するような立派な少女にしてやる。
俺は拳を強く握りしめて、そう思った――
…………。
……………………。
……どうしよう。さっきから散々カッコつけて「全力で可愛がる〜」だの「愛が〜」だとか言ってきたけど……具体的な方法がわかんない。
俺は恋愛経験皆無のぼっち。女子の扱い方なんて全くもって知らないワケだ。
え、詰み……?
あんなに自信満々に言ったけど、撤回するか? いやいやそれは俺が嫌だ。恥ずかしいとかみたいな話じゃなくて、神様への反抗としてヤだ。もちろん恥ずかしいっちゃ恥ずかしいけど。
となると可愛がるしか無いわけで……ああっ! 俺の想像力と発想力よ! 乏しいったらありゃしないな。自分のことがどんどん嫌いになっていくわ。
考えろ~俺。頭の底からひねり出すんだ。
………………駄目だ、思いつかん。
なんというか……思い付きはするんだけど、距離感が違うなーって感じ? 出会って一時間も経ってないから「可愛がる」という行為があるべき距離感を大きく外れていないかって心配になるの。例えばだけど、いきなり抱きしめたとしてそれは「可愛がる」じゃなくてただの変態行為にしかならないだろ? そういうことだよ。
せめて、付き合ってるってことだったら自信もって可愛がれる自信あるんだけどな。こんな感じで――
俺は未だ涙を流している少女を見下ろし――何気なく手を彼女の頭に乗っけた。
更に、頭に乗せた手を左右に動かして、撫でるように……というか完全に頭を撫でた。
…………ん?
俺は今、何をやっているんだ?
「……っ、ご、ごめん!」
慌てて手を離すも、時すでに遅し、と言ったところだろうか。俺が彼女の頭を撫でていた事実は変わらない。
「嫌だった……よね……」
あーもうほんと、何やってんだか俺は……。いくら目の前にいたのが泣いている少女だからと言って、それは許されねぇよ。
実際エルだってあまりの衝撃に固まっちゃってるみたいだし……本っ当に自分のことが嫌いになるわ。俺のバーカ。いっそ死んだ方が世のためなのでは? って程の害悪っぷりだろ。
そんな風に自己嫌悪に陥っていると、被害者であるエルが口を開いた。罵倒なりなんなり、存分にしてくだせぇ。大人しく裁きも受けますから。
「……いえ、嫌だったわけじゃないんです。ただ……突然のことにびっくりしてしまっただけで……」
「本っ当にごめんなさい……」
「あ、謝らないでいいですよっ。突然だったからさっきは驚いただけで……その……突然じゃなかったら全然……」
……どうやら、エルは優しすぎるみたいだ。こんな救いようのない
「……正直に『嫌だった』って言っても全然構わないんだぞ。俺はそう言われても仕方ないことしたし」
「だからっ! さっきは突然だったから驚いただけで……あの行為自体はなんというか……心の奥があったかくなるような心地良さがありましたし……」
頰を真っ赤に染め、誰が見ても照れているとわかる表情をしたエルが、どうしようもなく愛おしく感じて――俺は、エルの言葉に従ってしまった。
「……っ、」
最初は一瞬身体を震わせたが、それからは大人しく俺の頭なでなでを受けていた。
……可愛がるって、こんな感じなのかなぁ。
具体的にはわからずとも、なんとなくだが「可愛がる」という行為がどのようなことをすればいいのかがわかった……気がする、本当になんとなくだが。
他人の頭を撫でるという経験が皆無な為、俺の撫でる手つきはぎこちないが……それでも心地良さそうな表情をしているエルを見ていると、自然と手が動く。……なんか俺までちょっと楽しくなってきちまったじゃねぇか。
そうして、俺達はしばらくこのままの状態で過ごすのだった。
……どうしよう、止め時がわかんねぇ。
☆あとがき
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