俺が名前を付けてやる!
「―――俺は、君を全力で可愛がる。それこそ、俺のもとに来れて幸せだと思わせるくらいにな」
「……………………はい?」
「あれ?」
思ったより反応が悪いぞ。感謝感激といった様子で何ながら抱き着いてくると思ってたのに。
変なことでも言ったか……うん、言ったな。初対面の男に「全力で可愛がる」とか言われて、素直に喜べるわけがない。というか、喜んだとしても、そこまではいかんだろうに。抱き着かれるとか願望入ってる。まださっきのが忘れられないみたいだ、煩悩に塗れた俺は。
「その、あれだ。捨てられたって言ってただろ?」
「はい」
「そのことが可哀想……って言うと上から目線になっちまうが、神様がしたことがあまりにも無責任って思ったから、ちょっとした反抗をしてやりたくなったのさ」
「……それが、先程の言葉の理由、と」
「そうだ」
神と比べて非力な俺には本当にちょっとしたことしかできないが、それでもこの少女を悲しませたくない。
いつになく真面目なことを言ってるけど、これはすべてが下心でできているとか、そういうことじゃない。俺だって、真面目な時くらいある。めちゃくちゃ稀だけどさ。
「ふふっ、貴方、面白い人ですね」
「っ!」
彼女の、初めての笑顔を見た。
心臓がきゅっと縮まるような、心地よい痛みというには弱すぎる感触がした。たとえるならば、そう―――ハートを撃ち抜かれる、みたいな。恋する乙女かよ俺。恋する漢女……うん、君は何も聞かなかった。いいね? 俺は普通の男だ。
彼女の笑った顔はパッと花が開くかのようで、美しいや可愛いを超越していた。流石天使様や。最早ここが天国だな、うん。
思わず彼女に見惚れてしまい、元に戻った時は急激に見惚れていたことへの恥ずかしさが押し寄せてきた。
「いいですね、その提案。私、全力で可愛がられることに決めましたよ」
「そ、そうですか……」
今まで見なかった、笑顔とも違う小悪魔チックな笑みを浮かべた彼女に、俺は照れくささを感じて敬語で答えてしまう。つか、天使なのに小悪魔チックってどうよ。真逆じゃねぇか。でも可愛いからなんでも許す。
んなことより、こんなんで可愛がっていけるのか? 可愛がる前に、俺がノックダウンしそう。
まあ、自分から言ってしまった以上やるしかない。
…………。
……………………。
……で、実際何すればいいんだろ。
そこまで考えてなかったぞ。どうしよう。
と、取り敢えず名前でも聞くか。いつまでも「天使様」だの「君」だの呼ぶのもあれだし。
「じゃ、じゃあ、まず初めに君の名前を教えてくれ。相手を知らなければ、何事もうまく行かないからな」
流れ的に不自然な気もしないでもないが、とにかく名前を聞く。この名前を聞くっての、地味に恥ずかしいよな。相手のこと知りたがってる感満満載で。いや実際知りたがってんだけどさ。
「名前、ですか……」
だが、そこで彼女は予想外の反応をした。
どこか戸惑ったような、苦笑いとも取れそうな表情を見せたのだ。
「――私、名前というものが無いですね」
「なっ……!」
その顔には寂しさが隠れているようで、余計に俺の心を刺激した。
だってそうだろ? 名前ってのは言わば自分自身であることの証明。親からつけられる、親愛の印でもあり、とても大切なもの。俺にとってはそんな認識だ。
その大切なものが無いと、彼女は言った。
……ほんと、神ってのは性根が曲がっていやがる。腐りきってるな。本当に神なのか? クソ野郎とかじゃなく。
再び俺は神に対して苛立ちを覚えつつも、どうするか考える。
……これは、俺が名前を付けてあげるべきなのか?
先程自分で言った通り、名前は大切なものだ。それを、俺なんかが付けていいのか……?
「……もしかして、私に名前を付けようとしてくれているんですか?」
「っ! ……いや、俺なんかが君に名前を付けていいのかなって……」
「――私は、貴方に付けてほしいです。だって、全力で可愛がってくれるのですよね? なら、私は貴方が付けた名前がいいです」
天使様は、彼女自身のしっかりとした意志を感じさせる口調でそう言った。
そうだよ。俺は彼女に全力で可愛がることを約束したんだ。なら、責任を持って最初から最後までこの約束を全うするべきなんじゃないのか?
俺はさっきまでのくだらない考えを捨てた。
「そうだよな。……よし、俺が名前を付けてやる!」
「ふふっ、ありがとうございます」
そして俺は、彼女に付ける名前を考え始める。
………………………………………………………………ねえ、名前ってどう付ければいいんだろうね。経験ないし、そもそもネーミングセンス自体が無い。
花子? いや、天使様の名前が花子っていうのはイメージ違う。どっちかって言うと、カタカナじゃない? 漢字とかじゃなくてさ。
……キャサリン? ありふれてそうで却下。何となく天使なんだからオリジナリティが欲しいな。
うむ……む、ムズイ……。
「……考え付かないのでしたら、別に私は名前が無くても構わないですし、頑張ってつけようとしなくていいですからね」
「いや、断る。絶対に、名前を付けてやる」
半ば意地になって考える俺。
天使様だろ?
天使……英語で言ったらエンジェルだったっけか?
エンジェル……ジェル……エル。
……ん? これ良くないか?
「―――決めたぞ。今日から君の名前はエルだ!」
☆あとがき
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