興味
「ご主人様?お願いですからおとなしくしていてくれませんか?」
数十秒だけ、と思い油断したのが悪かった。
なんでそんなに姿を消すのが上手いのか、と一周回って尊敬したくなってくる。
自分の腰あたまでしか背丈がない人物を人ごみの中から探し出すのは、かなり集中力がいる仕事だった。
「あら、今回は誰にも迷惑をかけていないはずだわ」
「そういうことではなくてですね……」
興味関心がうつろいやすく、ふらっと姿を消すようにあちこちに行ってしまうこの人を連れての買い出しは、一仕事どころかいつもの仕事量の数倍は労力がかかっている気がしてならない。
この方が雇用主でなければ、いっそのことリードでもつけておきたいと思ってしまうほどだ。
まあ、そんなことができるはずもないので、今回もお決まりのように片腕で小さな体を抱え上げる。
腕の中に抱え上げられているのにも関わらず、自分の足で立っている時と同じくらいに視線は忙しなく動く様子に、今日はいつになったら屋敷に戻れるのかと、気を抜くと溜息が出てきてしまいそうだ。
「ねえあなた?あそこにある露店が気になるのだけど」
「菓子類ならば屋敷に戻ったら作って差し上げますが」
「露店で買い食いをする、という雰囲気がいいのではないのですか」
「以前そうおっしゃって強行されたときは帰宅してから夕飯が入らなくなってしまったでしょう」
「今こそ前回の失敗を生かすべきシーンだと思いますわ」
「却下します」
「……いじわる」
「なんとでも仰っていただいて構いませんよ」
可愛らしい我儘なら叶えてあげてもいいかもしれないと思ってしまうが、今日の残された時間を胃痛に悩まされながら過ごさなければいけなくなるとなると話は別だ。
「では、今日のおやつはリクエストにお答えいたしましょうか。せっかく街に来たのですから、材料を揃えて帰りましょう」
頬を膨らませて年相応に拗ねた様子を見せる彼女にそう声を掛けると、拗ねた顔がぱっと明るい表情に様変わりする。
「なら、桃を使ったデザートがいいわ!この時期は桃が美味しいと聞きました」
「博識ですね。では、桃のタルトでも使いましょうか」
「やったわ!楽しみね」
興味が移ろうのなら、興味が向く方向を一つに絞ってしまえばいい。
この人に仕えるなかで培た知識なのだが、これが意外と成功することが多くて助かっている。
「では、早く屋敷に帰れるよう買い物を済ませてしまいましょうか」
「そうね。タルト、楽しみだわ!」
腕の中でにこにこと楽しそうに笑ってくれている間に、さっさと帰れるよう、ご機嫌取りを頑張らなくてはならない。
さて、今日は親友の胃薬と相まみえることがないといいんだが。
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