『人は本当に悲しい時、涙が出ないのだと知った』

手の中の本の一節、その文章を目で追うと、栞を挟み、静かに本を閉じた。

「ねえ」

「なあに?読書中に声かけてくるなんて珍しいじゃん」

隣に座っている人物に声を掛けると、大きな瞳が手元のスマホからこちらへと向けられる。

確かに、読書中は気が済むまでずっと物語に噛り付いていることが多いので、中断するのは久しぶりかもしれない。

「少し気になったことがあって」

応えてくれたことにほっとしてゆるく笑む。

「ここの文章さ、本当なのかなって気になって」

そう言いながら本を開き、見やすいように文章をなぞると、真面目に文章をなぞった瞳がぱちぱちと驚いたように数度瞬いた。

「こういうの、あんまり気にしないと思ってた」

「うん。普段はあんまり気にならないんだけどさ。どうしてだろうね?」

かけられた言葉をなぞるように問いかけると、本人にわからないのにわかるわけないじゃん、と正論で一刀両断されてしまった。

そうだよね、と苦笑をすると、ずっと文章を追っていた影響で疲れた目を、目頭を抑え少し休ませる。

「でもこれ、わからないほうが幸せだと思わない?」

さて、続きを読むか、と視線を落としかけたところでそう声を掛けられ、今度はこっちが目を瞬かせる番になった。

てっきり、さっきの会話だけで話題が途切れると思ったのに、続けてくれたことに驚きと嬉しさが入り混じる。

「わからないっていうことは、本当に悲しいことを経験したことがないってことでしょ?だったら、一生わからなくてもいいと思わない?」

つぅっと手の中にある一節をなぞりそう言うと、にっと得意げに笑みを向けられる。

その一連の動作が愛おしくて、思わず髪を撫でると、しばらく黙って受け入れられた後、ぱしっと手が払われた。

そういえば、髪型が崩れるのが気に食わないからあんまりやらないで、と言われた気がする。

まあ、すぐに払われなかったということは今回は許されたということだろう。

「そうだね。うん、その通りだ」

「でしょ?これは興味程度にとどめるべきだよ」

よくできました、とでも言うように柔らかく言葉を添えると、これまた得意げな言葉が返ってきた。

折角流すなら嬉しい涙がいい。

どこかで聞いたその言葉が、ふわりとさっきの一文を包み込むように、鮮明に思い出された。

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