薔薇の下で

普段、暇があれば話をしよう、構ってくれ、と言ってくる人間が訪ねてきたのに十分近く黙ってる、というのは割と心配になる、ということを今、現在進行形で学ぶことができてしまっている。

だが、今ここで何かあったのか?と聞くのは無粋な気がするし、かといってこのまま放置しておくのも躊躇われ、何故学生時代に教師の言うことを聞いてコミュニケーションの仕方をもっと学んでおかなかったのかと若干後悔している。

いや、普通の人間相手にだったら十分近く無言の時間を過ごしていたとしても心配するようなことは一切ないのだ。

こいつが普段、お前は泳いでいないと死ぬ魚のように黙ることなくしゃべり続けているくせに、今日に限ってずっと黙っているのが問題なのだ。

どこかケガをしているのか、体調が悪いのか……いや、こいつは何か不調があれば今まで自己申告をしていたし、残っている可能性は……。

「絶対に秘密を守るという約束を信じてもらうには、どうすればいいと思う?」

と、いうことだ。何か悩んでいることがあって、考えごとをしている、という可能性。

……しかし、存外予想していなかった質問が飛んできたものだ。

「何か教えてほしいことがあったのに、口の軽さを疑われた、とかか?」

そう聞いてみると、静かな肯定が返ってくる。

なるほど。そう言うことだったか。

確かに、こいつのマシンガントークを常日頃聞いてる身からすると、口が軽いのではと疑うのはわからなくもないが、残念ながらその想像は間違っている。

こいつはまあ救いようのないアホなところはあるが、守れといったものは守るという常識と倫理観はきちんと備わっている。

こいつがどんなことを聞きだそうとしたか、その程度にもよるが、だいたいのものはきちんと広めないでほしいと一言釘を刺しておけばこいつが発端で広まっていく、というのは殆どないだろう。

「その様子だと、結構説得を頑張ろうとしたんだな?」

未だに黙りこくっている背に向けそう問いかけてみると、こくり、と一度首が縦に振られる。

……かなり自分でも考えたが、なにも浮かばず結局ここへ来たのだろう。

ならば、普段なら自分で考えてみろと突き返すのだが、今回くらいは答えを与えてやってもいいかもしれない。

「なら、薔薇を渡してみるというのはどうだ?」

「……バラ?」

「そうだ」

やっと声を出したことに不思議な安堵を抱きつつ、じっと話の続きを待つ様子に応えようと立ち上がり、本棚にあった本を一冊抜き取り手渡す。

「薔薇は本数や色によって花言葉が変わることは知ってるな?その中で、棘のない薔薇は誠意という意味を持つのだ」

手渡した本の内容を脳内で反芻しながらそう言うと、今まで暗かった表情に、少しの変化がみられる。

「ほかにも、薔薇のつぼみ3本と開花した薔薇1本の花束はあのことは永遠に秘密、という意味を持っていたり、もとより薔薇は秘密を守ることを誓った約束の花、と呼ばれている」

そこまで淡々と説明すると、少女はぱっと顔を上げ、どこか驚いているような表情を向けてくる。

もしかして提案が悪かったか?と考えてしまうが、まあすぐに違う案はないのかといわれないところを見ると悪くはないということだろうか。

「どうだ?解決したか?」

「……考えていたよりもはるかにロマンチックな回答が来て驚いているわ」

「うるさい」

「でも、どうしてこの本を?私に説明するなら口頭だけでも十分なのに」

……だから驚いたような顔をしていたのか、と納得しつつ、複雑な気持ちを吐き出すように溜息を吐く。

「相手が花言葉を熟知してるとは限らないだろう。だったら、それを花束と一緒に渡して意味は調べろと言ったほうが手早く用事は済む」

「……なるほど」

しっかりと疑問も解消できたようだし、それならいつまでも居座っていないで早くここから出ていけ、といつも通りの言葉を投げようとしたところで、少女が座っていたソファから立ち上がり、ふわりと満面の笑みを向けてきた。

「助かったわ。ありがとう」

「……どういたしまして」

「それでね!考えごとしてたから忘れてたんだけど、言いたかったことがあって……」

これは言わなくても勝手に帰る流れか?と思った矢先に始まったマシンガントーク。

少し前向きな方向に考えたらこれか、と溜息が出るが、いつも通りの元気を取り戻した様子に、不思議と安心してしまう気持ちもある。

なんだかんだ、自分はこいつに甘いことがあるとからかってきた友人の言葉を思い出す。

あの時は否定をしたがやはりそうなのだろうか。

もしそうなのだとしたら、自分の考えを改めないといけないのだが。

……確か、今日も来るだろうと思って買っておいた茶菓子が戸棚にしまっておいたはずだ。

今日のところは、この茶菓子が無駄にならないようにしただけだ、という自分への言い訳を使うことにしよう。

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