第7話 相部屋

伊藤が部屋を出てから、安田は焦った。

どうしてよりによってこんな時に二人も追加されるんだ。

どうする、どうすればいい。

浩平の不敵な笑みがふと浮かんだ。

あのニヤケ面、思い切りぶん殴ってやりたい。

もう深夜とは違い、ロビーにも人が多く往来する。

もし誰かここに来たら一貫の終わりだ。

安田は考え、一つのアイデアを思い付いた。


ロビーに行くと牧野がいた。

牧野は少し笑顔で安田に挨拶をした。

「あ、おはようございます」

その声には軽蔑も侮蔑も無かった。

安田を仲間の一人と認めつつあるのかもしれない。

「牧野ちゃん、ワックスとかあるかな」

「ワックス、ですか」

「安置室の床が汚いからさ、ワックスでもかけようと思って」

「備品室にあるかもしれないです」

「備品室な、わかった」

牧野が言った通り、備品室にはワックスとモップがあった。

狙いの通り液体のタイプだ。

安田はそれを手に、ロビーにとって返すと辺りを伺った。

誰もこっちは見ていない。

今がチャンス、安田は派手に転んだ振りをしてワックスをロビーから安置室につながる通路にぶちまけた。

「だ、大丈夫ですか」

物音に驚いた牧野が駆け寄ってきた。

「いけねえ、俺としたことが転んじまったよ」

「今、雑巾か何か持ってきます」

「あ、牧野ちゃん」

安田は牧野を呼び止めた。

「片付けは俺がやるから、ここに立ち入り禁止の案内か何か置いてくれるかな。

 もし誰か通って転んだらまずいだろ」

多少、杜撰な計画だったが功を奏したようだ。

牧野は安置室につながる通路にテープを張り、そこを通行止めにしてくれた。


これで、人が来る危険はほとんどない。

安置室は不完全ながらも密室と言えるだろう。


安田は大きく深呼吸をして、覚悟を決めた。

入室者達に相部屋をお願いするためだ。

今、カプセルホテルは満室だ。

これから二人、予約客の為に二部屋を開けなくてはならない。

普通なら1号機から順番に入れていく。

もう三号機までは通常の客が入っている。

つまり、四号機と五号機を開ける必要があるのだ。

冷蔵庫はそれほど大きいわけではない。

なんとか無理をすれば二人がやっと入れることができる程度だ。

六号機に入っている昨夜の片割れは太っていた。

こいつともう一人は収まらないだろう。

ならば四号機と五号機の死体を七号機と八号機に相部屋だ。


四号機と七号機のドアを開けた。

その間もずっと、誰か来るんじゃないかと耳を澄ませていた。

七号機には身元不明の年寄り。

その上に四号機の死体をかぶせるように乗せることにした。

しかし、これが重い。

脱力した人間はだらりと垂れ下がり、ひどく重く感じる。

やっとのことで抱き合わせた二人がなんとも不様に見えた。

「こいつら、死んでから男同士で抱き合うなんて思ってねえだろうな」


スペース的には収まるはずだが、不自然に折れ曲がった手足が邪魔をする。

何度か体勢を直し、無理に押し込めてやっと二人は相席を受け入れた。

思いのほかの重労働に不摂生がたたったのか息が切れる。

時間もだいぶ食ってしまった。

もう一人、相席を急ぐ必要がある。

五号機のドアを開けた。

昨夜はあまり意識していなかったが、こうして見るとこの死体はガタイが良い。

それだけでげんなりとしてしまう。

だがやるしかない、もう一度大きく息をして死体に手をかけた。


八号機には50代前後の男が入っていた。

なんとかしてその二人を相部屋させなくてはならない。

息を切らしながら、神経を張り詰めながら、やっとのことで二人を抱き合わせる。

しかし、やはりガタイの良さが邪魔をする。

何度か取り出し、体勢を変えるも、どうしてもどこかが邪魔をしてドアが閉まらない。

「こいつの首さえもう少し曲がればな」

あたふたとしているうちに、時計はもう11時30分を回ってしまっていた。

いよいよまずいことになる。

もう新規の客が入ってくる。


乱暴に押し込む、ドアは閉まらない。

客を入れ替えてみるか、もうそんな時間は無い。

不味い、不味い、不味い。

「この、首がもう少し曲がれば」

そっとロビーへの通路を確認してみるともう立ち入り禁止の看板は無い。

そして、祭儀場に遺体を運んでくる見慣れた車が目に入った。


ドクンと鼓動がはねた。

嫌な汗がすっと引いていった。


安田はそっと男の首をつかみ、力いっぱいそれを折り曲げた。

嫌な音と、嫌な感触の後で男の首はだらりと垂れ下がった。

こうなればもう大丈夫。

無理やりに首をひねり、押し込めばドアは閉まった。


「こちらで、明日まで安置いたします」

遺族を引き連れ、牧野が部屋に入ってきた。

ベッドに横になる老人と、それに付き添う老婆だった。

老婆は安田を見てゆっくり頭を下げた。

安田もそれにつられ老婆に頭を下げた。


説明をする牧野と、それを聞く老婆。

安田はまるで無心のまま、景色を見るように二人を眺めていた。

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