第6話 満室

しとしと雨が降っていた。

遠くの空が光り、わずかに雷鳴が聞こえる。

時計はもう23時。

直感が言う、もうすぐ浩平が来ると。


思った通り、見慣れないバンが祭儀場に入ってきた。

運転しているのはあの若い男。

助手席の浩平は安田をみつけて手をあげた。

「おう、待たせたな」

安田はなるべく人目につかない裏手に車を誘導した。

「お疲れ様です」

浩平は車を降りると若い衆に指図した。

「タカシ、降ろせ」

後部座席から降りてきたもう一人の若い衆と二人、浩平の指示で素早く動き始めた。

二人はバックドアを開け何やらと相談をしている。

安田はただ、ぼんやりとその様子を見ているだけだった。

「そっち持てよ」

「先に出さねえと」

二人のやりとりが妙に気になり、安田は横目で車の後ろを見た。


そこには二つ、毛布に包まれた何かがあった。

驚いた安田は浩平に言った。

「ちょ、何ですか、これ」

浩平は安田をじっと睨みつけ、小さく言った。

「お前は何も知らねえだろ」

「ま、待ってくださいよ、また増えるんですか」

浩平は何も言わず、不敵に笑みを浮かべた。


二人は手際よく、毛布に包まれた塊を安置室へ運びこんだ。

安田が慌てて後を追いかけると丁度、毛布をはぎ取る所だった。

その光景に思わず目を背けた。

やはりリンチを受けた死体だ。

全身は青紫で、顔なんて元の倍には腫れあがっている。

どうしてこんなに人を痛めつけることができるのだろうか。

胃から込み上げるものを必死で飲み込むばかりだ。


ふと横を見ると二人の若い衆の手が震えていた。

まだ20になったぐらいの若者だ、こんな状況に慣れているはずもないだろう。

「ケンタ、そっち持て」

「お前が持てよ」

二人は頭の方を持ちたくないようで、軽い口論を始めた。

ああでもない、こうでもない。

二人のやりとりにシビレを切らし、安田が口を挟んだ。

「俺が持つから、足を持て」

二人はただうなずき、死体の足をつかんだ。

後はベッドに乗せ、スライドさせれば死体は冷蔵庫に収まった。

二人はまだ震えていた。

「お前たちも、大変だな」

安田が労うも、二人は苦笑いをするだけだ。


「おう、終わったか」

ゆっくりと安置室に入ってきた浩平がのんきに笑った。

そして安田にまた封筒を手渡した。

分厚い。

先日の倍はあるかもしれない。

だがその歓喜よりも、気がかりなことがあった。

「浩平さん」

「何だよ」

「もう、これ以上は収まりませんよ」

すでに冷蔵庫はいっぱいだった。

1から3号機には明日の通夜の客が。

4から6号機には浩平が持ち込んだ死体が。

7と8号機にはあの身元不明の死体が収まっていた。

「もういっぱいなんです」

浩平は少し考えた。

「まあ、しっかり管理しとけよ」

「ま、待ってくださいよ、いつ引き取りにくるんですか」

食ってかかる安田を疎ましく思ったのだろう。

浩平は舌打ちをし、ぐっと安田に詰め寄った。

「お前は何も知らねえだろうが、ごちゃごちゃうるせえんだよ」

その迫力に安田は口を紡いだ。

「おい、行くぞ」

浩平はぷいっと部屋を出てしまった。

タカシとケンタは小さく、安田に頭を下げるとその後について出て行った。


相変わらず、考えることは多い。

この状況がいつまで続くのか、今後どうなるのか。

いつもの椅子に座りこみ深く深くため息をついた。

握りしめたままの封筒がやけに重く感じる。


そのまま帰ることができず、うろうろとしながら夜を明かした。

机の中に入っていたマジックペンで冷蔵庫のランプは塗りつぶした。

これでぱっと見ただけではわからないだろう。

だが不安は多い。

そしてそれは的中してしまう。


朝の8時を回った頃、伊藤が安置室に現れた。

「おはようございます」

椅子にもたれたまま、少しウトウトしていた安田はその声で目を覚ました。

「あっ、おはようございます」

「ここで夜を明かしたんですか」

「すみません、色々やってたら寝てしまって」

「体に気を付けてくださいね」

伊藤は安田を心配し、優しい言葉をかけた。


「あの、伊藤さん」

安田は机の上の封筒を伊藤に差し出した。

「これはなんですか」

「ちょっとまとまった金が入ったんで、お返しします」

安田はどうしてもその金を懐に入れたくなかった。

その金と関わりたくないと思ったのだ。

伊藤は戸惑いながらも封筒を手にした。

「いくら入ってるいるんですか」

「さあ、わかりません」

「わからないって、どういうお金なんですかこれは」

真剣に聞く伊藤を安田は煩わしいと思った。

金は金だ、さっさと受け取ればいいだろう。

「ちょっと、色々あったんです。

 すみません、聞かないでもらえますか」

やっと出てきた言葉に伊藤は何かを察したようだ。

封筒の中身を数え、わかりやすく机の上に並べた。

「50万円、入ってますね」

「ちょっと足りないと思いますが、持ってってください」

伊藤は少し考えてそれを懐にしまった。

そして安田の目をじっと見て言った。

「これでもう、借金はありません。

 だから何も気兼ねすることはありませんからね」

「いや、まだ全額ではないですよね」

「いえ、これで十分です。

 勤務態度も変わってきた、お金も返してくれた。

 もう、何も気にすることはありませんからね」

伊藤は優しく安田に言ったが、安田はうつむいたままだった。

何か、胸の奥がズキズキと痛んだ。


「では、今日も頑張りましょう」

伊藤はそっと安田の肩を叩き、部屋を出ようとした。

「おっと」

伊藤は振り返り笑った。


「そもそもの要件を忘れるところでした。

 安田さん、今日は昼に2名入られます。

 用意をお願いしますね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る