第25話 傭兵の逆襲

 スレインとハルトマンは砦の地下牢に投獄された。


 牢に入れられた直後、ハルトマンは兵士たちに向かって、「絶対に口外しません。だからここから出してください!」と懇願し、それから鉄格子を激しく叩きながら「ここから出せ! 出さないとお前の〇〇をちょん切るぞ!」と汚い言葉で罵り、更には「こんな檻で一生を過ごすなんて嫌です。悔い改めます。有名になろうなんて大それたこともう考えません。静かな田舎で慎ましく暮らせればそれで十分です。だからどうか、自由にしてください」と涙を流して懺悔したが、もちろん兵士たちは聞く耳を持たなかった。最後は力尽きて、その場にしゃがみ込んでしまった。


 カビだらけの毛布が置かれたベッドに腰を下ろし、ハルトマンの忙しない動きをずっと横目で見ていたスレインが、口を開いた。


「……やっと静かになったか」


 ハルトマンははっと顔を上げると、声を荒げて言った。「随分と他人事みたいに言いますね、スレインさん。あなたは不安じゃないんですか?」


「こういう仕事をしていると、牢に入れられることも一度や二度じゃないからな」


 そう言って、スレインはベッドに横になるとそのまま目を瞑ってしまった。


 それから、スレインは兵士が侘しい食事を運んでくる時以外は寝ているか、起きていたとしても無言で座っているかのどちらかで、ほとんど言葉を発しなかった。


 いったい彼は今何を考えているのだろう? と、兵士の姿が現れるたび「出してくれ」と訴えるも冷たくあしらわれ続けるハルトマンは訝しんだ。せっかくルカの代わりにドラゴンを手懐けたというのに、このような仕打ちを受けて、腹は立たないのだろうか? ドラゴンを倒しに山を登った時はあれほど怒りの感情を爆発させていたのに、今は悟りを開いた修行僧の如く落ち着いている。まるで、すべてを受け入れたかのようだ。気になって一度訊ねてみたが、スレインは「なるようになるさ」としか答えなかった。


 拘束されて十日後、それまで姿を見せなかったオーガスティンがやってきた。


「居心地はどうだ、漆黒?」


 ベッドで横になっていたスレインはゆっくりと体を起こして、鉄格子の外にいる砦の責任者を見た。


「隣の国の牢獄に比べたら天国さ」


「満足いただけて光栄だ」オーガスティンは嘲りの表情を浮かべた。


 すかさずハルトマンは訴えた。「どうか、ここから早く出してください。ドラゴンのことは一切口外しませんから。一生こんなところで過ごすなんて嫌です」


「今日はそのことで話があって来たんだ。……喜べ、もうすぐ出してやる」


「ほっ、本当ですか!」


 オーガスティンは薄ら笑いを浮かべた。「ああ、そして絞首台へ直行だ」


「そっ、そんな……」


 ハルトマンは目の前が真っ暗になるのを感じた。両手で頭を抱えると力なくその場で崩れ落ちてしまった。


「待て」スレインが言った。「俺たちはまだ裁判すら受けていない。なのに刑が決まるなんておかしいだろ」


「王子殿下に対する反逆の意思、裁判などしなくとも死刑は確実だ。やるだけ無駄」


「なるほど、ドラゴンの件を明らかにされたくないから、裁判なんてやるわけにはいかない、ということか」


 オーガスティンは顔をしかめ、舌打ちした。


 スレインは更に言った。「だが、俺たちに反逆の意思はない。俺はルカがドラゴン退治の功績者となるように依頼された。だから公言する気はない。先祖の名誉と傭兵の信用に懸けて誓う」


「名誉、信用? なんの担保にもならんな」


「これ以上は信じてくれ、としか言えない。士官学校で一緒に学んだ仲だろ」


「私と漆黒が? 笑わせてくれる」


 オーガスティンが背を向けると、スレインはベッドから立ち上がり、鉄格子に近づいた。


「オーガスティン。考え直す気はないのか?」


 かつての同期は足を止めた。「ああ、一つ言い忘れていた。王子殿下はドラゴン退治の英雄として王都に凱旋したそうだ。すぐに王位継承とオリビアとかいう女との結婚式を行うらしい。俺も式典に呼ばれてるから、お前たちの刑の執行はその後だ。まあせいぜい新国王の恩赦に期待するんだな」


 オーガスティンは笑いながら今度こそ地下牢を去っていった。


「ああ、僕はここで死ぬんだ……」


 ハルトマンが悲嘆にくれている横でスレインは大きく息を吐いた。そして、おもむろに鉄格子の柵の隙間から錠前に手を伸ばすと、すぐにガチャリと音がして、入り口が開いた。


 この世にあらざるものを目撃したかのように、ハルトマンは目と口を大きく開けた。


「こ、これはどういうことですか!」何も言わずに牢を出たスレインを、ハルトマンは慌てて追い始めた。「えっ、えっ、えっ……? ちょっ、ちょっと、な、何なんですか。これは」


 スレインは歩みを止めることなく答えた。


「こういう仕事をしていると、戦闘技術以外にもいろんなものが身につくんだ」


「まあ、そうでしょうけど……って、いや、そういうことじゃなくて! 開けられるなら最初からこうして逃げれば良かったじゃないですか」


「できれば穏やかに済ませたかった。だが向こうがその気なら……、こちらにも考えがある」


 と答えたスレインの表情からは、いかなる感情も読み取れなかった。しかし彼の言葉と体から発せられる異様な雰囲気に、ハルトマンは思わず身震いした。そして、何かとんでもないことが起こると直感した。


 廊下を進んだ先の棚に、スレインの剣やハルトマンのギターなどが無造作に置かれていた。スレインは黒剣を手に取った。


「本当は、こんなことのために行使すべきではないんだろうが……」スレインは剣を頭上に掲げた。「やれ、ガヴァン!」


 激しい地鳴りがして、続いて地下牢全体が激しく揺れ始めた。


 ハルトマンは壁にしがみついた。「も、もしかしてこれは……」


 スレインが睨み上げていた石造りの天井が轟音とともに崩れ去り、そこから雲ひとつない青空が現れた。スレインは崩れた石を登り始めた。


 続いて地下牢を出てたハルトマンは目を見張った。外には巨大なドラゴンが鎮座し、そして本来そこにあったはずの砦は瓦礫の山と化していたのだ。


「急に呼び出して悪かった」


 スレインが声をかけると、ガヴァンは頭を垂れた。


「我が主の思し召すままに……。ですが、本当によろしかったのですか?」


 ドラゴンは自らが更地にした砦跡を見渡した。あたりはもうもうと砂塵が舞い、石の塊や壊れた武器やティーカップが散乱していた。


「構わない」


 無表情のままスレインが頷いた直後、瓦礫の隅から服も顔も泥で汚れたオーガスティンが、ふらついた足取りで出てきた。


「い、一体何が起こったんだ……」


 スレインとドラゴンの姿を発見したオーガスティンの顔から、瞬時に血の気が引いていった。


「オーガスティン。お前たちがでっち上げの罪で俺を始末しようとした。だから俺はしかたなくそれに抗っただけだ」


「漆黒……、お、お前。こんなことが許されると思っているのか!」


 怒り狂った表情でオーガスティンが剣を抜いて切りかかってきたが、途中で瓦礫に足を取られて盛大に転んだ。顔を上げたオーガスティンは更に泥だらけで真っ茶色なっていた。


「おのれ漆黒! 許さんぞ!」


 目を赤くしたオーガスティンが立ち上がる。しかし、すかさずガヴァンが威圧するような咆哮を上げると、「ひいっ」と首を絞められた鶏のような悲鳴を上げながら、剣を投げ捨て逃げてしまった。


 いい気味だと、ハルトマンは腹の底から大笑いした。


「さてと……」一方スレインは興味が失せたかのようにオーガスティンの背中から目を離し、ガヴァンを見上げた。「もう一働きしてもらいたいんだが」


「なんなりと、御命令を」


「背中に乗せてもらえるか?」


「喜んで、我が主」


 ガヴァンが背を向けると、スレインはゴツゴツした背中に登り始めた。ハルトマンもあとに続いた。


「ついてこなくて良いんだぞ。今度こそアンタは自由になったんだ。ここから先はただの個人的な用事だから」


「ここまで来てつれないですね。もはや僕とあなたは一蓮托生。最後までお付き合いしますよ」


 更に面白いものが見られるに違いない、とハルトマンは確信し、ドラゴンの背中をよじ登った。


「こんなことに付き合っても、良い詩が書けるとは思えないがな……」スレインはガヴァンの肩に掴まった。「それじゃあ、親愛なる我が王子の国王就任と結婚に、祝いの言葉でも述べに行くとするか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る