第16話 告白

 派兵要請の返答は貰えなかったものの、感触は悪くなかった。もう一押しできれば、ノリスも首を縦に振ってくれるに違いない。しかしそのためには、ルカ直々に伯爵へ話をする必要があるだろう。


 早速ルカを探しに、スレインはダンスホールを回ったが、彼の姿は見えなかった。オリビアとまだ一緒にいるのだろうか? スレインは二人が歩いていったバルコニーに向かったが、見つからなかった。


 背後から、ハルトマンが声をかけてきた。


「スレインさん、何かお探しですか?」


「ルカを探しているんだが、アンタ、王子を見なかったか?」


「いいえ。でもそれより、これを見てください」


 ハルトマンは懐から布袋を取り出し、口を開けてスレインに中身を見せてきた。そこには大量の銀貨が入っていた。


「さっきの歌で、観客からたくさん投げ銭を貰いまして。それに、今度パーティーに来てくれないかっていう誘いも幾つかありまして」


「それは、おめでとう」


「ええ、とうとう僕にも運が向いてきたようです。本当、あなたたちに付いてきて良かった。この街にはどれくらい滞在するつもりですか?」


「さあ、ノリスから出兵の返答を聞かないことには。少なくとも二、三日……いや、一週間くらいはここにいることになりそうだな」


 ルカは一、二ヶ月は居たいと言っていたが、さすがにそれは受け入れられない。人々の安寧のため、そして何より自身の借金返済のため、兵の準備が出来次第一刻も早く出発して、ドラゴンを倒さなければならない。


「そうですか、だったらいくつかのオファーは受けてこようと思います」


 とハルトマンが口にした直後、バルコニーの下からルカの声が聞こえてきた。


「ああ、オリビア……。君はなんて美しいんだ」


 スレインとハルトマンは柵に近づき、下を覗き込んだ。すると、手入れのよく行き届いた庭園をルカとオリビアが手を組んで歩いているのを見つけた。


「ルカ様こそ、本当に逞しく凛々しいお方」オリビアが、恍惚とした表情でルカを見つめた。「ずっとルカ様とこうしていられたら、わたしはそれだけで幸せですわ」


「僕もだよ、お姫様。このまま時が止まってしまえばいいのに」ルカはオリビアの両手をギュッと握りしめ、彼女を見つめ返した。


 二人はこの短い間ですっかり相思相愛の間柄になったようだ。


「愛ですか、良いですねえ」ハルトマンがギターをポロンと鳴らした。「原初より人間に備わったもっとも根源的な力です。それはとても強力で誰であれ抗うことはできません。過去の偉大な英雄たちも愛の力によって勝利を手にして、また同時に身を滅ぼしていったのです。ああ、二人を見ていたら、新しい詩が浮かんできそうです」


「何呑気なことを言っているんだ。このままじゃまずいだろ」


 もし、ルカがオリビアを愛しく思うあまり、ずっとこの街に残って二人で暮らすなんて言い始めたら、今までのスレインの苦労は水の泡だ。それに借金も返済できない。今すぐ二人を引き離さなければと考え、庭園に向かおうとしたが、ハルトマンがスレインの腕を掴んできた。


「二人の邪魔をしてはいけません。今はそっと見守ってあげるべきです」


「こっちは生活がかかっているんだ。これ以上ルカの気まぐれに振り回されてたまるか」


 ドラゴン討伐を成就させんとするスレインと、愛の成就を見届けんとするハルトマンの間で揉み合いをしている間にも、ルカとオリビアの会話は続いていた。


「ああ、僕はもうオリビアをこの手から離したくはない」


「わたしも、この手をずっとルカ様に握られていたいですわ。でも運命は残酷。ルカ様はドラゴンとの戦いに身を投じていらっしゃる」


「まったく、忌々しい宿命だ。オリビアと一緒に居られるなら、僕は神にだって逆らう覚悟はできている」


 いよいよ風向きが怪しい。ようやくハルトマンの手から逃れたスレインはルカの元に駆け寄ろうとした。しかしその時、ルカは言った。


「でも神を裏切ることはできても、国を裏切ることはできない。僕は、将来の王としての務めを果たさなければならない。すべてが終わった後必ず君を迎えに来よう」


「おっ」スレインは思わず足を止めた。


 一方、オリビアは涙を流しながら訴えた。「なんと気高く高貴な志でしょう。ですがルカ様の正義の心が強いほど、わたしの胸は引き裂かれんばかりです。ああ、ルカ様。あなたはどうしてルカ様なの?」


「頼むから、僕の決心を揺らがせるようなことを言わないでくれ。僕にとってもオリビアと一瞬でも離れることは、地獄の底に突き落とされるよりも辛いことなんだ」


「わたしもです。いっそうのこと、一緒に地獄の底に落ちることができたら、どんなに素晴らしいことか」


「それだ!」突然ルカが大声を上げると、オリビアの両手を強く握りしめた。「オリビア、僕と一緒に行かないか?」


 オリビアは天から啓示を受けたかのように目を大きく広げると、ルカの胸に顔を埋めた。


「どこまでも、ルカ様に付いていきます」


「待て、待て、待て!」


 急転直下の展開に仰天したスレインは庭園を駆け抜け、ルカに詰め寄った。


「何をいきなり言い出すんだ。彼女を連れて行くだと?」


「なんだ、聞いていたのか漆黒。だったら話は早い。オリビアもドラゴン退治に連れて行く」


「正気か? それがどんなに危険なことがわかっているのか」


「もちろんだとも。だが僕とオリビアの決意は硬い。僕たちは二度と離れないと固く誓ったのだ」


「会ってたった数時間なのに。よく言うな……」


「それが愛、というものなのさ」


 と言って、ルカは白く光る歯を見せて笑った。

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