第13話 ハルトマン
商人たちから引き渡された吟遊詩人の名前はハルトマンと言って、年齢はスレインやルカよりも少し若いようだが、長年の苦労を反映してか、白髪も目立ち、かなり老けているように見えた。
人から人へと売り渡されて、さぞかし哀しみと怒りに打ちひしがれているだろうと心配したスレインは、馬車を出発させた後、御者席で隣に座るハルトマンに向かって励ましの言葉をかけた。
「悪かったな、変なことに巻き込んでしまって。どうか気を落とさないでくれ、悪いようにはしないから」
「僕は全然気にしてないですよ。こんなのよくあることですから。もう慣れちゃいました」
と、ハルトマンが実にあっけらかんと言ってのけたものだから、スレインは少々面食らった。
「そっ、そうか……」
「ええ、それに僕はあいつらから離れられて、心底清々しているんです。連中、何を話しても二言目には必ず金って言葉が出てくるくらいの強欲っぷりで、あいつらに泣かされた人たちは星の数ほどいます。その上、芸術をまったく理解しようとしない、本当につまらない人たちでしたよ。さっきも、山賊どもからもっと痛い目にあえばよかったと思っていたくらいですから。それに引き換え、あなたたちは随分と変わった取り合わせじゃないですか。興味深いなあ。一体、何しに行くんです?」
最初は空元気だと思っていたスレインだったが、ハルトマンはどうやら本気でこの一行に加われたことを喜んでいるようだ。しかし、すぐ後悔することになるだろう。
スレインは重々しい口調で伝えた。「俺たちは、これからドラゴン退治に行くんだ」
「ドラゴン! それは素晴らしい」ハルトマンは両手を広げて歓声を上げた。「本当にあなたたちのところに来れて良かった。とうとう僕にも運が向いてきたんです」
てっきり震え上がるかと思ったのに、正反対の反応に、スレインはますます困惑した。
「どうしてそんなに喜ぶんだ。アンタもドラゴン退治に参加して報償金が欲しいのか?」とスレインは言って、とても活躍できそうにないハルトマンの細身を見回した。
「まさか、そんな」ハルトマンは首を振った。「僕は吟遊詩人ですよ。戦えるわけないじゃないですか」
「だったらどうして?」
「もちろん、詩を作りたいからに決まっているじゃないですか。僕は征服王アーニンゲンの叙事詩を作った人たちのように、歴史に名が残る作詩家になりたいんですよ。その題材にドラゴン退治はまさにうってつけというわけです。空を飛べば街一つが影に覆われ、炎を吐けば三日三晩森は火の海に包まれる怪物界の王に対して、己の血と名誉をかけて戦いを挑む屈強の戦士たち。一人、また一人と仲間が倒れていく中、ある者は力の限りを尽くして戦えたことを誇りに感じて雄叫びを上げ、ある者は残してきた恋人を想って涙する。そして最後に残された戦士がとうとうドラゴンの首を切り落とし勝利する……。遂に英雄の誕生だ!」
「最後の一人って……、縁起でもないこと言うな」
「何言ってるんですか、話は劇的であるほど聴いている人々は喜ぶんです」
得体の知れない霊が乗り移ってしまったかのように興奮値を上げていくハルトマンの姿を見て、スレインは頭を抱えた。何とか理由をつけて次の街で解放するつもりだったのに、どうやらこの様子では本気で最後まで付いてきかねない雰囲気だ。しかし相手はドラゴン、遊び半分で会いにいく相手ではない。ハルトマンにしろ、世話係つきで旅に出るルカにしろ、緊張感が足りなさすぎる。
荷台からルカの声がした。
「その心意気、実に気に入った。これからの僕の活躍を心に刻み、素晴らしい詩を作ってくれ給え」
「もちろんですとも、王子様の御采配と疾告の剣士の剣技がドラゴンに立ち向かう様を、余すところなく歌いあげてご覧に入れます」
「ん?」スレインは驚いてハルトマンを見返した。「俺のことを知っていたのか?」
「もちろんです。山賊どもの前に颯爽と現れたあなたの姿を見て、すぐに疾告の剣士だとわかりました。だから興味を持ったんです」
随分と有名になってしまったものだ、それに比例して仕事と報酬が増えればなお嬉しいのだけど……、とスレインは嘆息した。
「さっそくだが吟遊詩人」ルカが言った。「何か歌ってくれ。こう変哲のない森が続くと気が滅入るのだ。アルフレッドはさっきから船を漕いでいるし、漆黒は見ての通り無口で面白みのない奴だし、退屈でしようがない」
「承知しました、王子様」
恭しく頷くと、ハルトマンは背負っていた小さなギターを取り出し、ゆっくりと弦を鳴らしながら、歌い出した。
山より吹き降りたる冷たい風が、家の中を通り過ぎる
田に麦は実らず、畑は雑草の覆われ、そこは虫の王国
母の乳を恋しがる赤子は泣き叫び、亡き子の背中を追って父は墓場を彷徨う
救いを求めて人々は口ずさむ、ハイヤーソーナ、ハイヤーソーナ
「おい、その歌を止めろ!」
二番目を歌おうとしたハルトマンを、ルカが叱りつけた。
「なんだ、俺は悪くないと思ったが」
一方、スレインは吟遊詩人の歌声を正直に褒めた。王都の酒場で歌えばそこそこ人気が出るんじゃないかと思ったのだ。
ルカは言った。「声の質は認める。だが何だその詩は。人気のないところでそんな歌を歌われたら、退屈が紛れるどころか余計に気持ちが沈むだろ」
「そうですか、気に入ってもらえず残念です。僕の自慢の一作なんですけど」
「もっと明るく、楽しい歌にしろ」
「承知しました。でしたら僕の作品ではないですが、近頃巷で流行っている歌でどうでしょう? 酒場で歌えばみんな大笑い間違いなしです」
「良いだろう。よし、やってみろ」
ハルトマンは、今度は軽快なテンポでギターを鳴らし始めた。
国の金庫が空っぽだ。
怒った国王、犯人探しに乗り出すぞ
街で見つけた物乞いに、お前が犯人と決めつけて、
両足切って自白を迫るも、金庫の中身は見つからず
次に見つけた商人に、お前が犯人と決めつけて、
両手を切って自白を迫るも、金庫の中身は見つからず
最後に見つけた御貴族に、お前が犯人と決めつけて、
両目を潰して自白を迫るも、金庫の中身は見つからず
怒った民衆、王を捕まえ、腹をさばいてみたところ、
発見したぞ金庫の中身、金銀財宝ザックザク
スレインが必死に笑いを噛み殺していると、ルカが顔を真っ赤にしてハルトマンを怒鳴りつけた。
「もう止めろ! いいか吟遊詩人、二度と僕の前で歌うんじゃない。さもないと君の舌を引き抜くからな! おい、いつまで寝てるんだ、のろまのアルフレッドめ。こっちでさっさと僕の足を揉め」
寝ぼけ眼のアルフレッドを連れてルカは荷台の奥へ行ってしまった。
ハルトマンは困惑した表情でポリポリとこめかみを掻いた。「これは困りましたね。どうやら僕は王子様に嫌われてしまったようです。街ではあんなに楽しく歌われているのに、何がいけなかったのでしょうか?」
「それ、本気で言っているのか?」
スレインが驚愕して訊ねると、ハルトマンは肩を竦めた。
「王侯貴族のみなさんは、庶民と感覚が違って、なかなか難しいですね。もっと勉強しないと」
天然なのかはたまた確信犯なのか、スレインには計りかねた。しかし、ハルトマンに対して、面白い奴だという印象を抱き始めていた。
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