第11話 村の夜

 スレインは商店で手に入れた品々を馬車に積み込んだ後、村で唯一の宿屋へ向かった。一階の酒場では、ルカが見知らぬ若い女性と二人で酒を飲んでいた。


「その酒はどうやって手に入れた?」


 女性に向かって小声で何かを囁いていたルカは、面倒臭そうにスレインを見上げた。


「君は酒が何処で手に入るかも知らないのか? 世間知らずも甚だしいな」


 スレインは小さく舌打ちした。「また王子の命令だとか言って、無理矢理提供させたんじゃないだろうな?」


 ルカは心外だと言わんばかりに顔をしかめた。「この僕が、そんな意地汚い真似をすると思うのか? 高貴な存在は軽々しく身分をひけらかさないものだ」


 さっきの商店では真逆のことをしていなかったか? と思ったが、これ以上蒸し返したくはなかったので、スレインは触れないことにした。


「じゃあ、ちゃんと金を払ったのか?」


「まさか、僕がそんな下賤なものを持っているわけないだろ。ここに来たら、店の連中がすぐに持ってきたんだ。この女と一緒にな」ルカは女性の露出した肩を撫で回した。


「どういうことだ?」


 困惑しているスレインのところへ、不気味と言えるほどのにこやかな笑みを浮かべた中年の女性店員がやって来た。注文していないにもかかわらず、酒が並々と入ったジョッキを押し付けてきた。


「おっ、おい。頼んでいないぞ」


 スレインは呼び止めたが、店員はそそくさと店の奥へ消えてしまった。すると、続いてバグパイプを持った老人が近づいてきた。


「あなた様のために、どうか一曲弾かせてください」


 そして老人はスレインが答えるよりも先に、陽気な音楽を弾き始めた。


「なんだ……、これは?」


 スレインが答えを求めてルカへ目線を向けると、彼は不満そうにふんっと大きく鼻を鳴らした。


「どうやら、さっきの一件で、この村に大富豪が現れたって噂が広まったようだな」


「えっ、マジで……」


 その場を収めるためにしかたなく取った行動だったのに、それが思わぬ展開を迎えてしまったようだ。


 一曲弾き終えた老人がせがむように両手をスレインに差し出してきた。スレインは小さく舌打ちして、老人に銀貨を二枚渡した。老人は満面の笑みを浮かべると、空に登るような軽い足取りで酒場を出ていった。


「こういうのこそ、王子様の役割だろうに」


「金を払ったのは君だ。……実に忌々しい」ルカは乱暴にジョッキをあおった。「どいつもこいつも、口から出てくるのは金、金、金、金。そんなに金が重要かね。純粋に王侯貴族たちを敬う気骨ある臣民はこの村にいないのか。これだから未開の土地は嫌なんだ」


 ぶつぶつ文句を言っているが、要は自分よりスレインがちやほやされていることに腹を立てているのだ。


「そんなに言うなら、お前が払えば良い。これだって元を辿れば、報酬の前金だ」


「愚かなことを。王族にあるのは、貢がせるか施しを与えるかのどちらかで、対価を払うなんてことをするのは平民がすることだ」


「何が違うんだ? 金品をやり取りするのは一緒だろ」


「大違いだ。対価は対等の関係でのみ成り立つ話だ。臣民が王家と対等だなんて、実におこがましい」


 プライドだけが高くて面倒くさい奴だ。スレインはジョッキに入った酒を一気に半分飲み干した。


「ルカ、話は変わるが、今この村に傭兵はいないようだ。村の男たちも戦いなんて知らないようだし、ここで討伐兵を集めるのは無理だな」


「あっそう。僕は疲れたからもう寝る」


 と興味なさそうに言ってルカは立ち上がると、隣の女性の腰に手を回し二人で階段を登っていってしまった。


「……疲れたのはこっちの方だ」


 たった二日で、何十日も休まず荒野を歩き続けたと思えるくらい主に精神的な疲労が溜まっていた。スレインも部屋に戻りベッドで横になると、すぐに夢の中へ落ちていった。



 翌日、案の定、今日も王子様は昼近くになっても起きなかった。スレインは一人、出発の準備を整え、ブーツを磨きますと申し出た少年や、花を売りに来た少女たちに銀貨だけ渡して追い返していると、アルフレッドが一人で馬車にやってきた。


「ルカはまだ起きないんですか?」


「いいえ、御坊ちゃまはお目覚めになられたのですが……。ちょっと来ていただけますか?」


 アルフレッドの請われ、共に宿屋へ戻ってみると、ルカの部屋の前で、宿屋の主人が困り果てた様子で立っていた。


「どうした?」


 スレインが問うと、主人はようやく救われたと言いたげに頬を緩めた。


「ああ良かった。実はあなたのお連れさんが部屋に立てこもってしまって」


「私も何度も呼びかけたのですが、御坊ちゃまは話を聞いてくれません」と、おろおろするばかりのアルフレッド。


「また面倒ごとを……。いい加減にしてくれよ」


 スレインは乱暴に扉をノックした。


「早く出てこい。出発の時間だ!」


 扉の奥から、まるで子供が泣いているかのようなルカの声がした。


「い、いやだ。僕はもう旅なんか出たくない」


「何を言ってる。これはお前が言い出した旅だろ。早く支度しろ」


「もう、馬車なんかに乗りたくない。尻も腰も痛くなるし。野宿なんて真っ平ごめんだ。グスン……」


「昨日は案外野宿も心地良かったなんて言ってなかったか?」


「あ、あんなのどこが心地良いものか。寒いし体は自由に動かせないし、もう僕はこのベッドから離れないぞ!」


 一晩ベッドの上で寝て、恋しくなったらしい。俺はクソガキを相手にしているのだろうか? とスレインは嘆いた。


 スレインは突き放すような口調で言った。


「わかった。じゃあ旅はここで終わりでいいんだな。それで王位継承も諦める、と」


「ままっ、待ってくれ」ルカの声が近づいてきた。「それは困る。僕は王様になりたいんだ」


「だったら、一生そのベッドで暮らすか、そこから出て王位を継ぐか、どちらか決めてくれ」


「御坊ちゃま……しっかり」アルフレッドが祈るような声で言った。


 扉の奥でしばらく沈黙が続いたが、やがてぎいっと木の軋む音がして扉が開いた。どうしようもないわがまま王子だが、最低限の気概は持っているようだ。


「よし、行くか」


 スレインが背中を向けると、ルカは懇願した。


「まっ、待ってくれ。せめてこのベッドを一緒に持っていかないか?」


 スレインは無視して、階段を降りていった。

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