第6話 契約成立
スレインは唖然として、ルカを見返した。
「ド、ドラゴン退治だって……」
「そうだ、しかも早急に。俺の王位がかかっているんだ」
「自分が何を言っているのかわかっているのか? あのドラゴンだぞ。人間の何倍も大きくて、空を飛んで、口から炎や吹雪を吐き出す、生物界の王者とも言われている怪物だ」
「ああ。でも所詮は生物、無敵というわけでもないだろ」
「そりゃ、そうだが……」
一息で森を灰燼に帰するほどの力を持っていても、首を切り落としてしまえばドラゴンでも生きてはいられない。もちろん切り落とせればの話だが。
「お前、士官学校の成績はダントツで、今じゃあ疾告の剣士なんて呼ばれてるんだろ。だったらドラゴンの一匹や二匹、ちょろいもんだろ」
「あのなあ……」
スレインは力なくソファーの背にもたれかかった。国王暗殺を持ち出されなくて良かったと言いたいところだが、実際はそれに匹敵するとんでもない依頼だった。
「山賊や狼を相手にするのとわけが違う。俺はドラゴンを相手にしたことはないし、そもそもドラゴンを狩るのがどれだけ大変なのか知っているのか? 確実に仕留めるには完全武装した一個大隊は必要だって言われているぞ」
「……えっ、マジで?」
ルカは目を点にして、スレインを見返した。
「士官学校で習っただろ……。俺はもちろん、世界中を探したって一人でドラゴンを相手にできる人間なんて見つからない」
「でも、征服王アーニンゲンの話があるだろ。そいつはたった一人でドラゴンを退治したんだろ。だから人間、成せば成るものさ」
「それは吟遊詩人が創作したお伽噺だ」
「なんだと……」ようやく現実が見えてきたのか、ルカの腕がプルプルと震え始めた。「じゃあ、どうやって僕は国王になればいいんだ!」
「相談相手を間違えたな。こういうことは軍事大臣にでも頼むといい。俺は独り者の傭兵だから、ドラゴンを相手にするだけの戦力なんてとても用意できない」スレインは冷ややかな声で言った。
「それは無理だ。僕の勇敢さを見せつけるため、一人で討伐すると、父上と母上の前で誓ってしまったんだから」
「今からでも遅くない、やっぱり無理だったって謝ったほうがいい」
「そんなことしてみろ、国中から馬鹿にされ、僕は国王になれないだろ。この国の命運がかかっているんだ!」
ルカが王位に就かないほうが国民は幸せだろうに、とは口に出さず、スレインは黙って渋い顔を浮かべた。
「お前にしか頼めないんだ。士官学校の同期がこれだけ困ってるんだぞ。助けてやりたいって気持ちはないのか?」
士官学校時代に散々嫌がらせをしてきたくせに、都合の良い奴だ。
ルカの話を蹴って、この場から退出しても良かった。しかしできなかった。ドラゴンが村々に被害を与えているという噂は、スレインも王都へ来る途中で耳にしていた。元とはいえ貴族の血が流れている。その責務として、できることなら困っている人々を助けてあげたいという気持ちがあったからだ。
スレインは頭を抱えるかつての同級生に言った。「王都で兵士が集められないのなら、街の外で集めれば良いだろ」
「おおっ、さすがは僕の旧友。手伝ってくれるのか!」
「いや、そうじゃない、あくまでアドバイスだ。王都の外にも、戦で一山当てたい傭兵集団や若者たちがいる。そいつらに頼めば、王都での体面はかろうじて保てるし、頭数も集められるだろう」
「素晴らしい! それでいこう!」ルカは興奮気味に言った。
「じゃあ、頑張れよ」
そう言って、席から立とうとしたスレインだったが、両手でルカに掴まれてしまった。
「待て、傭兵集団を指揮する者が必要だろ」
「そこが王子の仕事だろ」
「無理だ。何故なら僕は士官学校を卒業してから軍役を務めたことも、ましてや剣を握ったこともないんだからな」
「自慢げに言うことか?」呆れ顔でスレインは呟いた。
「それに、そもそも傭兵たちがいるその場所まで、誰が連れて行ってくれるんだ?」
「……」
よくもまあこれで一時の血の迷いとはいえ、ドラゴン退治をすると口にできたものだ。スレインは唖然とするしかなかった。
ルカの両手にギュッと力が入った。「だから、僕にはサポートが必要なんだ。助けてくれ、ボルト君。この通りだから」
どれだけ頼まれても、これ以上はルカと関わりたいと思わなかった。かつての確執はそう簡単に忘れられそうにない。スレインはルカの手を引き剥がした。
「悪いが、無理だ」
慌ててルカは言った。「待ってくれ。将来の国王として、君の働きに応える用意はある」
スレインの耳がぴくりと動いた。
「国王擁立という大任に対する褒賞としては、これくらいだろう」
ルカが提示した額にスレインは度肝を抜かれた。今まで見たこともない数字だった。これなら借金も余裕で返せる!
スレインは悩んだ。ルカとできれば関わりたくはない。しかし、借金を返済し、剣と家宝を護りたい。数分の葛藤を経て、結局スレインは過去の確執を捨て去ることにした。決して金に心を奪われたのではない、かつては貴族だった事の名誉を守るのだ。
一つ咳払いをして、おもむろにスレインは言った。
「一部を前金でもらえるなら……」
青白かったルカの顔が途端に輝いた。「もちろんだとも、すぐに城から運ばせよう」
「わかった、この仕事引き受けた」と、スレインは言った。
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