第5話 王位の行方

 数日前、ルカ・サンサースは父でもある国王に呼び出された。謁見室には、国王の他に王妃と、国の実質的な運営を任されている閣僚たちも顔を揃えていた。


 ルカは玉座に座る父親に向かって敬礼した。


「突然呼び出して、何のご用でしょうか? 国王陛下」


「ルカよ、お前は今年で何歳になった?」


「来月で二十五になります」


「早いものだな、もうそんな年になったか。これからはますます王族という責務を果たしてもらわなければならない」


 ルカは恭しく頷いた。「ご安心ください、陛下。既に国王になる心構えはできております」


「国王か……」国王は頭に載せた王冠を外すと、それを愛おしそうに撫でた。「余が父よりこの地位を受け継いだのはルカと同じ、二十五の時であった」


「存じております」


 ルカの心は激しく高鳴った。国王もとうとう王位を譲る気になったに違いない。ルカは一刻も早く国王になりたかった。そうすれば家来や兵隊、そして国中の民衆も思うがまま。誰の目もはばかる事なく今まで以上に享楽に満ちた贅沢な生活ができるのだ。これまで国王はことあるごとに、王族にふさわしい慎ましく謙虚な生活を心がけよ、とルカを戒めてきたが、そんな父も、私領で膨大な財産を蓄え贅沢三昧な暮らしを送っていることは公然の秘密だ。しかし国王になれば、それらはすべてルカの懐に入るようになる。


 国王は言った。「余はまだ元気じゃ。だが、体が動くうちに後継者のことをちゃんと考える必要がある」


「では……」


「ああ。もちろん余の跡を継ぐのは、ルカ以外には考えられぬ」


 ルカは叫び出したいのをぐっと堪えて、ゆっくりと頭を下げた。「謹んでお受けいたします、父上」


 すると、国王の隣に座っていた宰相が大きな咳払いをした。国王は宰相に向かって軽く頷くと、再びルカを見た。


「だがルカよ、このままそなたに王位を譲ることにためらいも感じておる」


「そ、それは、どういうことですか。父上」


「そなたの行動に不安を訴える者がいるのだ。このままでは新しい国王に付いていけぬ、と言う者さえいる」


「誰です。そんな不敬なことを言う輩は! この僕になんの問題があると言うのですか!」


「王子……」宰相が口を開いた。「この前の下流地区で起こったボヤ騒ぎを覚えておりますか?」


 ルカの背筋は冷や水を浴びせられたかのように震えた。「……そ、それが、なにか?」


「火はすぐに消し止められたから良かったものの、あのあたりは木造の建物が多く、ともすれば大惨事になっていたかもしれません。で、そのボヤの原因が王子だという噂が立っております」


「な、なんのことだ?」ルカは首筋に一筋の汗が伝っていくのを感じた。


「ボヤが起こる前、現場付近で王子の姿を見たと言う者がいるのです。しかも複数」


 ルカは声を荒げて否定した。「そんなバカな。どうして僕があんなスラム街に行かなきゃならないんだ? 見間違いだろ」


「ええ、そうでしょうとも」宰相はあっさりとルカの言い分を受け入れたが、声を低くして続けた。「問題は、そういう噂が立ってしまうということです。真実かどうかに関係なく、王族の醜聞は国を揺るがす由々しき事態を招きかねません」


 国王が言った。「……そういうことだ。皆の不安を理解したか?」

「えっ、ええ……」


 ルカは頷きつつも、小さく舌打ちした。この場に居並ぶ宰相を含めた閣僚全員、ちょっと叩けばいくらでも埃が出てくるくせに、何を偉そうなこと言っているんだ、と心の中で悪態をついた。


 王妃が優しい声をかけてきた。「ルカ、落ち込むことはありません。ここにいる全員があなたの味方なのです。皆、あなたと王家の末長い繁栄を願っているのです」そして、国王へ視線を向けた。「ねえ、あなた。お願いだから、ルカを一日も早く国王にしてあげて。わたしたちの大切な息子なのよ。ふさわしい地位を与えればふさわしい振る舞いをするようになるわ」


「それは余も同じ思いだ。のう宰相、ルカが皆からの信頼を得られるようにするにはどうしたら良いと思う?」


 まだ、国王の夢が途絶えたわけではないと知って、ルカは安堵し、閣僚たちの言葉に耳を傾けた。


「そうですな……」宰相は腕を組んだ。「古来より、人々は最も勇敢な者に従うものです。王子自ら戦場に立つことで信頼が得られるのではないでしょうか?」


「それは妙案だ!」国王はパンっと手を叩いた。「余も先王とともに戦場に赴き、その後王位を継いだのだ。おい外務大臣、早速、隣国に宣戦布告せよ」


「お待ちください、陛下」財務大臣が口を挟んだ。「今、戦争する費用なんてとても捻出できません」


「そんなもの、増税でもなんでもすれば良いではないか。ルカのためなら国民は喜んで協力するはずだ」


「それは……」


 財務大臣が口をつぐんだ。すると王妃が強い口調で言った。


「やめて、あなた。ルカを戦場に送るなんてそんな危険なこと、わたしは反対です」


 今度は国王が口をつぐんだ。


 ため息まじりに宰相は言った。「陛下、戦場というのはあくまで喩えです。戦争は我々にとっても負担が大きすぎるかと」


「では、どうすれば良いのだ……」


 国王の視線がルカに向けられる。ルカは思わず口にしていた。


「国王陛下、それに王妃陛下。僕に良い考えがあります」


「なんだ、言ってみろ」


「そっ、それは……」今を逃しては国王への道が遠のいてしまう。そんな焦りからルカは思いつくまま言葉を口にした。「今、この国の外れにドラゴンが現れ、近隣の村々を襲っているという話があるのはご存知でしょうか」


「ああ、知っている。軍事大臣に対策を命じているところだ」


「えっ、ええ」突然指名された軍事大臣はしどろもどろに答えた。「脅威ではありますが、如何せんドラゴンということで、討伐隊を編成しようにも皆怖がって人が集まらず……」


「その討伐、僕がやりましょう」


「なっ、なんだって!」


 そこに集まっていた全員が、一斉に瞠目した。


 宰相が口を開いた。「た……、確かにドラゴンを討伐できれば、国民は文句なく王子様を讃えることでしょう。ですが……」


「やめて、危険すぎるわ」王妃が悲鳴を上げた。


「ルカ、本気で言っているのか?」国王が念を推すように訊ねた。


 ルカは胸を逸らし、自信満々に答えてみせた。


「ええ、僕が国王にふさわしい勇敢な心を持っていることを示してご覧に入れましょう!」

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