第4話 ルカ王子

 警備兵たちに連れてこられた場所は、王都中央に位置する旧地区だった。ここは城門前の大通りに広がり、多くの住民が利用する新地区と違い、主に王侯貴族や大商人たちが利用していて、大通りの露天商よりもずっと立派で重々しく、気軽には立ち入れそうにない門構えの店が並んでいる。今はほとんどの店で明かりは消えていたが、酒場などはまだ営業していて、警備兵たちは老舗クラブの前で足を止めた。


 スレインは松明に照らされた仰々しい建物を見て、どうやら、俺を呼び寄せたのは地位も財産も持つ大物に違いない、と想像した。もちろん、警備兵を動かせる時点である程度の想像はついていたが。用事は元貴族スレイン・ボルトに対するものか、それとも傭兵疾告の剣士に対するものか。どちらにせよ良い予感はしない。ただ、傭兵の仕事なら報酬は期待できる。今は借金返済のために喉から手がでるほど金が欲しいのだ。


 スレインは覚悟を決めて、警備兵と一緒に店の中に入った。ソファーに座って談笑を交わしていた立派な身なりの紳士たちは、一斉に顔を上げ、訝しげな表情を向けてきた。しかし、店はスレインたちが来るのを知っていたのだろうか、店員の一人がすぐに駆け寄ってきて、スレイン一人を店の奥へと誘った。


 店員と一緒に階段を登った。上階は狭い廊下の先に一つの扉が見えるだけだった。


 店員は扉をノックして「お客様をお連れしました」と大きな声で言ったが、返事はなかった。もう一度店員が強くノックすると、ようやくノックが返ってきて、「ちょっと待て」と微かに男の声が聞こえた。


 スレインは店員に訊ねた。「ここは、なんだ?」


「VIPルームです。セキュリティは万全で、貴族や商人たちがここで秘密の会合をされることがあります」


「中には誰がいる?」


「それは、私どもの口からは言えません。ご自分でお会いして確かめてください」


「これでもか?」


 スレインは店員に銀貨を一枚見せつけた。しかし、彼は首を左右に振っただけだった。


 なるほど、たしかに万全そうだ(額が少ないのでは? という疑念は残ったが、残念ながら検証できるだけの金を持っていない)。相手はよほど人に聞かれたくない話をしたいらしい。そこでスレインが最初に思い浮かんだのが、暗殺の依頼だ。傭兵たちの中にはそれを専門に行う連中もいるし、馬車の警護と比べて報酬もずっと良い。だがスレインはそういう仕事だけは絶対にやらないと決めている。例え、借金で首が回らなくなったとしても。


 数分後、再び部屋の奥からノックの音が聞こえて、「入って良いぞ」と声がした。


「では、私はこれで」


 店員がお辞儀して去っていった。ここから先は一人、ということだ。


 スレインは扉を開けた。中はこじんまりとしていて中央に応接セットが一式。奥のソファーに金ピカのガウンを着た、スレインと同年代のブロンドヘアの男性と、その隣に薄い布切れをまとっただけの少女が居て、男の肩に抱きついていた。


「……失礼、場所を間違えたようだ」


 スレインが回れ右をして部屋を出ようとしたら、男が声をかけてきた。


「待て、ここであっている。スレイン・ボルト。僕の顔を忘れたか?」


 覚えているからこそ、逃げたくなったのだ。


 スレインは部屋の中へ戻り、不遜な笑みを浮かべる男を見た。


「どうしてここにいる。ルカ……王子」


「その通り。士官学校では君と同級生だった、ルカ・サンサースだ。スレイン、久しぶりだな、会えて嬉しいよ」


「あっ、ああ……」


 差し出されたルカの手を握り返しつつ、スレインは戸惑いを覚えていた。


 ルカ・サンサース。彼はこの国の第一王子にして将来の国王、つまり庶民や弱小貴族から見たら雲の上の存在だ。


 たしかに、士官学校では同期だった。しかし彼は事あるごとにスレインを貶めようとした首謀者であり、久しぶりと再会を喜ぶ間柄ではなかった。


「まあ、楽にし給え」


 笑顔を浮かべているルカとは対照的に、硬い表情のままスレインは対面のソファーに座った。ルカは隣の少女に向かって、「これから大事な話があるんだ、お前は出ていけ」ときつい口調で言うと、ほとんど裸同然の姿のまま、部屋の外へ追い出してしまった。


「さっ、これで邪魔者はいなくなった。じゃあ、ゆっくりと僕たちの旧交を温めようじゃないか」


 そう言って、グラスに高級なワインを注ぎ始めるルカの姿に、スレインはますます驚き、混乱した。旧交だって! 俺とルカの間に一分たりともそんなものがあった試しはないのに!


 士官学校では、将来の国王であるルカにおもねようとする連中が、教官たちをも巻き込んで一大派閥を形成した。彼らはルカに命令されるまま、グループから外れた連中を徹底的にいじめ、こき下ろした。その最たる標的がスレインやオスカーだった。連中はスレインのことを髪の色を揶揄して漆黒と呼んでいた。そんなルカが、かつての軽蔑対象を呼び寄せたのだ。しかも嬉しそうに! 警戒するのも当然だろう。


 だが、彼も今や次期国王として多忙を極めているはず。わざわざ難癖つけるためだけに呼び寄せることはあるまい。お互い大人になったのだ。冷静に接すれば何も問題はないだろう。


 ルカはワインを飲み干して言った。「お前は今傭兵をやっていると聞いたぞ。相変わらずの脳筋野郎だな、漆黒」


「くっ……」


 スレインは冷静でいられ続けられるか、自信がなくなった。今すぐ奴の顔にワインをぶっかけて、この場から去ってやろうかと思った。


「なかなかの活躍をしているそうじゃないか。同級生として鼻が高いよ」


「そっ、そうか……」両腕をぷるぷると震わせながら、スレインは答えた。


「あの、青白オスカーも、今じゃ立派な実業家。僕の同期は優秀な奴が多くて嬉しいよ。なにより、次期国王がいることだし」


「国王陛下は……、ご壮健なのか?」


「ああ、ピンピンしているよ。まだまだ若い者には負けんとか言って、この前も鷹狩りで山の中を駆け回ってたくらいだ」


 その言葉を聞いて、スレインは心底安堵した。ルカみたいな典型的な御坊ちゃまが国王になるなんて不安しかない。現王も評判が良いとは言えないが、目の前にいる男に比べればマシだろう。


 しかし、スレインが「それは良かった」と本心から言うと、次期国王は両手でテーブルを叩いて、大声で叫んだ。


「全然良くない!」


「な、なんだ、突然。どうした?」


「父王は仰ったんだ。このままじゃ僕に王位を継がせることはできないって」


「それはそれは……」


 スレインは表情を変えることなく、心の中では喝采を上げた。現王も人を見る目だけはあるようだ。スレインの王への評価がほんのわずかだけ上がった。


「で、今回お前を呼んだのはそれに関係しているんだ」


「まさか……」


 国王暗殺、という単語がスレインの脳裏をよぎった直後、ルカの口から発せられた言葉は予想の斜め上をいくものだった。


「ちょいと一匹、ドラゴンを退治してくれないか?」

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