第3話 迎え
その夜、スレインは宿屋に併設されている酒場のカウンターに一人座り、ちびちびと安酒を飲んでいた。
オスカー・ブレイトンの屋敷を出た後、士官学校時代の知り合いのところをいくつか回ってみたものの、まったく相手にされなかった。オスカーのような歓待は一切なく、会っただけで露骨に嫌な顔をされるか、はたまた玄関先で追い出されるかのどちらかだった。
わずかな希望は絶たれ、あとは、スレインの財産を奪った親戚しか残されていない。しかしこれまで士官学校で様々な嫌がらせを受けながらも耐え忍び、傭兵として様々な理不尽な要求にも応えてきたスレインといえ、親戚連中に頭を下げることだけは良しと思わなかった。
「さて、どうするかな……」
ジョッキに残ったわずかな酒を見つめていると、客が少なく手持ち無沙汰にしていた酒場の主人から声をかけられた。
「不景気な様子だね、お客さん。一体どうしたんだい?」
「まあ、いろいろあってね……」
今は人と話す気が湧かないスレインは適当に答え、すぐに視線を逸らそうとしたが、主人はじろじろと客の顔を覗き込んできた。
「俺の顔に何かついているのか?」
「いや、でも姿どこかで……。あっ! あんたもしかして、疾告の剣士かい!」
スレインは無視したが、主人は嬉しそうに話しかけてきた。
「その長い黒髪に黒いコート……間違いない、あんた疾告の剣士だろ。いやあ、嬉しいね。こんな安宿にあんたみたいな有名な傭兵が泊まってくれるなんて」
「……それは良かった」
うっとおしく感じたスレインは席を離れようとしたが、主人が引き止めてきた。
「待ってくれ。せっかくだから、俺に一杯奢らせてくれよ」
そして、頼んでもいないのに新しいジョッキがスレインの前に置かれた。ここまで誘われてしまってはしかたない。スレインは席に座り直し、ジョッキを手に取った。
主人も自身のジョッキを手に取り、勢いよく持ち上げた。
「新進気鋭の傭兵の更なる活躍を期待して、乾杯!」
「どうも」スレインはジョッキをわずかに持ち上げた。
主人は酒を一気に飲み干した。「あんたに会えて本当に光栄だ。王都へは仕事で?」
疾告の剣士に深く敬意を抱いている様子の主人に対して、借金の工面に来たとはさすがに言えず、スレインは「まあ、そんなところだ」と曖昧に答えた。
「やっぱり、あんたくらい有名になれば仕事もひっきりなしにやってくるだろうしな」
「そうでもない」と、スレインは心の中だけで答えた。一人では受けられる仕事の量も規模も限度があるし、背伸びをした結果が今の窮地を招いている。そもそも、疾告の剣士などというのも、本来は賞賛ではなく、他とは違う髪の色に対する差別を表していた(ちなみに黒で衣服を統一してるのは二つ名を強調したいわけではなくて、汚れが目立たないから長く着られるからだ)。それを知っている上流階層からの仕事は特に少ない(多大な報酬が期待できるのに!)。
主人は自分のジョッキに酒を注ぎ足しながら言った。「せっかくだから仕事の話を聞かせてくれよ。なんか面白い話はないのか?」
「いきなり、そんなこと聞かれても」
スレインがやんわりと断っても、主人はしつこく訊ねてきた。
「なあ、やっぱり、ゴブリンやオークやウェアウルフの亜人とか、ヒドラみたいな怪物と戦うのか?」
スレインは諦めて答えた。「無いわけじゃないが、そんな仕事は稀で、ほとんどは荷馬車の護衛だ。だから相手も山賊や狼だよ」
「なんだ、案外、地味なんだな」
酒場の主人は急に興味をなくしたようだ。
たしかに地味で、吟遊詩人が歌うような物語や詩にはなりそうにないが、人里からずっと離れたところに住む怪物たちよりも、身近にいる人間や獣の方がよっぽど危険だと、スレインは思う。
残った酒を一気に飲み干し、スレインは席を立った。
「期待に添えず悪かった。じゃあ、俺はこれで……」
その時、酒場の入り口の扉が大きな音を立てて開き、三人の男が中に入ってきた。彼らは一様に同じ形状の鎖帷子と兜を身につけ、帯剣していた。兜に彫られた文様は王都の警備兵であることを示していた。
酒場の主人は顔を青ざめた。「お……、俺は何もやっちゃいませんぜ」
しかし、警備兵の男たちは主人には目もくれず、真っ直ぐにスレインに近づいてきた。
「お前がスレイン・ボルトだな」
「そうだ、何の用だ?」
「お前に会いたいという方がいる。ついてこい」
彼らの横柄な態度は不快だったが、ここで逆らって面倒を起こすのも賢いとは言えない。
スレインは警戒する視線を彼らに向けつつも、「わかった」と答えた。
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