第3話 土塊と肋骨の話―綾音―

 覚えている最初の光景は、喧嘩している声だった。誰かがいつも言い争っている、何かを投げていて、何かを叫んでいて、わたしにも何かを喚いていて。

 そのうち、『お父さん』という人はいなくなって、わたしはお母さんと一緒に過ごしていた。


 笑ったから、泣いたから、お腹を鳴らしたから、左足から家に入ったから、おかずを予想と違う順番で食べたから、本を読んでいると思ったらテレビを見ていたから、しなくていいタイミングで部屋の掃除をしていたから、洗濯物の乾くのが遅かったから、お母さんが小指をぶつけたから、テレビがつまらなかったから、いろんな理由で、お母さんはわたしを叩いた。うまく手伝いができなくても怒られるし、ううん、そのときは特に強く怒られた。


『どうせ二度手間になるんだから、何もしないでくれる!? 次あたしが言ってないことを何かしたら、今度は刺すからね!?』

 包丁で野菜を切りながらそう怒鳴るお母さんは、わたしにとっては当たり前の光景だった。たまに市役所の人とかが来ることもあったけど、そのときは本当にイライラしてて、すごく怒られたりする。それだけじゃなくて大きな声で泣き始めてしまうから、できたら誰も来ないでほしかった。

 何もなければ、幸せなんだから。


『あんたが何もしなければ、あたしたちは幸せだったのに! お願いだから泣かないでよ、あたしの言うことちゃんと聞いててよ、これ以上あたしから幸せを奪わないでよ!!!』


 金切り声っていうのは、きっとあのときのお母さんの声をいうんだ。お母さんは、わたしがちゃんと言うことを聞いていたら幸せになれる。そうしたら、わたしも嫌なことをされなくて済む。

 みんな、それで幸せ。

 だから何でも言うことを聞いた。


 なんでも。


『この人たちに遊んでもらって? 大丈夫、なんにも怖くないから。綾音あやねがちゃんといい子にしてたら、お母さん幸せになれるからね』


 幸せ。

 いつもなら“あたし”っていうお母さんが、“お母さん”って言ってる。いつもなら“あんた”って呼ばれるわたしが、“綾音”って呼ばれてる。それがなんだかおかしかったことは、今でも覚えてる。

 それからは、もうこないだまで続いていたことの繰り返し。


 身体を舐められた。ズボンの中のものを口に入れられて、そのまま他の人たちには見せない部分にも入れられて、動かされた。痛かったけど、泣いたらまたお母さんが幸せじゃなくなるから我慢した。身体がズキズキ痛くて、でもムズムズして、よくわからなくて。

 よくわからないうちにおじさんたちが帰ると、お母さんは笑っていて。そんなお母さんをまた見たいから、またお母さんの連れてくるおじさんたちと遊んだ、、、


 それがおかしいことだと気付いたのは、保健体育の授業で子どもの作り方について習うようになってからだった。

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楽園の骸 -decadense- 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

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