第56話-③ 首相代理・柳井義久

 一四時一二分


「閣下、特別徴税局の永田局長が出ます」

「繋いでくれ」

『宰相閣下ご機嫌麗しゅう。こうして再びお目にかかれる喜びを――』


 国税省特別徴税局。先の動乱では前マルティフローラ大公らの数々の不正を暴いた永田文書の作成者であり、自ら率いる特別徴税局徴税艦隊は前大公らの軍勢に対抗するのに重要な戦力となっていた。


「永田局長、バーウィッチ自治共和国への強制執行の予定はいつになりますか?」


 柳井と永田はそこまで深い付き合いではないが、永田の人を煙に巻く話術は噂に聞いていただけに、相手のペースに乗せられる前に本題を切り出した。強制執行とは、特別徴税局が税金の滞納者などへ行う力業の徴収作業であり、武力行使を伴う大規模な破壊を行うことも珍しくない。


『えっ? なんのことですかね』

「とぼけても無駄ですよ?」

『いやあ宰相閣下。私たち特別徴税局は帝国の税制を守るために日夜走り回っている帝国の忠良なる公務員ですよ?』


 柳井の対応を見た永田は、にんまりと笑って答えた。


「こちらの情報では、近日中にということを聞いています。どうです?」

『あっはっは、宰相閣下には敵わないですなあ。確かに明後日、執行予定ですが。しかしどうして漏れたかな……』

「本当に近日中でしたか。それなら結構」


 柳井はフロイライン・ローテンブルクの行動から、特別徴税局に何らかの情報、特に市民連合の資金の流れについて、何らかの情報が渡っていることを察していた。だからこそ、近日中に殴り込みを掛けに来ると柳井は考えたのだ。


『鎌を掛けたんですなあ。いやはや、一本取られました』

「これは帝国宰相として要請し、バーウィッチ自治共和国首相代行として懇願するものですが……選挙が近いのです。無茶な執行を行うのは極力避けてください」


 せっかく柳井が制圧作戦を民間人の被害が出ないようにと細心の注意を払ったのに、内務省は市街地で活動家を爆殺謀殺しており、心証を害することこの上ない。自由連盟支持者の神経を逆撫でするのはもちろん、一般市民にしてもそのたびに火災だ事故だと市街地が混乱するのだからたまったものではない。


 ここにきて、特別徴税局が柳井が伝え聞くような雑な執行を行えば、選挙戦にも影響が出ると考えたからこそ、先手を打って掣肘を加えた形になる。


 極力避けろ、などという遠回しな言い方だとしても、それが帝国宰相の言葉、ひいては皇帝の言葉となり得ること程度は主要官庁の外局局長となれば察しない訳がなく、公務員の枠外にいる永田のような男でさえ、その例外ではなかった。


『なるほどー……いえ、承知しました。まあ我々は公正公平な税制を守るための組織ですから。どうぞご安心を』

「これほど不安になるご安心をという言葉を、私は聞いたことがないのですが、ともかく頼みます」

『あっはっは。それでは失礼しますーどうもー』



 五月一〇日〇五時三四分

 迎賓館

 貴賓室


「……来たか」


 ニューミドルトン一帯に響き渡るサイレンは、防空警報のものだ。反射的にベッドから跳ね起きた柳井は、寝間着を脱いで着替え始める。


『閣下、お休み中のところ申し訳ありません。何者かがチェルーズ衛星軌道に浮上。艦種識別確認中ですが――特別徴税局装甲徴税艦カール・マルクス以下、徴税艦です』

「ああ、予定通りだな。しかしこんな早朝に押し寄せるとは。勤勉なものだ」


 衛星軌道上にいる准将の報告に、柳井は身支度を調えながら応えた。


 現在防衛軍は所属将兵の聴取が行われており、艦隊も低軌道ステーションに拘留されたままだ。代わって防衛任務についているのは第四七遊撃戦隊司令官のリカルド准将ら帝国軍部隊である。


 柳井は貴賓室の窓から見える朝焼けの空に、いくつもの光点を認めた。降下揚陸師団の強襲降下にも似た強引な大気圏突入を行う徴税艦隊の姿だ。


『奇襲効果を狙ってのことでしょうが……』

「彼らには執行について自制を求めてはいるが、今一度念押ししておくとしよう。カール・マルクスに通信を」


 数分して、通信画面に現れたのは、特別徴税局の実質的な強制執行の指揮権を持つ秋山誠一徴税一課長だった。


『さ、宰相閣下におかれては、早朝にお騒がせし申し訳ありません』

「ああ、いや、それは構わないが……永田局長から聞いていると思うが、くれぐれも執行については穏便に頼む、と伝えたかっただけだ」

『はっ! 承知しております。全部隊に徹底いたします』



 〇五時四二分

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「聞いての通りだ。宰相閣下より当地での執行については最大限の配慮を行うようにとのことだ。各自、重火器の使用は厳禁! 各部隊に厳重徹底させろ!」


 青筋を浮かべて指示を出した秋山課長の前には、四つのフローティングウィンドウが浮かんでいる。いずれも特別徴税局の実務部隊である実務課の艦艇を率いる指揮艦だ。


『秋山ぁ。副砲なら重火器に入んないわよねえ?』

「どこの世界に対艦電磁砲が軽火器だっていうやつがいるんですか!? 艦砲の使用は厳禁!」


 セナンクール実務一課長のわざとらしい猫撫で声に、秋山課長はコンソールを叩き付けて命じた。


『では誘導弾なら問題ないな』

「ウオッカの飲み過ぎでイカれてるんですか!? ダメに決まってるでしょう!」


 実務二課長のカミンスキーがウオッカの瓶を飲み干したのを見て、秋山は首を振って叫んだ。


『航空隊による爆撃準備、完了しておりますが』

「誰がそんなことを命じたんですか! 航空隊は待機!」


 実務三課、特別徴税局の航空部隊を指揮する桜田課長に、秋山課長は口角泡を飛ばして厳命した。


『はっはっは。早朝から秋山君は元気だねえ。心配しなくとも、我々実務課に任せておけば万事上手くいくのだが』

「ボロディン課長! 私は心配だからこうして命じているんでしょうに!」


 特別徴税局の渉外班、いわゆる陸戦部隊を指揮するボロディン実務四課長が秋山課長を茶化し、秋山はそれに怒鳴り返す。


 特別徴税局の日常の光景である。



 〇六時四三分

 迎賓館

 大ホール


 特別徴税局の強制執行が進む中、柳井は臨時の政府発表を行う事になった。


「現在進行中の特別徴税局強制執行については、後ほど詳細が中央税務署より発表があるので、細かいことはそちらに確認してください」


 特別徴税局の強制執行は奇襲効果を重視して、国税本省でさえ詳細を知らされずに事後承諾で行われることが多い。今回もその例に漏れず柳井も日付と大まかな執行対象しか伝えられていない。


「臨時政庁としては、特別徴税局による公正な徴税を維持する活動について感謝と敬意を表すと共に、市民生活への影響を最小限にするようにと要請を出しております」


 柳井のこの要請は実際に効果を発揮しており、いつもなら星系侵入と同時に電子妨害を始め、執行対象が逃げようとすれば大火力で制圧する程度のことはやってのける特別徴税局が、強襲降下と白兵戦に限定した執行を行っているのだ。


 ただ、それは特別徴税局や臨時政庁の立場だから言えることで、早朝から防空警報、それも叛乱事件の直後とあってはいい迷惑である。



 一〇時二三分

 迎賓館

 執務室


『閣下。特別徴税局の永田局長とその随員の方が、強制執行完了報告のため出頭しました』

「通してくれ」


 特別徴税局は嵐のようなもので、執行が完了しても現地政府などに報告する間もなく、次の現場に移動することの方が多い。


 こうして完了報告のために出頭すること自体が、さすがの特別徴税局と言えども帝国宰相を軽んじてはいられないことの証左でもあった。


「どうもどうも宰相閣下。ご機嫌麗しゅう」


 永田局長は緊張感の欠片もない雰囲気だったが、それでも彼が出頭したのは、現地を統括する首相代理である帝国宰相に対する礼儀からだった。


「局長」


 永田の横に立つ小柄な青年は斉藤一樹。柳井もよく知る特別徴税局のエースである。皇帝に柳井がいるように、永田には斉藤がいる構図と言えた。


「無事執行が完了しました……と、言いに来たつもりなんですが、ちょっと変なことが起きてまして」

「変なこと……? まあ掛けて話しましょう」


 ハーゼンバインが持ってきたコーヒーを飲みつつ、柳井は永田の説明を受けることになった。


「これが徴税特課の突入した、市民連合本部の外観です……あと任せていい?」

「はい」


 永田から説明役を引き取った斉藤が、スクリーンに出した資料を見つつ解説に入る。彼は特別徴税局徴税特課という、難しい案件を処理するための特別部隊の長として、二六歳の若さで課長を務めていた。


「市民連合は政治団体として、自由連盟に対して献金、選挙支援、そして野党批判の言論展開、デマの流布、デモ活動、あるいは野党議員や野党支持者に対する暴力行為を行う組織です」


 斉藤は市民連合本部の画像から、財務諸表にスクリーンの表示を切りかえた。


「市民連合は多額の国税滞納を行っていたのですが、それは今回問題ではありません」

「納付を受け入れたのか?」

「いえ、納付自体は現物および銀行の預金などから行いました。問題は、これです」


 斉藤が三度画像を切り替えると、今度は薄暗い市民連合本部内の画像だったが、柳井はそれを見るなり顔を顰めた。頭部、あるいは腹部から血を流して倒れている死体が室内に転がっているのが克明に記録されていたからだ。


「手練れの仕業だな」


 白兵戦はアマチュアの柳井でも、これが奇襲、それもほとんど抵抗できず、瞬時に殺されたことがわかった。銃撃戦や格闘戦を行ったとするなら、室内があまりにも綺麗なままだったからだ。


「市民連合本部内にいた人間については、ほぼ同時刻に殺害されたと、当方の医務室長の見立てです。すでに警察にも通報していますが、他にも同様の現場がありました」

「……内紛、というわけではないだろう。准尉はどう思う?」

「帝国軍の特殊作戦群、あるいは内務省の仕業かと。普通の軍人やそこらの活動家のレベルではありません」


 柳井の隣に立っていたビーコンズフィールド准尉が、画像を見て答えた。


「随分とまあ、好き放題やってるようですなあ、内務省は。確か東部軍管区の支局長が来てるとか」


 永田はコーヒーを飲みつつ、面白そうに笑みを浮かべていた。


「まあ、特別徴税局としては国税徴収ができればそれでいいんですが……ま、このことはお耳に入れとこうと思っただけです。強制執行へのご協力、まことにありがとうございます」


 永田が斉藤を連れて引き上げたあと、柳井はビーコンズフィールド准尉とハーゼンバインを伴い、内務省へと向かった。



 一〇時三四分

 内務省二号館

 応接室


 自治共和国の省庁は、巨大な合同庁舎として設置されることが多い。初期開拓時代にはここを起点に開発を行うので、政府機能を集約して利便性を向上させている。ある程度余裕を持った設計ではあるが、自治共和国が拡大すると、それだけでは足りなくなり、官庁街が合同庁舎の周囲に出来上がる。


 本来は合同庁舎内に置くほどではない部署、他省との連携が必要ないものが合同庁舎外に出されるのだが、内務省はその逆で、大臣室他基幹部署のほとんどが二号館と呼ばれる新庁舎に入っている。


 内務省側の言い分としては、機密漏洩保護、省内秘の情報を保護するためと言うが、それこそが内務省の驕りでもある。


「お待たせしました」


 無表情なマクファーレンが、何事もなかったかのように応接室に現れた。


「どういうことだマクファーレン。今朝の特徴局の強制執行時、すでに市民連合本部内の幹部や構成員が殺害されていたというが」

「自由連盟の内紛では――」

「ふざけるな!」


 柳井が他人を頭ごなしに怒鳴りつけるところなど、ハーゼンバインもビーコンズフィールド准尉も見たことがなかったので唖然としていた。


「不穏分子を片っ端から殺していけば治安が維持できるというのか。内務省のそういう姿勢そのものが、市民の不安や帝国からの離反を煽るのだと理解できないか?」


 柳井に言われたマクファーレンは、平然として次の言葉を待つように口を噤んでいた。


「……無論、辺境惑星連合のエージェントなどは、法規に則った対応のみで排除できるものではない。君達内務省の超法規的措置の必要性は理解しているが、せめて事前に手の内を、ある程度は開示してもらえないだろうか」

「……はっ」


 マクファーレンはその一言だけ返した。柳井は溜息をつきつつ、憮然として応接室を出て行った。



 六月五日一九時三一分

 迎賓館

 執務室


 柳井がバーウィッチに訪れて一ヶ月近く経った頃、柳井は定期的に行っている皇帝への現状の奏上を行った。


『来月には選挙? 早くない?』

「はっ。自由党、自治プラットフォームが共同声明を出しました。無所属、諸派などにも呼びかけていると」


 議会は休止中だが、怪我から回復した議員達は精力的に議会と政府再建のための活動を開始していた。自由党と自治プラットフォームはテレビやネット、時には公開の討論会を連日実施し、これからのバーウィッチについてそれぞれの理想を語り、現実を直視し続けている。


 怪我の治療についても中央病院の医者や看護師の献身的な対処も相まって、入院期間を短縮される議員も多かったことが幸いした形だ。


『ふぅん。まあ、早いに越したことはないわ。情勢としてはどうなの?』

「自由党が優勢とみられています。自由連盟支持者は混乱が酷いようです。投票先がまとめて公党としての活動停止処分を受けましたし、支持母体である市民連合の中枢部が吹っ飛びましたので……」


 バーウィッチ自由党は帝国議会における野党第一党、自由共和連盟系の政党であり、親帝国の保守政党として活動している。帝国との関係修繕を求める市民感情から言えば、与党奪取も自然な流れだった。


『穏便に済むといいわね。内務省がえらく張り切ってるらしいけど』


 皇帝らしいオブラートの包み方に、柳井は苦笑した。


「まあ、彼らも仕事ですから……」

『それはともかく、いい加減あなたにもこちらに戻ってきて貰わないと、私が休めないわ』


 皇帝が不満げに口を尖らせると、柳井は肩をすくめて笑みを浮かべた。


「陛下の仕事量に比べれば、私が処理できる仕事など雀の涙のようなもので」

『雀でも猫でも手を借りたいのよこっちは。ともかくパパッと済ませて戻ってきてね。それじゃあ』


 通信を終えると、柳井は何故か嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「陛下は寂しがっておられるのかな?」

「……そうかもしれませんね。少なくとも、陛下のジョークを素面で受け止められるのは閣下だけかと」


 ハーゼンバインの言葉に、そうかな? と柳井は笑い、コーヒーカップを手に取った。

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