第55話ー⑥ 暴発
五月四日〇九時三九分
自治議会議事堂
下院本会議場
自治共和国議会の上院と下院が招集され、帝国からの独立法案を可決するために、その前の質疑応答が行われており、一〇時までは下院議員総会の時間なのだが、とても時間内に終わる見通しは立っていない。
「事件の全貌は明らかではないか! 民放ディレクターが妄執に駆られて帝国宰相を襲撃し、護衛の近衛兵が射殺。まったくの正当防衛であり、すでにLNN、チャンネル8はそのことを報じている」
バーウィッチ自由連盟の提出する独立法案に対し、バーウィッチ自由党、自治プラットフォームおよび無所属、小規模グループの猛烈な反対答弁が行われていた。議事堂周囲は与野党の支持者が詰めかけ、シュプレヒコールを上げており、本会議場まで響く異様な雰囲気の中、反対答弁が続く。
今、壇上に立っていたのは昨晩柳井と共にLNNの番組に出演していたロザーリア・ハンドロヴァーだ。
「犯人は精神を患い、適切な治療を受けていなかったとも報じられている。初動対応の際に分かっていたはずだ。だというのにまるで帝国宰相が無実の民間人を射殺したという根拠のないデマを放置した警察当局、ひいてはその元締めである内務省、自治共和国政府は統治の責任を放棄している! また、報道各社への介入も考えられるが、これも看過できない!」
ハンドロヴァーが怒りも露わに声を張り上げると、野党議席からはそれに同意する声が、与党議席からはそれを非難する声が同時に放たれる。
「自由党としては、独立法案に反対である! これは明らかに、帝国の友邦たる我が国が行うべき政策ではない! 即時撤回すべきである、以上!」
「議長!」
「……自治プラットフォーム、阿久比利明君」
続いて反対答弁を行ったのは自治プラットフォームの阿久比利明。彼も柳井と昨晩の番組で共演していた。議長が不承不承と言った様子で指名すると、阿久比は壇上に上がる。
「自治プラットフォームとしては、宰相襲撃事件の真相を国民に伝えない内閣に対し、自治共和国統治の資格無し、と断言する!」
阿久比の第一声のあと、議場は騒然となった。
「誰か引きずり降ろせ! 帝国の狗が恥を知れ!」
「引っ込め売国奴!」
非難というにはあまりに暴力的で低レベルな野次が飛び、自由連盟の議員が壇上に上がろうとして衛視に止められる。阿久比が反対答弁を終えた後、自由連盟の代表であり、内務大臣の金沢ジョージが壇上に昇った。
「今、我々バーウィッチ自治共和国は非常なる事態に直面しています。我々は帝国の奴隷ではない!」
自由連盟の議席から大きな拍手が送られるが、その間、野党側の議席は静まり帰っていた。シュプレヒコールさえ起きないほどに辟易し、その愚かな行動を嫌悪し、恐怖していた。
「対等な国家としての立場を取り戻し、帝国には今一度初心に立ち返り、自治共和国というものがいかに人類生存圏を拡大するために努力してきたかを再認識させるための、勇気ある行動を選択しましょう。議員諸君、我々は恐れることなく、この独立法案に賛同することを望むものです」
金沢が答弁を終えると、自由党党首のメーガン・ウィルソン議員が壇上に立つ。七六歳の老女は議会でも最年長であり、さすがに与党の議員も野次を飛ばさない。ウィルソンが背筋を伸ばして発言を始める。
「今朝早く、皇帝陛下より我ら自治共和国に対してお言葉が発せられた。内容は、すでに多くの議員諸君も知っての通りだ。畏れ多くもメアリー陛下は、我らが自治共和国の現状を憂い、友邦としての関係を取り戻すために全力を尽くすと仰せであります」
ウィルソン代表の言葉に、さすがに議場は静まっていた。
「この議場にいる議員諸君、それに、この議場の中継をご覧の皆様にも、お伝えしたい。我々自由党と自治プラットフォーム、諸派の多くの議員は、これまで多くの点で政策を
再び議場がざわついた。ウィルソンの次の一言が、決定的なものになると分かっていたからだ。
「我らバーウィッチ自治共和国はあくまで帝国の友邦として
メーガン・ウィルソン代表は議長に対して内閣不信任決議案の文書を手渡した。議長も自由連盟の議員ではあるが、ひとまず受け取った。内閣不信任決議案は他の法案より最優先で審議しなければならないと定められており、これは時の内閣が暴走した際の枷でもある。
ただし、本来は議会が始まる前に提出するのが慣例であり、反対答弁の最中に提出されたのは異例ではある。
バーウィッチ自由連盟は、上下院ともに比較第一党である。しかしそれは野党が結集しないからこそであり、議席数は自由党と自治プラットフォーム、その他諸派を合わせれば逆転される。つまり、バーウィッチ自由連盟の台頭というのはその程度のことであり、この不信任の持つ意味は大きかった。
「ただいまバーウィッチ自由党より提出された議案について、議院運営委員会にて協議します。会議を一時休会にします」
議長と内閣閣僚が退席したあと、議会は騒然となっていた。互いを罵倒し批判し、それらは全て中継されているのだった。
一〇時〇二分
インペラトール・メリディアンⅡ
作戦室
「第四八遊撃戦隊司令官、ザマリ・リカルド准将です」
「第七四電子戦隊、司令官の松本凉子大佐です」
「第五六九護衛隊司令、黄賢姫中佐です」
メリディアンⅡの作戦室に揃った指揮官達を見て、柳井は手を差し出した。
「君たちには、ブルッフハーフェンのときも世話になったな」
「ええ。まさかまた閣下の元で戦うことになるとは思いませんでした」
リカルド准将らが柳井と握手をしたあと、三人の後ろに控えていた男が一歩歩みでた。
「一〇二四降下揚陸師団、師団長の
張 偉大佐は、東部軍管区の各地で陸戦に参加してきた歴戦の勇者。四八歳と師団長としては若いが、
「皆も知っての通り、すでにバーウィッチ自治共和国防衛軍は戦闘態勢を取っている。東部軍管区、本国、そして我々からの呼びかけにも応答しない。航路保安庁第三管区第三四交通機動艦隊が担当。チェルーズのヒル圏外縁部に第四四独立戦隊、星系自治省第一〇九二治安維持艦隊が待機している」
柳井は隣に座るハーゼンバインに指示して、バーウィッチで発行される新聞の一面を表示させた。
「今のところそれ以外は平常通り社会機構は機能しているようだが、これがいつまで続くかは不明だ」
「ここに来るまでにもニュースで見ましたが、あの報道は酷すぎます。閣下が射殺したように報じているのは、正常とは思えませんな」
柳井の説明に、リカルド准将は不満げに鼻を鳴らした。柳井としては自分がどう言われようがもはやどうでも良く、ともかく早期の叛乱鎮圧だけを考えていた。
「ともかく、このまま独立などさせては帝国の辺境統治体制に関わる。遺憾だが、武力行使を伴う鎮圧行動を行う。諸君の協力を願う」
四人の士官は柳井に対して立ち上がって、最敬礼を向けた。柳井も頷いて答え、早速鎮圧作戦の検討に入ろうとしたときである。
『閣下! 会議中に失礼します。自治共和国議会に防衛軍陸戦隊が突入。会議場を占拠したとの報道が』
艦橋に詰めて状況監視を行っていたバヤールの報告に続いて、ハーゼンバインが作戦室のスクリーンをチャンネル8バーウィッチ支局の映像に切り替えた。警官隊の封鎖線から更に離れた位置から中継されている議事堂の映像には、防衛軍陸戦隊の車両と、歩兵による機関銃陣地が構築されている様子が見て取れた。
『これは先ほどまで、議会下院議場を中継していたカメラの映像です』
さらに、画面が切り替わって議会の映像が表示される。下院会議場に陸戦隊の兵士がなだれ込んで数秒後、カメラが倒れ、映像も遮断された。
「確か今、独立法案の審議中だったはずだが」
『野党が不信任案を提出、一時休会中に突然陸戦隊が突入してきたとのこと。上下院の議員全てが拘束され、議会が封鎖されています。また、官庁街のほうも陸戦隊が展開しているという未確認情報が』
そう言っている間に、再び議事堂外からの中継に切り替わっていた画面だが、不自然に揺れている。カメラに最後に映し出されたのは、防衛軍陸戦兵がライフルを構えて威圧する姿だった。
「周辺宙域に、FPU部隊は?」
『確認出来ておりません。第七四電子戦隊にも確認しましたが、同様です』
ブロックマイヤー大佐の返事に、ひとまず柳井は安堵した。FPUの介入がないのなら、いくらでもやりようがあると考えたからだ。
『――中継班への防衛軍兵士による撮影禁止命令を受け、今、映像を支局屋上カメラに切り替えました。ただいま入った情報によりますと。自治議会は上下院で独立法案を可決。バーウィッチ自治共和国は帝国から離脱し、対等な国家になった、と首相声明が出され――なんですかあなた達は!』
『放送を中断しろ! 今すぐにだ!』
スタジオのアナウンサーの悲鳴、何者かの怒号が入り、放送が一時中断された。
「閣下、首相官邸より通信です」
「繋いでくれ」
『内務大臣の金沢だ』
内務大臣は柳井の想像よりも落ち着いた様子で画面に現れた。
「これは一体どういうことですか?」
『我々は平和的に議会の決議を経て独立を選んだのだ。我がバーウィッチ共和国の領域内に侵入した帝国軍に対し、即時退去を命じるものである』
「議会での議決は本当に民主的な手段だったんでしょうか? こちらでも議会の動きは掴んでおります。防衛軍を投入して、強行採決したのではありませんか?」
柳井は言わずもがなのことを態々口にした。
『そんなことはない』
「大臣、首相閣下はどちらに?」
『現在独立宣言の準備中だ。お忙しいので私が代わりに話している』
「首相の身柄は無事なんですか?」
『説明する理由はない』
「自治共和国首相は帝国の忠良なる官吏から出されている。その身柄の保全は自治法でも定められています」
内務大臣の頑なな対応は予想済みだった柳井としては、これが状況を改善する一助にならないことを分かった上で、説得するポーズはしておくことにした。
「帝国からの離脱。それは帝国本国と自治共和国政府が結んだ協定を破棄し、帝権に背くと言うこと。我々としても必要な対処をせねばなりません。どうか冷静な対応を」
『我が自治共和国の尊厳を踏みにじる行為を許すわけにはいかない! 我々は我々の星と市民を守るために実力行使するものである! 以上!』
柳井が呼び止めるより前に、通信は一方的に切断された。
「まあ、これも予想通りだ」
柳井があっさりとした調子で言うと、呆気にとられた様子の三人の士官達はともかく気分を切り替えた。
「まず始めに、バーウィッチ鎮圧作戦については私が東部軍管区司令長官より権限を一部委譲され、指揮を執ることになる。いざというときのハラキリ役だ。第四四独立戦隊、第一〇九二治安維持艦隊、第三管区第三四交通機動艦隊は現時刻を以て私の指揮下に入ってもらう」
『はっ』
『承知しました』
『心得ております』
アフメト・キツィキス大佐、ジュスタン・ラングレー治安維持軍中佐、シオドア・エルウッド航路保安庁中佐が頷いた。彼らはすでに配置についているので、通信ごしに作戦会議に参加している。
「真っ当な作戦を行うなら大きく分けて三段階。自治共和国内通信の掌握、軌道上の艦隊の無力化、ニューミドルトン地区制圧だ。第七四電子戦隊が通信の攪乱を行うとともに、近衛、第四八遊撃戦隊、第五六九護衛隊が敵艦隊を強襲。揚陸艦部隊はその間にニューミドルトンへ降下。センターポリス宇宙港、ET&T通信局、エネルギー受信施設、官庁街行政府ビル、議事堂、首相官邸を制圧するのだが……」
柳井が言うのと同時に、ハーゼンバインがニューミドルトン地区の地図にそれらの位置を赤旗を目印としてプロットする。軌道上の艦艇配置状況などと合わせたごくオーソドックスな作戦計画が、作戦室の大型スクリーンに投影されている。
いずれも惑星上において重要なもので、自治共和国の統治機能、主要インフラである。
「極めて堅実な作戦ですが、第三段階が問題ですな。どの放送局の映像を見ても、市街地はデモ隊で大賑わいで、まともに降下したら彼らの巻き添えを出すことになりますな」
張大佐は顎髭をさすりながら考え込んだ。
「自治共和国政府は敢えて避難指示を出さない可能性が高い。所謂肉壁ということだ。知っての通り、カロイの乱でも同様の事態が見られた」
「愚かな……そんなことをして、今後の統治に響くでしょうに」
柳井の予想に、松本大佐が顔を歪めた。
「押さえ込む自信はあるんだろう。もっとも実行するには血の海を作る覚悟が必要だろうが」
「そこへ乗り込む我々も相当の批判を覚悟せねばなりますまい」
リカルド准将と黄中佐の言葉に、柳井は頷いてみせた。
「だからこそ、まともな制圧作戦などしない。スピード勝負だ」
柳井がプロットされた赤旗を消去し、スクリーンに新たな作戦案を表示させた。それを見た指揮官達の顔は、目の前にいる帝国宰相の地味な見た目とは裏腹の大胆なものであることに対する驚きで満ちていた。
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