第55話ー② 暴発
二〇時三〇分
LNNバーウィッチ支局
第四スタジオ
柳井は辺境訪問時の恒例となっている、現地メディアへの出演を精力的にこなし続けていた。首相官邸での協議を終えてから、新聞四紙、雑誌三誌、そして五局あるテレビ局のうちチャンネル8バーウィッチ支局、バーウィッチ中央放送とチェルーズテレビジョン、BNN(バーウィッチニュースネットワーク)のインタビューを収録し、最後が生放送で行われるLNNバーウィッチ支局の政治討論番組『オブスジュデーニエ』だ。
なお、LNNは東部軍管区全域に広がるネットワークを持つので、同様の番組は支局ごとに製作されており、特に柳井が重視している放送局だ。東部軍管区の安全保障や自治共和国の安定は皇帝の治世の安定化に繋がるし、今後行う第二三九宙域領邦化計画にもプラスに働くと判断していたからだ。
「それでは今日のゲストをご紹介します。帝国宰相柳井義久閣下、バーウィッチ自由連盟下院議員のセフェリノ・ウダエタさん、バーウィッチ自由党下院議員のロザーリア・ハンドロヴァーさん、自治プラットフォームの下院議員、阿久比利明さんです」
いずれも柳井より若い三〇代、党内外からの人気も高い議員であり、番組側としてもせっかく柳井を呼んでぶつける相手なら、若くて活きが良いものをと選んできたのだろう、と柳井は見ていた。
こうして生放送で出演出来る分には、柳井としてはむしろ気楽だった。 インタビュー動画の場合、それを見ながらいわば欠席裁判のような形で番組が進むことも多いからだ。
「まず、今回バーウィッチまで柳井閣下がお越しになったわけですが、協議の内容、まあ政府との協議内容全てを外にお出しできないとは思いますが、これを聞きたいです」
司会のロベルト・フェレンツが、まずは柳井に質問を飛ばした。
「自由連盟と、自由連盟がになっている自治政府が要求している内容についての協議、とだけお答えします」
司会を除く四人は協議内容を全て把握しているが、自治共和国市民には協議終了後までその内容は知らされない。そのことを考えて、柳井は曖昧な表現で済ませた。
「なるほど。ウダエタさん、自由連盟ではかねてより帝国との通商協定と帝国軍等の駐留についての問題提起をされておりましたね?」
「はい。そもそも我が国の独立性に干渉するがごとき帝国軍等の駐留問題は、我々バーウィッチ市民にも非常に危険。自由連盟としては断固として撤退を申し入れたと報告を受けています」
ウダエタの熱の籠もった言葉を、柳井は微笑を浮かべながら聞いていた。この場で不快感を露わにするほど柳井は子供ではない。
「第四九一宙域は国防上重要な宙域で、どこかに帝国軍や交通機動艦隊の根拠地は必要になります。しかしそれがバーウィッチである必要は無い、と私個人は考えています」
「なるほど。宰相閣下のお考えということですが、中央政府もそう考えているのでしょうか?」
柳井の回答に、番組の進行表に何事か書き込んだフェレンツが、更に突っ込んだ質問をしてきた。
「現代戦は数十万キロの距離を隔てて戦うものであり、超空間潜行を行い戦闘宙域に展開するわけですが、こうなるとどの自治共和国に置くかというのは些細な問題です。国防省も、そういった観点はあると思います」
柳井は帝国としてはバーウィッチに固執するつもりも、押しつけるつもりもないと断言しなかったが、そうとも取れる曖昧な表現で済ませた。
「バーウィッチにとっては、帝国軍が駐留することは安全保障にもプラスです」
「自治プラットフォームではかねてから帝国軍駐留問題は議論してきましたが、この点は自由党とも同意見ですね。それにより交付金も出ますし、交付金で整備された港湾や交通機動艦隊駐留による海賊などの排除は、バーウィッチの経済にとってプラスです」
柳井の回答に、自由党のハンドロヴァーと自治プラットフォームの阿久比は帝国軍駐留支持の意見を述べた。
「バーウィッチの独立を放棄している自由党とプラットフォームの意見は支持されていないでしょう。バーウィッチ市民を狙った帝国軍による卑劣な犯罪も問題です」
「それは市民連合側からの攻撃に対する防御ということでしょうが。大体自由連盟は市民連合を手足のように使い、帝国軍だけでなく、我が党の候補者や支持者を攻撃するような事件が後を絶たない」
「防衛軍兵士の犯罪件数の方が帝国軍や交通機動艦隊、治安維持軍より多い問題をどう考えているんですか? 議会でも取り上げたのにまったく改善がされない。このままだと防衛軍に出ていってもらう方が、市民には有益と思うが。資料を出せますか?」
「こちらですね、ここ三年の自治共和国内で起きた軍関係者による犯罪の内訳です」
阿久比の要求に、フェレンツがスタジオのモニターに表示させた数字に、柳井は声を失った。帝国軍、交通機動艦隊、治安維持軍など中央政府に関連する軍人の犯罪傾向を一とするなら、バーウィッチ自治共和国防衛軍軍人のそれは四に達する。異常に高い数値である。
「無論、帝国軍などの犯罪も問題だが、この防衛軍の犯罪傾向の高さは明らか。
「防衛軍兵士はバーウィッチ自治共和国の安全を守るために日夜働いているというのに、愚弄されるのか」
「軍紀を守らせろと言っているだけなのだが」
「その通り。自治プラットフォームでも常に防衛軍の規律改善を訴えてきた」
ウダエタの言葉に、ハンドロヴァーと阿久比が反論し、さらにスタジオはヒートアップしていく。
抑制された生活を送る大量の人員を抱えた組織にありがちなことだが、どうしても一定数の犯罪傾向の高い人間がいることは避けられないとはいえ、軍紀が緩みきっているのは確かなようだと、柳井は改めて資料を見つめつつ、議論――というにはあまりに感情が
「あなた達は独立心を失った敗北者だ。我々自由連盟のみが、バーウィッチの自由を考えている」
ウダエタの侮蔑するような言葉に、野党議員の二人は明らかに気分を害した様子で首を振った。
「聞き捨てならないですね。我々は自治共和国民全ての安全と平和と発展を実現するために議論を交わしているのではないのか」
阿久比がやや怒りを込めた口調でウダエタに食って掛かる。この後、一〇分ほど帝国軍駐留問題についての応酬が行われたが、柳井はその内容を逐次メモしつつ、静観する構えだった。過度に自由党と自治プラットフォームに肩入れするような姿勢はあまり褒められたものではない。そのあたりは司会のフェレンツも察していた。
『一旦CMです、CM』
タイムキーパーの指示がインカムから流れるが、三人の議員はそれも気にせず議論――という名の相手の誹謗中傷を続けていた。
この後一時間半に渡り、フェレンツが問題提起、柳井が帝国中央政府や皇帝の意見を推察という体で表明、柳井個人の私見を述べた後、議員達が白熱した”議論”を交わし、番組は終了した。
「今日はお疲れさまでした。”有意義”な議論でした」
「……」
柳井はにこやかに手を差し出したが、ウダエタはその手を握り返さず、一礼だけしてその場を離れた。
「全く、礼儀も知らないのかあいつは……閣下、見苦しいところをお見せしました」
「いえ、それより阿久比さん、ハンドロヴァーさんもこのあと少しよろしいですか?」
二二時〇五分
第三控室
「すでにお聞きと思いますが。私と現政権の協議は不発に終わるでしょう。その際のことは、予定通りにとお伝えください」
控室で行われた密談。それは柳井が昼間バヤール達に語った対自由連盟議会戦術のことだった。
「私の信頼できる筋から、すでに法務省と東部軍管区法務局に情報を流す手筈は整っています。これで自由連盟の活動を停止させれば、あとは両党支持者と無党派層を巻き込んでの選挙となります」
柳井の念押しに、二人の野党議員は不安げに顔を見合わせた。
「……上手くいくでしょうか」
「問題は、自由連盟支持者が内乱を起こしかねないということです。現政権を強制的に排除させれば、その怒りは想像に難くない……」
阿久比とハンドロヴァーは柳井に不安げな目を向けた。
「そのための治安維持軍です。とはいえ死傷者を出しては市民の理解を得られない。自由連盟支持者にも冷静な対応を期待したいですが」
「難しいでしょうね」
「……しかし、星系ごと帝国から離反されるよりはマシです。カロイやゴルドシュタットのような惨劇は二度と起こしたくないのです」
柳井の懇願にも近い要請に、野党議員の二人は頷いた。
二二時二一分
通用口
「もうこんな時間か。君たちもすまないな。先にメリディアンⅡに戻ってくれていてもよかったのだが」
「いえ、そういうわけには……」
支局裏の通用口から柳井達が出る頃には、敷地外には柳井見たさ、あるいは罵詈雑言をぶつけるために集まった市民がごった返し、警察機動隊が出動する騒ぎになっていた。柳井がバーウィッチ支局にいることは誰も分かることとはいえ、あまりにその数が多かった。
本来ならニューミドルトンのホテルに宿泊するところだが、ブルッフハーフェンでの反省もあって、柳井はホテルには泊まらず、インペラトール・メリディアンⅡに戻ることにしていた。護衛隊にも宰相付侍従達にも余計な不安を抱かせないための措置だ。
「しかし外がすごいことに……」
道路側からの狙撃を懸念してか、柳井の前にはビーコンズフィールド准尉他護衛隊の面々が壁を作り、ハーゼンバインも落ち着かない様子で周囲を見ていた。敷地外に押し寄せた群衆のせいで、支局内から出ていく車もグリッドロック状態で、柳井の乗るはずのモナルカが車寄せまで来られない始末である。
「市民連合に動員でも掛けたのかな……?」
柳井は、自分に対するとっととバーウィッチから出ていけなどと騒ぎ立てる声を聞きながら、その光景を見ていた。
そのときである。
「奸賊柳井義久、天誅!」
「閣下!」
憎悪の籠もった叫び声、ビーコンズフィールド准尉の絶叫と共に短い破裂音が響き、シュプレヒコールやそれに対抗する帝国万歳の声が静まりかえった。
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