第54話 バーウィッチ自治共和国_情勢調査報告書.ipd



▼バーウィッチ自治共和国政府による分離独立運動


1.星系概要


 バーウィッチ自治共和国は東部軍管区第四九一宙域に存在する自治共和国であり、建国は帝国暦四三一年。K型主系列星バーウィッチ549を中心に七つの惑星が周回する星系であり、首都星は第二惑星チェルーズ、首都はニューミドルトン。最大都市も同都市。


 人口三〇〇〇万人規模の大規模星系であり、第四九一宙域において最大の自治共和国。


 典型的な開拓惑星であり、輸出産業の主たるものは星系内鉱産資源を用いた鉱工業および反物質燃料生成。星系総生産G  S  Pは約七兆五〇〇〇億帝国クレジット。


 自治共和国首相は中央政府から派遣された官選首相であり、帝国暦五九一年現在、星系自治省の趙梓宸ちょう ししんがその任に当たっている。フリザンテーマ公国中央大学経済学部を卒業後、星系自治省へ入省。領邦政務局から転出。


 議会は上院下院を持つ二院制で、人口二五〇〇万人を超えた星系における一般的な政体。与党は上下院ともにバーウィッチ自由連盟。


 自治共和国防衛軍は総合兵員数一万五〇〇〇名を定員とし、陸戦部隊五五〇〇名、航空部隊一二〇〇名、防衛艦隊八三〇〇名の割り振り。五九〇年時点での充足率は九八パーセント。自治共和国国防法による上限にほぼ達している。また、警察機動隊として八〇〇〇名を保持している。


 このほか、同自治共和国には東部軍管区所属の第一二艦隊第四四独立戦隊、星系自治省第一〇九二治安維持艦隊、国土省の航路保安庁第三管区第三四交通機動艦隊が根拠地として駐留。



2.政治情勢について


 元来バーウィッチ自治共和国は保守のバーウィッチ自由党と、リベラルの自治プラットフォームが主流政党として一〇年程度で政権交代していた。この状況が大きく変わったのが帝国暦五七三年の上院選で、この際に自由党から大きく議席を奪い、第二党に躍進したのがバーウィッチ自由連盟である。


 帝国軍他の駐留見直し、帝国との通商協定の見直し――事実上の破棄を旗印に躍進した政党で、扇動型の政治活動により大きな支持を得た。


 バーウィッチ自由連盟は保守主義から更に一歩進んだ愛国全体主義と言うべき政党で、低迷が続く自治共和国経済を背景に支持率を伸ばしていた。


 なお、この自由連盟の標榜する愛国とは帝国ではなく、バーウィッチ自治共和国に対するものであり、公然と帝国中央政府、帝政を批判し、さらに帝国からの自立を訴えるものであった。


 当事務所による調査では、帝国からの自立はさておいても、中央政府批判というのはかなり星系市民に支持されている模様で、現地の各種世論調査では支持率四五パーセントと、第二党に転落したバーウィッチ自由党一三パーセント、自治プラットフォーム一一パーセントから大きく引き離したものである。


 帝国暦五八三年八月の自治政府下院選で、バーウィッチ自由連盟が安定多数を確保して以降、急速な分離独立運動の激化が進行中。五八九年の上院選でも同様の傾向があり、自治共和国世論が急速に分離独立主義へ傾倒しつつある。



3.自治共和国議会および政府と市民団体の関係について


 バーウィッチ自由連盟の躍進の影には、市民団体であるバーウィッチ市民連合の支援が大きく影響しているが、この団体がただの市民団体ではない、と当事務所は断言する。


 根拠となるのは、市民連合の本部とされる建物の登記簿[添付資料1]であるが、同星系において一〇年前から物流事業を営むバーウィッチ・スペース・ロジスティクスの所有する物件だが、同社資産リストには登録されていない。また、経営責任者であるエドワード・カーは同社輸送船グレートウォール号に乗船しているとされているが、グレートウォール号は現在、一切帝国領内で運行されている形跡がない。整備記録についても運輸局のデータベースによれば、同輸送船の反応炉法定整備記録が八年前で途絶えている[添付資料2]。


 同社所有船舶はグレートウォール号のみ、社長と共に行方不明だが、現地警察当局には捜索願などは出されていない。バーウィッチ自治共和国首都のニューミドルトンにある本社所在地のオフィスについて、当事務所では一ヶ月に渡り監視を続けたが、その間、人の出入りは一切ない[添付資料3]。


 同社の国税納付記録は遅滞なく行われている[添付資料4]模様だが、ここにも不自然な点が多々見られ、詳細は省くが企業活動そのものが偽装されたものである可能性が高い。従業員について精査したところ、約半数が市民連合の集会で確認されている[添付資料5]ことからも、市民連合の隠れ蓑としての役割を担っているものと推測する。


 なお、実態のないペーパーカンパニーを使い不動産を購入するのはムクティダータ、リベラートルなどリハエ同盟が用いる手口と酷似している[添付資料5]。


 現在この市民団体と同社への資金流入の実態を調査中であり、追って詳細報告を行うこととする。


 話を本題に戻すが、バーウィッチ市民連合は、自治共和国議会に多数の協力者を持っている。バーウィッチ自由連盟の代表、エラスト・エフゲーニヴィチ・シャブドゥラスロフはその筆頭である。


 自由連盟の公党としての活動そのものは合法とは言え、市民連合がその非合法部分を担っており、自治共和国議会の親帝国派議員への恐喝、デマの流布、暴行などを積極的に行っている[添付資料6]が、警察当局は意図的に事件を不起訴にしている疑惑がある。同自治共和国内務大臣の金沢ジョージによる指示があったと政権幹部筋からの情報もあるものの、これはまだ裏取りが出来ていないため、推測の域を出ていない。


 自治政府首相は星系自治省に対して意図的に情報を隠匿しており、星系自治省内での危機感は、当事務所の調査により判明した事象に比べれば低レベルで推移している。これはすでに首相が買収されていることが考えられる。


 自治政府首相の銀行口座に対して、市民連合からの送金が行われていると情報があり、自治政府閣僚、官公庁官僚の一部にもその疑惑がある。ただ、これらの情報は裏付けがとれておらず、今後の調査にて詳細を報告することとする。



3.当該自治共和国に対する辺境惑星連合の動き


 現状、当該自治共和国の掲げる帝国からの分離独立と辺境惑星連合への参加は、連合内で共有されているほど大きな事案ではない。隣接する革新連盟は乗り気ではあるが、バーウィッチ自治共和国に軍隊を派遣して、能動的に併合するほどの意欲はない模様だ。


 辺境惑星連合中央委員会の議事録などを調査しても、ブルッフハーフェンやアルバータなどの名は出ても、バーウィッチの名が上がることはない。これにはいくつかの理由がある。


 まず第一に、中央委員会そのものが汎人類共和国、反帝国独立戦線、辺境解放同盟に革新連盟の四ヶ国が主力派閥とされているが、革新連盟の国力減退は発言力の減少に繋がり、汎人類共和国のほうが近年は国力が増大している。


 これは革新連盟自身が、主要惑星における伝染病や惑星規模の災害による勢力減退の最中にあり、対外進出などを考えられる状況ではないことがその事由としてあげられる。


 第二に、バーウィッチ自治共和国がある第四九一宙域の自治共和国政府がいずれも重武装路線を取っており、また主要航路帯に近すぎることから、帝国軍の警戒が強いこともあげられる。バーウィッチ自治共和国の周囲は重質量天体や星間分子雲などが少なく、超空間通信網ならびに超空間潜行にも最適な宙域である。


 バーウィッチ自治共和国は人口が多いことから、併合すればその中にいる親帝国派の抵抗を招き、大規模な内戦を行う恐れがある。これを鎮圧するのは現状のバーウィッチ自治共和国の防衛軍や治安維持機構だけでは不足しており、革新連盟が長期間、大兵力の投入が必要になることが必至と判断する。


 そのため、現状では一方通行、いわゆる”片想い”にすぎないと、筆者は推定する。



4.現時点での結論


 現時点において、辺境惑星連合軍側が積極的に軍事力を投入してでも当該自治共和国を併呑することは可能性として低い。特にブルッフハーフェン自治共和国への攻勢が失敗したことが影響していると判断する。


 ただし、上述したように、一方通行の独立併合の願望が暴走し、突発的な独立宣言とそのための武力闘争に及ぶ可能性は否定できない。


 以上。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 


 帝国暦五九一年四月三〇日一五時三一分

 ライヒェンバッハ宮殿

 椿の間


「――と、このような情勢になっているようですが、自治大臣、どうでしょうか?」


 柳井によるバーウィッチ自治共和国への訪問を前に、最終的な決定を下すための会議を開いた柳井が、ローテンブルク探偵事務所からの調査報告についての意見を星系自治大臣、レア・ハロネンに求めた。


「はっ……こちらの不手――」

「本省でもバーウィッチに関わる情報の収集分析は常にしております。探偵事務所からの調査報告には見るべき点もあるとは思いますが、新しい視点があるとも思えません」


 レア・ハロネン星系自治大臣が”不手際”と言おうとした瞬間、すかさず同省事務次官ノーラン・ドヴォーが発言を封じるように反論した。


「しかし、星系自治省から定期的に上がっている報告にしても、いささかバーウィッチ自治共和国の情勢を軽んじているように見えるのですが……大臣?」

「は、はあ、しかし星系自治省としても、バーウィッチの情勢は観測しているところですし、ここは本省にお任せいただき、閣下には帝都にて吉報をお待ち戴ければ……」


 省庁の大小新古に関わらず、どこも内部の実権は事務次官などが握っているものであり、大臣は承認装置としての役割しか持っていない。しかしながら、時の政権の意向を受けて動く柔軟な省庁もあれば、政権に公然と楯突くものまで様々でもある。


 前者は国防省や運輸交易省、工業省などで、時の政権の経済政策や国防政策に柔軟に対応する姿勢が見える。しかし内務省星系自治局を祖とする星系自治省は後者にあたる。


 レア・ハロネン大臣は帝国民主党内閣の国務大臣の中では最若年の三九歳である。これも星系自治省がいい意味でも悪い意味でも自立した省庁で、大臣の経験不足が露呈しづらいポジションだからこそ行われる人事だが、彼女のように事務次官のパペットに過ぎないというのがわかりやすい


 柳井は旧内務省星系自治局からスタートした星系自治省の悪弊について目の当たりにして、この省庁をたたき直さねばならないと心に誓ったのだった。


「国防大臣、例の件はどうなっていますか?」


 柳井の問いに、アレックス・ハガード国防大臣は頷いた。


「はっ……閣下のご命令があり次第、駐留軍については撤退させる用意があります」


 現在バーウィッチ自治共和国政府が公の場で求めているのは、帝国との通商関連の協定と駐留軍の撤退であるから、そこをなんとかしてしまえば旧来からの政党にも追い風が吹く、と柳井は考えていた。


「その場合の第四九一宙域の防備は問題ありませんね?」

「すでにサンブリア自治共和国政府に、駐留拠点設置の打診をしております」

「わかりました。交通機動艦隊はどうですか?」

「はい、こちらも同様です」


 エラ・カランディーニ航路保安庁長官も、簡潔に答えた。


「では、治安維持軍も同様ですね?」

「……」


 ハロネン大臣が不安げに事務次官に顔を向けると、事務次官ドヴォーは不承不承といった様子で口を開いた。


「星系自治省としては、治安維持軍まで撤退させるのは反対です……が、閣下のご命令は陛下の御意と考えております。ご指示があり次第、計画を進めます」

「よろしい。では、私は明日、バーウィッチに発ちます。不測の事態が起きた場合は東部軍管区に協力を仰ぐことになるでしょうが、本国政府も気を抜かないように……星系自治省も、アルバータの二の舞だけは避けたいでしょう? 官房長によろしくとお伝えください」


 柳井と星系自治省の因縁は、アルバータ自治共和国の叛乱を柳井が丸く収めたところから始まった。当時星系自治省からアルバータ自治共和国に派遣されていたカーター、当時は政務官だった彼や星系自治省は、柳井に巨大な借りがあった。


 なにせアルバータ自治共和国の叛乱では、星系自治省治安維持軍が全面的に参加していたのだから、それを有耶無耶にしたことで帝国軍の介入を防ぎ、かつ星系自治省の面子も守ったのだ。これが露呈していれば、星系自治省、特に治安維持軍の存続すら危ういものだったのは言うまでもない。


 以来、柳井が様々な任務を託された際、星系自治省に協力を仰ぐと一も二もなく協力せざるを得ないのが星系自治省の立場だった。そのカーターも政務官から官房長となり、さらに柳井は宰相となった。


 ドヴォー事務次官の煮え切らない態度も、そのあたりを不満に思ってのことである。カーターはドヴォーにとってみれば出世レースにおけるライバルであり、自分に失点があり地位を追われれば、そのあとにはカーターが座ることは目に見えていた。


 柳井とカーターが共謀して、自分を追い落とすことなど容易い――と、ドヴォーは考えている。


 しかし今や皇帝の重臣となり、国家と政府の運営に心を配らなければならない柳井にその気がないことを当て込んだ幼稚な態度ではあるが、柳井としてもその程度で済むなら安いと考えていた。柳井は省庁の内部人事まで関与するつもりはないし、


 ともかく柳井はこの会議で関係各省からの了承を得て、バーウィッチ自治共和国に赴くことを決定した。


 

 五月一日〇八時一二分

 ヴィルヘルミーナ軍港


「……陛下、何もお見送りいただかなくても。畏れ多いことです」

「渡しそびれたものがあったのよ、はいこれ」


 皇帝は柳井に一通の便箋びんせんを手渡した。


「余の代理に柳井を遣わす。柳井の言葉は余の言葉である……これは?」

「万が一、武力鎮圧にあたらなければならなくなったら、その武力を使う正当性が必要でしょ?」

「なるべく使わずにおきたいものです。帰ってきたら額装して私の部屋に飾っておきましょう」

「子供の渡す肩たたき券みたいなものよ。大したものじゃないわ」

「随分物騒な肩たたき券ですが……それでは行って参ります」


 柳井が皇帝に最敬礼をしてその場をあとにする。


「吉報を待っているわ。トビー、柳井のことを頼むわね」

「はっ!」


 今回、柳井が引き連れていくのは宰相付侍従のハーゼンバイン、バヤール、事務局長の宇佐美、護衛隊長のビーコンズフィールド准尉が率いる護衛隊と、さらに近衛艦隊からインペラトール・メリディアンⅡを旗艦とする戦艦二、巡洋艦四、駆逐艦一二隻の分艦隊である。


 柳井自身、この訪問が吉と出るか凶と出るかは自信を持って判断できるだけの根拠はなかったが、暴発されて本格的な鎮圧行動に至ることは避けたかった。


 柳井の新たな戦いが、今始まろうとしている。

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