第52話-⑥ 皇帝出陣

 三月三一日〇九時五四分

 ES11054ーK3ー45-d

 衛星軌道


 恒星ES11054ーK3ー45の第四惑星であるES11054ーK3ー45-dは、大気が極めて薄い地球型惑星で、なおかつ鉱物資源の分布が採算ラインを下回っていたことから開発が先送りに次ぐ先送りを重ねており、国土省管理番号を振られて三二〇年経った現在でも帝国側による入植はおろか、鉱山開発も行われていない。


 そんな惑星の軌道上は、多数の破壊された艦船の残骸が周回し、その間を帝国軍の艦列が巡る戦場だった場所となっていた。

 

「敵揚陸軍と駐屯基地に対して軌道爆撃を開始する。混成第一師団は直ちに攻撃態勢に入れ」


 グライフの指示により一部の部隊が艦列を離れ、高度を下げていくのを見送りながら、司令部艦橋の玉座に座った皇帝は呆れたように溜め息をついた。


 この惑星には辺境惑星連合軍が帝国領侵攻のために築いた橋頭堡が設けられていたが、僅かに配備された守備艦隊では近衛と第九艦隊の連合艦隊に太刀打ちすることは出来ず、文字通りの玉砕を遂げていた。


「これで四カ所目か。辺境惑星連合もマメね」

「対帝国の恒久的な前線拠点を築こうというのでしょう。ここで徹底的に潰しておかねば」


 グライフは辺境守備の第一二艦隊を長らく指揮しており、辺境惑星連合軍が帝国領内の放置された惑星に人知れず拠点を築いていることに手を焼いていた。これら拠点の存在が、情報部などの目を掻い潜り帝国領内に大軍を潜ませることが可能になっていると、グライフは皇帝に奏上した。


「しかし、縦深防御と機動防御に移行するのであれば、こういうものは放置することになりますな」


 すでにメアリーⅠ世即位後に決定された国防方針は実行に向けて詳細が検討されているが、こうした辺境部の手つかずの惑星系に対する処置について意見が割れている。今回のように敵侵攻拠点を作られては面倒だし、だからといって監視衛星や監視部隊を置くことや、そこから帝国軍なり星系自治省なりにデータを届けるための超空間通信インフラの設置費用なども膨大になるからだ。


 これまでは領域外縁部の水際防衛戦略をしていたのでいいとしても、帝国領内に引き込んでからの迎撃というのは事実上版図の縮小ということにもなりかねず、実態が明るみに出るにつれ議会野党による与党への攻撃材料となる。


「ここに基地を構築しても、彼らにとっては維持が骨でしょうね」

「敵の補給線への負担は膨大でしょう。しかし、領内に敵の恒久基地を建設されるのも、些か……」

「言いたいことはわかるわよ。でもいくら使ってない惑星だからって、毎度毎度惑星を穴だらけにするのも、ねえ」


 皇帝の見つめるスクリーンには、今まさに光子魚雷と地殻貫通融合弾、それに対地荷電粒子砲搭載の重爆装艦による攻撃風景が映されていた。


「まあ、こういうことが少なくなるように、連中を切り崩して和平協議なんて荒技を考えているんだから……」



 一三時二一分

 帝都 ウィーン

 神原皇統男爵邸


 柳井は帝都郊外に居を置く神原正輝かんばらまさき皇統男爵邸を訪れていた。神原皇統男爵は御年八五歳で病床に伏せりがちで、その見舞いと後継である長男芳輝よしきへの挨拶で男爵家当主の引退に花を添える、というのが柳井が訪問した表向きの理由だった。


「お父上とは先帝葬儀の際にご挨拶いたしましたが、まさかここまで悪くなっておられたとは」


 柳井は驚きを隠さない様子で、近日中に皇統男爵になる神原芳輝を見た。


「交通事故で下半身麻痺になりまして。手術も考えましたが当人の体力を考慮して、歩行補助ユニットに切り替えたのがよくなかったのか……ともかく、宰相閣下のご訪問、痛み入ります」

「とんでもない……こうして場所を貸していただくのも何度目か。お父上には重ねて柳井が礼を申していた、とお伝え願います」

「いえ、父も帝国のために働けたのを光栄に思っております。私も同じです。ではごゆっくり」


 芳輝が出ていくと、入れ替わりに二人の男女が部屋に入ってきた。


「宰相閣下。お久しぶりですー」

「おいエレノア、もっと敬意を込めろ敬意を」

「うっさい。誰も見てないんだからいいでしょ」


 柳井の前で痴話喧嘩を始めたのはエレノア・ローテンブルクとハンス・リーデルビッヒ、ローテンブルク探偵事務所の二人だ。柳井が宰相になってから、メディアの目が向きすぎて事務所に出向きづらいということで、柳井は度々神原皇統男爵邸を借りて彼女たちと顔を合わせていた。


 なお、神原皇統男爵家は広告業界でも帝国で一、二を争うギャラクティック・アドバタイジング社の筆頭株主であり、大手メディアや中堅ジャーナリストは手を出さない一種の聖域となっている。そのため、非公式の会合などを神原皇統男爵邸で行う財界、政治家もいるほどで、ある意味帝国政治のブラックボックスでもある。


「旧市街の事務所に行くと目立ちすぎるもので……」


 今回は随員が宰相付侍従バヤール、宰相警護隊隊長ビーコンズフィールド准尉とその部下一分隊と極めて小規模だが、柳井にとってはこれでも大仰だと感じていた。さすがに密談中はそれらの人員は別室で待機させている。


「いえいえ、お気になさらず。神原さんちにはよく来ますから」

「そんな友達の家みたいな調子で言うなよエレノア……」


 呆れたような助手の言葉に、エレノアはどこ吹く風とまったく気にしていない。では早速、と古びた革のブリーフケースから合成紙の束を取り出した。


「最近の辺境情勢レポートです。内務省や星系自治省に頼めばタダで済むのに」

「私や陛下は彼らへのパイプが弱いんですよ、中央官庁へのね」


 前マルティフローラ大公ら、皇統会議拡大派が権勢を誇ってきたのは、政権与党、内務省や財務省、国税省、国防省へのパイプの太さのおかげでもあった。


 しかし、それらが永田文書事件での逮捕投獄、公職追放などを経て、メアリーⅠ世の御代になってからは、官僚機構は警戒心を露わにしている。皇統会議や皇帝からの介入を嫌う向きが強くなっていた。特に内務省、星系自治省については自分たちの持つ権限や省規模そのものの縮小すら予想されており、抵抗を示していた。


 ここに来て、柳井の民間出身という立場が足かせになっていることが明らかになっているわけで、それを補う為にも、柳井は詳細情報をローテンブルク探偵事務所に頼る日々が続いていた。


 それに、官公庁の表層しかなぞらないレポートを、柳井は端から信用していない。これは辺境で活動する民間軍事企業勤めの人間なら当然の感覚でもある。


「やはり辺境への情報戦は強まっていますか」

「はい。まあいろんな組織が報道機関やら出版社やらに食い込んでますね……内務省も掴んでいるはずですが、それ以上の情報ももちろん」

「毎回助かっていますよ……バーウイッチ自治共和国政府は、本気で帝国からの独立を唱える気なのでしょうか?」

 

 柳井が依頼していたのは、以前から帝国からの離反の気配を見せつつある自治共和国政府の調査だった。どのような手を使ったのか自治政府の極秘資料や会合の記録が添付された資料を見つつ、柳井は溜め息交じりにエレノア・ローテンブルクの楽しげな顔を見つめた。


「柳井さんが以前から目を付けていたところですね。アルバータやイステール並の混乱になることが考えられます。すでに治安維持軍、防衛軍に根を張りつつあるムクティダータの勢力は侮れません」

「……早めに手を打つ必要があると?」

「早ければ早いほうがいいでしょう。星系自治省が報告タイミングを迷っている間に、暴発するかも」

「火種はたっぷり。陛下が前線で頑張っているのだから、私もこの程度のことは片付けなければ」

「殊勝なお言葉ですね。我々帝国臣民も宰相閣下を鑑としていかねば」

「フロイライン、本気でそう思っていますか?」

「まあ、二割くらいは」

「残り八割は好奇心ですか。まあいいでしょう……」


 それから二時間ほど掛けて辺境情勢に加えて本国情勢についても"特ダネ"を仕入れた柳井は、満足しつつも暗澹たる気分でライヒェンバッハ宮殿へ戻った。



 一七時三一分

 楡の間


「またデートの約束は取り付けてきましたがね」


 一週間近くにおよぶ辺境惑星連合の主義派との会談を終えたマルテンシュタインが、ようやく楡の間に戻ったのは、夕闇が帝都を包んでからのことだった。


「それはよかった……やはり、安全保障軍の駐留を要求してきますか」

「ご指示通り、隣接宙域への部隊増派という提案はしておきました。まあ、なんとでもなるでしょう」

「水際防御をやめれば全体的な兵力の削減に繋がり、その分を回すということは可能でしょう」


 柳井は報告書にざっと目を通してから、応接用のソファに座るマルテンシュタインの対面に移動した。


「ところで、オフレコで何か面白い話はありましたか」

「宰相と皇帝の仲は極めて良好、ということだけはお伝えしましたが」

「事実ではありますが……他には?」

「気になることを言っていました。先日閣下が撃退した辺境惑星連合軍の司令官のことです」

「私が撃退した訳ではないが……」

「彼は、今委員会に呼び出されて前線を離れているようです。どうもブルッフハーフェン襲撃のやり方が、中央委員会の考えとは相反しているようです」


 柳井はそれを聞いて首を傾げた。


「それは、占拠に失敗して敗退したからですか?」

「いえ、私の見立てでは仮にブルッフハーフェンを獲っていたとしても、呼び出されたでしょうね。お決まりのコースなら開拓惑星で労働刑三〇年というところでしょう」

「シビリアンコントロールということなら、中央の指示通り動かない軍人は罰せられるべきでしょうが、対帝国武装闘争で有用な手なのに、それを封じるとは理解に苦しみますね」

「彼らにとっては中央委員会の決定が全てで、それ以外は抗命なんですよ」

「帝国の官庁が柔軟に見えてきますね」


 柳井の率直な感想に、マルテンシュタインは大笑いして頷くのだった。

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