第50話-④ 事後処理請負人・柳井義久


 一四時四二分

 ブルッフハーフェン自治共和国

 自治共和国政府合同庁舎ビル

 宰相府臨時オフィス(第三会議室)


「当面の職場はここかあ」


 ハーゼンバインが自分の端末やら何やらを机に広げながら、不満げに口を尖らせた。


「ハーゼンバイン、何か不満なのか?」


 すでに仕事を始めていたバヤールが、ハーゼンバインに顔を向ける。


「だって、購買遠いし……」

「あなたは間食が多すぎるのよ。バヤールと一緒に朝からランニングでもしてきたら?」


 窘めるようなジェラフスカヤの声に、ハーゼンバインは項垂れた。


「賑やかなものだ。イステールのオフィスにももう少し華がほしいところだな」

「ルブルトン子爵もまだまだお若いですね」

「ロベール君だって、いつもハーゼンバインと話しているときに鼻の下伸びてるのバレバレよ」

「なっ……!?」


 コーヒー片手に書類の確認をしていたルブルトン子爵に、ロベール主任が茶々を入れたが、そのロベール主任もジェラフスカヤに言われて顔を真っ赤にする。


「やれやれ、上司が狙撃までされた翌日だというのに賑やかなものだ」


 一同が揃ったころ、ちょうど柳井がオフィスに入った。


「宰相閣下、現時点での課題と、宰相府でサポートすべき案件をまとめたものです」


 ジェラフスカヤがフローティングウインドウに投影された資料を柳井に向けた。柳井は自販機で買ってきたコーヒー牛乳片手に目を通した。


 幸い仕事量そのものは多くなく、皇帝から


「ロベール君とルブルトン子爵には、今日付でイステールに戻ってもらうことになる。残りの業務くらいなら、我々だけで済むだろう」

「閣下! 私もお手伝いを――」


 ロベール主任が心外だとばかりに声を上げる。元々イステール自治共和国に本拠地を置いた第二三九宙域総督としての柳井に心酔していたロベールは、柳井と同じ場で仕事が出来ることに喜びを感じていた。


「君には第二三九宙域の領邦化計画について進めて貰うことが山積みだ。ルブルトン子爵を補佐してやってくれ」

「……はい」

「私では閣下の代理としては不足かね?」

「あっ、いえ、そんなことは!」


 狼狽えたロベール主任を見て、宰相府一同が笑う。帝都での剣呑な政治工作が行われている一方、意図せずそういったものと切り離されてしまったブルッフハーフェンにいる宰相府の面々はなんとも和やかに仕事を進めていた。



 首相執務室


「では、自治共和国側で首相を決めろと?」

「方法は任せます。臨時代理の文字を外してヴィシュワマディ首相でもいいですし、選挙を行い選出してもいい。中央政府議会に倣い、最大議席を持つ与党トップが自動的に首相になるのでもいいです。いわば今後の試金石ですね」

「いや、しかし……」


 突然そんなことを言われても困惑するしかないのが、自治共和国政府側の当然の反応だった。中央から派遣されてくる首相にも色々いて、先の会議で柳井が口にしたように、全ての首相が自治共和国の発展に消極的なわけではない。現地議会や閣僚と連携していく自治共和国もある。柳井が総督としての拠点を置くイステール自治共和国や、テロにより閣僚が吹き飛ぶ前のブルッフハーフェン自治共和国もそれに当たる。


 だからこそ、ヴィシュワマディ以下臨時政府閣僚達は困惑していた。


「しかし……その、中央から首相が来られるまで時間が掛かると言うことであれば、我々は宰相閣下の指揮の下、臨時の体制を続けるのでも構わないのですが」

「私はいずれここを離れなければなりません。中央から派遣される新しい首相が、亡くなられたナッジャール首相と同様にあなた方と連携するとは限らない」

「……試金石と仰いましたが、もし失敗したら?」

「そのときは、星系自治省からいつもの青瓢箪が派遣されてきます」

「しかし、星系内インフラや防衛軍の再建についても、閣下が居られる方が早く進むのでは……」


 飯塚道隆財務次官の言葉に、柳井は首を振った。


「私はあくまで緊急時の、皇帝や首相の代用品に過ぎません」


 柳井の言葉に、閣僚達はぎょっとした様子で身体を強ばらせた。


「私は当面、このブルッフハーフェンを含む当宙域の総督代理の地位に留まりますが、それはブルッフハーフェンのみを特別視して便宜を図る訳ではない、ということは改めて申しておく必要があるでしょう」


 柳井がこの時点でもっとも懸念していたのは、皇帝や中央政府議会などを通さずとも、宰相の決裁さえあればなんでもできると勘違いされることだった。


 帝国皇帝の権限は巨大だが、平時にはあくまでも議会に対して要請すること、政府与党に働きかけたり、もしくは皇統会議を通したり、各党に諮ったりして議会で法案を作成させる、あるいは時の内閣に閣議決定させることでしか政策を実行できない。いかに皇帝であろうとも、あまりに希有壮大、もしくは支離滅裂な要求をしたところで、議会でのチェックが入るのである。


 全権委任法が発動すれば全ての権限を皇帝が握ることも可能だが、これも議会の承認を経る必要がある。


 帝国宰相に至っては、本来何らかの決定権を持っているわけではなく、皇帝の政策立案や日々の執務を輔弼することが任務であり、宰相府はそのための組織。イステール自治共和国の領邦化計画、主義派とインターステラー連合との和平にしても、最終的には議会を通す必要がある。


 今回ブルッフハーフェンで起きたことは、異例中の異例であり、後追いで現在柳井の行った決定や指示が内閣や議会、星系自治省、国防省、内務省等々での審議や審査を行っているところだった。


 建前の上では帝国の友邦たる自治共和国、本質的には地方自治体である自治共和国を守ったとはいえ、あくまでも通信封鎖状態での緊急避難的措置であり、これが常態化することは避けたい、というのが柳井の考えだった。イステール自治共和国の領邦化計画でさえ、皇帝の強権ではなく企業誘致からの地域振興から始めているのだから当然とも言えた。


 ともかく柳井は皇帝の勅を受け、政府再建のための助言や、東部軍管区、近隣自治共和国への一時的な官僚、職員の派遣要請を行った。



 一月二一日一一時二一分

 プラウバー大聖堂


「――この度の辺境惑星連合軍による悪辣なテロにより、職務中に命を落とした職員、官僚、議員の死後の安らかな眠りを祈ると共に、国父メリディアンの導きがあらんことを」


 先日のテロの犠牲者の合同葬儀が執り行われているブラウバー大聖堂で、柳井は弔辞を読み上げていた。この日は他にもホテル・トライスター・ブルッフハーフェンで犠牲になったホテル従業員の葬儀のほか、宿泊客の葬儀も行われており、いずれも帝国宰相名で弔意のメッセージと、慶弔金が送られていた。



 一二時四四分

 センターポリス宇宙港


「近衛軍の将兵が、皇帝の側を離れた地でもよく帝国のために尽くしたことは、陛下もよくご理解くださっている。戦死した者達への哀悼の意を表すると共に、残された将兵には、今後ともより一層、軍務に精励してもらいたい。以上だ」

「弔銃、用意! 構え……撃て!」


 柳井の弔辞が終わると共に、二個分隊による三発の弔銃が放たれた。



 一四時三一分

 LNNブルッフフェルデ支局

 第四会議室


 葬儀関連の出席を終えた柳井はそのままブルッフフェルデ唯一の放送局であるLNNの支局を訪れていた。


「宰相閣下。お忙しいところ申し訳ありません。LNNブルッフフェルデ支局の報道部長をしております、スラユット・ティンスーラーノンです」

「柳井です。あなたは、もしかして先日私が演説したときにレポーターで来ていた……?」


 見覚えのある顔だと思い、柳井がそう切り出すとティンスーラーノンも頷いた。


「思わず下っ端だった頃を思い出して、クルーを引き連れて飛び出していました」

「それはまた、ジャーナリスト魂というやつでしょうか?」

「そんなに綺麗なものではないですよ。多分、野次馬根性とか言われるようなものです」


 柳井がここを訪れたのは、LNNの報道特集として柳井のインタビュー、それにブルッフフェルデの政治家との討論番組を生放送で行いたいという依頼があったからだ。


「では早速ですがインタビューからでよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」

「では……まずは先日の賊徒撃退について、勝利をお慶び申し上げます」

「あれは辛勝でした。陛下はじめ、東部軍管区、統合参謀本部など、迅速に動いてくれたおかげでしょう。ブルッフハーフェンに駐留していた部隊と、途中で増援に来てくれた部隊だけでは辺境惑星連合軍を退けることは難しかったでしょう」


 柳井としてはこの部分は強調しておきたいところだった。ブルッフハーフェンのみならず、帝国臣民が辺境惑星連合軍恐るるに足らずと楽観的になられては困るのが柳井の立場だった。対外拡張政策を取るつもりがないメアリーⅠ世の治世において、そのように敵を軽んじるような言論は危険とすら感じていた。


「では、今回は運が良かった、と?」

「そう言えるかもしれません。敵の軍司令官が物分かりが良くて助かりました」

「なるほど。では次の質問ですが、現在中央政府議会では、閣下の独断専行……と評されるような動きが一部議員で問題視されているようですが、こちらについてはどうお考えですか?」

「これは私の不徳の致すところでもありますが、まず第一に帝国の法に無い越権行為であったことは変わりないわけです」

「しかし我々はそのおかげで助かったわけですが」

「無論、私の思いもそこにあるわけです。偶然とはいえ居合わせた以上、陛下のご信任により今の地位にあるのですから、そのための方策を講じることも当然と考えました」

「自治共和国は帝国の友邦であるという点がそうさせた、と?」

「帝国領内に住まう全ての方々の人生を背負うのが皇帝ならば、その臣下たる帝国宰相は皇帝を支える杖でしょう。まあ、杖が勝手に動いてしまったわけですが、あとは持ち主がそれを認めるか、ということでもあります」


 このような調子でインタビューを終えた柳井だったが、このあとの報道番組では現地政治家の鋭い質問を受けつつ、真摯な受け答えで視聴率も好評だったという。




 一月二三日八時〇〇分

 合同庁舎大会議室


「宰相閣下、おはようございます」

「ご苦労様です……これで全員ですね。非常事態の後の急なことでしたが、皆さん、自治共和国市民の生活を背負って立つ方々です。今後の活躍に期待します」


 結局首相はヴィシュワマディがそのまま勤めることになり、三年後に帝国史上初めての自治共和国政府首相選挙を兼ねた自治共和国議会選を行うこととなった。自治共和国議会は一院制であり、元々三年が任期だった。


「では、式典会場に行きましょう」


 この日は延期されていたブルッフハーフェン自治共和国の建国式典が執り行われることになった。

 


 九時一六分


『――本日、ブルッフハーフェン自治共和国は帝国の友邦として確固たる地位を築き、人類生存圏の拡大を説いた国父メリディアン大帝の理想を体現すべく邁進していることに対し、最大の敬意と祝意を示す。陛下の名代として、帝国宰相柳井義久より、建国の祝辞とします』


 首相に続いて建国の祝辞を述べた柳井の挨拶のあと、自治共和国国歌――帝国第一国歌を歌詞改編したもの――が演奏され、式典参列者による斉唱となった。


 帝国暦五九一年一月二三日、ブルッフハーフェン自治共和国の建国宣言が行われたが、これは自治共和国選出の首相によるものとして初であり、また帝国宰相が建国式典に参列したものとしても初のものであった。



 一七時五四分

 センターポリス宇宙港

 ターミナルビル


 式典後の祝賀会を終えた柳井は、休む間もなくそのままセンターポリス宇宙港から帝都へ戻ることになった。応急修理を終えた近衛艦隊も、柳井の出迎えのために宇宙港に降りてきている。


「閣下のおかげでブルッフハーフェンは救われました。今後は我々の手で、自治共和国の発展に努めて参ります」


 ヴィシュワマディ首相のしわの刻まれた顔に、首相としての覚悟を垣間見た柳井は、しわの刻まれた細い手を取って、握手を交わした。


「皆様のご活躍に期待しています。また辺境視察などで寄ることもあるでしょう。その際は、よろしくお願いします」


 

 一七時五九分

 インペラトール・メリディアンⅡ

 艦橋


「宰相閣下、全艦発進準備整っております」


 この一週間、防衛軍の再建計画や破壊された星系内防衛網や警戒衛星群の再配置の指示などに終われていたベイカーが、疲れを見せない笑顔で柳井を出迎えた。


「では、帝都へ向けてくれ」

「はっ! 全艦発進、針路を帝都へ取れ」

「全艦抜猫! 高度二〇〇mまで上昇後、回頭一八〇度、前進微速。第一警戒航行序列を取れ。針路、太陽系第三惑星、地球」


 艦橋内が航行に関する指示と復唱で賑やかな中、柳井は船外映像を手元のモニターに映した。


「見送りの方々ですね。すごい数です」


 ハーゼンバインが驚いたように同じく手元のモニターで船外映像を見ていた。


「今回の式典参加は、結果的に大成功、といって差し支えないのでは?」


 ジェラフスカヤの評価に、柳井は苦笑いを浮かべた。


「毎度これだけのことをやらないと大成功にならないのなら、私も命がいくつあっても足りないな。トビーが過労死してしまいそうだ」

「私は頑丈ですから」


 ビーコンズフィールド兵曹長が誇らしげに胸を張る。バヤールはそれを見ながら何事か考え込むような顔をしてから、口を開いた。


「閣下が行くからトラブルが起きたのか、トラブルが起きるから閣下が行くことになったのか……まあ、埒もないことですが」

「いずれにせよ、毎回私が事後処理をしなければいけないようなイメージを持っていることはよく分かったよ」


 バヤールに微笑んだ柳井は、ビーコンズフィールド兵曹長の持ってきたコーヒーを飲んで一息つくと、徐々に遠ざかるブルッフフェルデの地表を見つつ、溜め息をついた。

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