第49話-⑩ 宰相兼臨時総司令官


 一二時〇一分

 インペラトール・メリディアンⅡ

 艦橋


 ブルッフフェルデ防衛艦隊は敵揚陸艦隊の護衛部隊と激しい砲撃戦を展開していた。


「あと四時間少し持たせるだけだ! 各員気を抜くな!」


 メリディアンⅡの艦橋ではベイカーが吠えていた。厳密に言えばあと四時間四〇分で第一二艦隊の基幹艦隊、ここに居る敵味方の艦艇全てを合わせて倍するよりも多い豊富な戦力を備えた艦隊が到着する。


 それより前に辺境惑星連合軍が撤退すればいいが、当初の作戦目標に固執し、攻撃を続ける可能性もある。メリディアンⅡのメインフレーム内戦術支援AIは、後者の可能性を六八パーセントと算出していた。その場合、防衛艦隊が被る被害は甚大だった。


 辺境惑星連合軍は連合の意思決定機関である中央委員会から派遣される政治将校が作戦に大きな発言権を持つと聞いていた柳井は、人工知能の吐きだした予測を見て納得していた。


「交通機動艦隊の損耗が三割を超えます。一時退避させます!」

「防衛軍駆逐艦セランビシディ、撃沈! 巡洋艦ルレベルク、航行不能、待避させます」


 敵揚陸艦隊の迎撃は苛烈で、防衛軍艦隊と交通機動艦隊の損耗は予測を超えたものになっていた。元々にわか作りの混成艦隊、しかも交通機動艦隊は正規の軍艦相手より軽武装の海賊船や不審船の相手をする部隊であり、敵正規軍の相手は荷が重いことも関連していた。それでも巡洋艦や駆逐艦を配備している分、治安維持軍に比べれば艦隊戦の戦力としての働きは十二分にこなしている。


「近衛第四駆逐隊を援護に回せ!」

「しかし参謀長、それではこちらが手薄になります!」

「防衛軍艦隊と交通機動艦隊が潰れたらいよいよ立て直しができなくなる! 急げ!」


 作戦参謀の悲鳴にも似た抗議を、ベイカーは一蹴した。防衛軍と交通機動艦隊が居なくなれば、残存する敵はまとめて近衛に襲いかかる。敵の目標が分散している今の状況を維持することが重要だった。


「敵主力、まもなく本艦隊を有効射程圏に捉えます!」


 防衛艦隊側の意図を理解している敵は、必死で防衛艦隊を迎撃している。その間にも近衛を取り逃がした敵主力艦隊が交戦宙域に迫る。超空間潜行で追撃してこなかったのは、乱戦のただ中に無防備に浮上することを避けたためだが、超々距離砲撃だけでも、近衛はダメージを蓄積させられている。


「重力震を検知!」

「敵の増援か!?」

「いえ、第四八遊撃戦隊です!」



 一二時〇三分

 第四八遊撃戦隊

 旗艦トーキョー・シティ


 帝国軍の増援部隊でいち早く戦場に到着したのは、最初にブルッフハーフェンにたどり着いた第四八遊撃戦隊だった。


「全艦近接戦闘用意!」


 超空間からの浮上後、最大加速を掛けて敵艦隊へ向けて進撃を開始した第四八遊撃戦隊に気がついた敵揚陸艦隊だが、近衛と防衛艦隊から退避しつつ戦闘を続けていた彼らにとって、新たな部隊への対処は容易ではなかった。


「敵艦隊、電磁砲の有効射程圏に入りました」


 彼我の距離は一万メートルを割り込み、防御シールドで弾かれやすい荷電粒子砲よりも、物理弾のほうが有効打撃を与えられる距離だ。アムステルダム級バーミンガム型巡洋艦の一五九三番艦であるトーキョー・シティにも、四基八門の三五センチ電磁砲が備えられており、近距離戦闘に絶大な威力を発揮する。このほか、隷下の駆逐艦も実弾兵装が豊富で、巡洋艦と共に敵に切り込んでこそ威力を発揮する。


「全艦突撃!」


 リカルド准将の号令一下、第四八遊撃戦隊が砲撃戦を開始した。



 一二時二一分

 第五六九護衛隊

 旗艦カランジディ


 第五六九護衛隊も第四八遊撃戦隊に続いて戦場に到着した。駆逐艦のみで構成される護衛隊は、その快速でもって遅れを取り戻し、第四八遊撃戦隊とほぼ同時に戦場に到達した。


「第四八遊撃戦隊に後れを取るな! 我々の為に大物が残っているぞ!」


 黄中佐が檄を飛ばし、八隻のH・U・ルーデル級駆逐艦が敵揚陸艦隊に襲いかかる。駆逐艦は艦隊戦序盤には対空迎撃を行う艦だが、艦隊戦の中盤から終盤に掛けてのフェーズでは、巡洋艦と共に敵艦隊へ切り込むことを求められる。その際は小口径のレーザーや荷電粒子砲ではなく、艦側面部に固定配置された、戦艦級に搭載されるような大口径電磁砲と、誘導弾や重魚雷で戦うのが駆逐艦の近距離戦闘スタイルだ。


「敵の土手っ腹に電磁砲弾を叩き込んでやれ!」



 一三時三二分

 インペラトール・メリディアンⅡ

 艦橋


 帝国側増援の到着より約一時間。戦闘は膠着状態となっていた。


「第四八遊撃戦隊、第五六九護衛隊はよくやってくれますね」


 戦況図を見ていたハーゼンバインが感心したように呟いた。


「鮮やかな近接戦闘の手際だな。さすが辺境部隊は実戦慣れしている」

「その通りね。近衛全艦、回頭一八〇度! 敵主力艦隊に対して迎撃態勢を取る!」


 柳井は戦況図上の友軍の動きを賞賛し、ベイカーもそれに同意だった。とはいえ、近衛艦隊も無傷ではない。戦力的に貧弱な防衛軍艦隊や交通機動艦隊をカバーするためにも戦力を割いており、無傷の艦はいない有様だった。


「敵主力の残存数は?」

「戦艦三、巡洋艦一〇、駆逐艦一二」


 当初の半数程度まで減らしたとは言え、それでも現在の近衛を圧倒できるだけの戦力が、敵主力には残っていた。これらの艦艇も、いよいよ揚陸艦隊へ攻撃を仕掛ける帝国側艦艇群を近距離戦で撃破しようという構えを見せていた。


「まともにやりあっては保たないな。アリー、全周波で回線を開いてくれ」


 柳井は作戦参謀の言葉と、自分の手元のモニターを見て決断した。


「何するつもり?」

「戦闘の帰趨は明らかだ。あと三時間耐えれば我々の勝利は目に見えているが、その時その場に我々が残っていなければ意味が無い。無駄な犠牲を出すこともないだろう」


 柳井は再びマイクを手に取り、敵艦隊へ呼びかけた。


『辺境惑星連合軍に告ぐ。すでに大勢たいせいは決した。我らが帝国軍第一二艦隊、帝国軍最強の艦隊の主力がまもなく到着する。我々ブルッフフェルデ防衛艦隊を未だに撃破し得ない状況での第一二艦隊主力の到着が、どういった結果を生じせしめるか、賢明な諸君ならば理解しているところだろう』


 柳井の再度の撤兵勧告を、真横で聞いていたハーゼンバインが驚いた様子で見ていた。


『諸君らが当初の目標に固執せず、軍事的合理性を保っているのならば、今はまさに撤退の好機である。願わくばこの場での無駄な戦闘を避け、撤退せよ。撤退の意思があるのなら、ぜひ申し出ていただきたい。我々はその選択を寛大な心で諸君らの背中を見送るだろう』


 柳井による撤兵勧告は、かつてラ・ブルジェオン沖会戦にて当時公爵で近衛司令長官を務めていたメアリーⅠ世が、敵に向かって言い放った言葉をなぞったものだった。


『それでも諸君らが戦いを望むのなら、我々は死力をもってお相手しよう。帝国宰相とその隷下部隊がいかに戦うか、その目に焼き付け冥府への駄賃としてもらう。以上』


 実際のところ、第四八遊撃戦隊と第五六九護衛隊、第七四電子戦隊の増援があったとはいえ、第一二艦隊基幹艦隊到着まで戦闘を行うのはブルッフフェルデ防衛艦隊にとってあまりに犠牲が大きく、壊滅的打撃を被ることも考えられる。つまり、余裕たっぷりに言って見せた柳井だが、実情はハッタリに近い。


「ちょっと義久」

「これで逆上するような指揮官が、情報戦も絡んだ今回の侵攻を指揮できるはずもない。ナンバーズフリートが来れば負けるというのは彼らも理解しているだろう。揚陸艦隊も半分ほど撃滅出来たし、陸戦で勝てる見込みが薄くなったとなれば撤退するはずだ。逆上したらしたで、付け入る隙もあるはずだ」

「だといいけど……」

「敵艦隊より返信。全周波です」

『こちらは辺境惑星連合軍、第九五一二突撃戦隊、司令官のスタニスラフ・アドリアーノヴィチ・ポズニャコフである』


 この戦闘が始まって、初めて辺境惑星連合軍の軍人が帝国側にも分かる形で姿を現した。


『現在戦闘を行っている全ての者に通達する。我が軍は、これ以上の戦闘を望まないという帝国側の申し出に対して寛大な心をもって受け入れ、人道に配慮することを優先し、平和裏にこの宙域を離脱する。全ての戦闘行為を停止せよ。辺境惑星連合同志諸君は、秩序をもってこの宙域より、我らが祖国へと凱旋する』

「凱旋、か。勝利としないと処罰の対象にもなりうる、と……直ちに砲撃停止、全部隊、敵艦隊から距離を取れ」

「全艦発砲停止! 警戒しつつ後退!」


 尊大な言い方は彼ら辺境惑星連合軍軍人にありがちなものだった。柳井はほっと息をついて、ベイカーに指示を出した。


「寛大な心って、敵が何を言っているのかよくわかりません……」


 寛大な心など持ち合わせているなら、そもそもテロで帝国臣民を巻き添えにするようなことをするな、とハーゼンバインは憤慨していた。


「言わせておけ……それに、私は現宙域からの撤退を勧めたに過ぎない」


 柳井の言葉の真意を理解したベイカーは、呆れたような溜め息をついた。


「第一二艦隊に、敵艦隊針路情報を送付しておくわ」

「頼む。特に電子戦部隊だけはなんとか捕捉撃滅しておきたい」


 柳井としては押っ取り刀で駆けつけている第一二艦隊にも仕事をさせてやろうという腹づもりだった。接近中の第一二艦隊からなら、撤退する辺境惑星連合軍の捕捉撃滅のほうが任務としては適している。


 電子戦装備は帝国、辺境惑星連合いずれにしても高価なシロモノであり、その運用スタッフも含めて貴重な軍事アセットの一つだった。


「敵艦隊、転進。星系外縁方向へと退避します。重力波反応増大。超空間に潜る模様」

「行かせてやれ。こちらも救難ポッド、損傷艦の救護を行いつつ後退しよう……辛勝だな……」

「義久、総司令官が戦闘後にそんな苦い顔しないで頂戴。帝国側文官トップとして、お言葉を頂戴したいのだけれど?」


 


 ベイカーに言われた柳井は、ハッとして表情を取り繕う。疲労はしているものの、ブルッフフェルデを守り切った達成感に笑みを浮かべる参謀達を前に、柳井はマイクを手に取り、こうべを垂れた。


「……皆、苦しい戦いだったが、ブルッフフェルデをよく守り抜いてくれた。陛下に成り代わり、この戦闘に関わった全ての者に対し、最大限の礼を送る。ご苦労だった」


 柳井の言葉で、書類上ブルッフフェルデ沖会戦と記されることになる戦いが幕を閉じた。帝国標準時およびブルッフフェルデ標準時一三時三九分のことである。


 帝国側の損害は、戦艦一、巡洋艦五、駆逐艦七、フリゲート一隻、戦闘攻撃機一二機が撃沈ないし撃墜。戦死者総数二六九七名、重軽傷者五九〇九名。


 一方帝国側による推定ではあるが、辺境惑星連合軍側は戦艦四、巡洋艦一〇、駆逐艦一四、大型揚陸艦五、小型揚陸艦一〇隻撃沈、戦死傷者総数は一万人程度と算出された。


 当初圧倒的優勢を誇った辺境惑星連合軍は、戦力に劣る防衛艦隊、特に近衛艦隊の突撃への対処に追われ、戦闘の主導権を奪われた状態が続いていたことが敗因と言える。なお、これについては政治将校が絡む意思決定の硬直化と遅滞が原因と帝国側では推測している。


 しかしながら、戦力総数に劣る帝国側は中途から増援を得たとはいえ、当初より戦い続けていた防衛軍艦隊、近衛艦隊などに大きな犠牲を被っており、あと数時間戦闘を長引かせていれば、その間に残存艦艇をさらに減らしていたことは言うまでもなく、柳井の言うとおり辛勝と言うべき結果だった。

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