第49話-⑨ 宰相兼臨時総司令官

 一〇時四四分

 超空間内

 インペラトール・メリディアンⅡ

 艦橋


「潜行完了! 浮上まで五分三四秒!」


 航海長の報告に、少しだけメリディアンⅡの艦橋の空気が弛緩した。


「揚陸艦隊を殲滅できれば敵の目的を頓挫させられる。ここが正念場ね」


 いかに技術が進歩しようとも、惑星や都市を制圧するには陸戦兵力の力が不可欠である。戦闘艦で輸送できる戦闘員の数などたかが知れており、帝国でも辺境惑星連合でも、それらの輸送には専用の揚陸艦が必要になることは変わらない。


 参謀達が浮上後の作戦行動に備えて詰めの議論をしている間、柳井はハーゼンバインが持ってきたコーヒーを飲んでいた。


「……落ち着いてるんですね、閣下は」

「そうか、戦闘中の私を見るのは初めてだったか、ハーゼンバインは。私の役目は大まかな方針決定とトカゲの尻尾、ハラキリ要員だ。戦はアリー達のほうが上手いからな。私がジタバタしたところで、何も変わらない」


 柳井は自席のディスプレイに超空間潜行直前の戦況図を映し出し、ハーゼンバインとビーコンズフィールド兵曹長がそれをのぞき込んでいる。


「ここで敵を退けられればもう四時間程度は持ちこたえる。敵の予備兵力次第だが、揚陸艦隊の護衛艦だけなら、防衛艦隊と交通機動艦隊だけでも対処できる。その間に近衛が本命の揚陸艦を叩き潰す。これはいい。その後が問題だ」

「敵主力もこちらを追ってきているのでは?」


 ハーゼンバインの言葉に頷いた柳井が、戦況図上の敵味方のシンボルを予想されるポイントに動かした。


「……タケミカズチの後退援護のおかげでどうにかなったが、敵主力と真正面から砲撃戦を続けるだけの力が、今の我々にあるかどうか」


 柳井は予想されるシナリオを選んでシミュレーションを開始させた。近衛を示すシンボルが追撃してきた敵主力の砲火で消滅する。


「揚陸艦隊の撃破に手間取れば、追撃してくる敵主力に鏖殺おうさつされかねない。もしくは、敵主力が揚陸艦隊を見捨ててブルッフフェルデ制圧に動くかも知れない。首都に軌道上から爆撃すると脅されれば、降伏せざるを得ないだろう」


 実のところ、ベイカーの立てた作戦はかなり希望的観測に基づいたものであり、柳井もそれを承知で承認していた。もっとも、脆弱な揚陸艦隊とその積み荷である数万の陸戦部隊の人員を見殺しにするとは思えず、またこれまでの辺境惑星連合軍の戦闘データを見る限り、援護に回る可能性は八割を下回らないとインペラトール・メリディアンⅡの戦術支援AIは算出していた。


「まもなく浮上ポイント! 緊急浮上用意! 浮上次第敵味方位置測定。重荷電粒子砲斉射用意!」


 インペラトール・メリディアンⅡと、先に離脱させた巡洋艦、駆逐艦部隊とは浮上タイミングに差がある。すでに他艦は作戦計画に基づいた戦闘状態にあるはずだった。


 艦体に掛かる潮汐力で数万トンの巨体のあちこちが金属の軋む音を立てる。やがて艦橋のメインスクリーンに、漆黒の宇宙空間、青く輝くブルッフフェルデ、そしてチラチラと輝く荷電粒子砲の閃光が見て取れるようになった。



 一〇時四九分

 ブルッフハーフェン自治共和国防衛軍

 旗艦クステート


「司令、敵揚陸艦が針路を変えました。モルトブルッフへの直接降下は断念した模様」

「まだだ! 敵護衛艦艇を排除して、揚陸艦を沈めない限りこちらに勝機は無いぞ! 押し込め!」


 艦隊参謀長のディポルト防衛軍少佐の報告に、艦隊司令官カナリッチ防衛軍准将が檄を飛ばす。新設間もない防衛軍、しかも防衛軍司令長官はテロにより爆死している状況下、弔い合戦という意味合いもあっただけに司令官以下士気は高かった。


「重力は検知、戦艦クラス、インペラトール・メリディアンⅡです!」

「来たか! これで近衛も揃って……もう一隻の戦艦はどうした?」

「タケミカズチの艦影は確認出来ません」

「そうか……」


 カナリッチは、顔も知らない僚艦の者達の戦死を一瞬悼むように目を伏せた。



 同時刻

 インペラトール・メリディアンⅡ

 艦橋


「敵揚陸艦隊確認! 味方艦隊と砲戦中! 近衛各艦とのレーザー通信回線復旧、すでに敵護衛艦隊と戦闘状態に入っているようです」

「艦長!」

「敵味方識別完了次第、攻撃を開始します」


 軍用回線すら敵の電子妨害で使えない状況下では、頼みの綱は各艦と直接情報をやりとりできるのは指向性が高いレーザー通信と電磁波帯域のマイクロ波通信のみだ。それさえも、戦闘機動を行う艦隊戦の最中では途切れがちで、普段の何倍もの時間を要して、敵味方識別が行われる。


 戦況図にポツリポツリと敵味方のシンボルが表示され、超空間潜行前のデータから更新されるのにおよそ三分を要した。


「敵主力の熱源はこちらに移動中。よかった、食いついてくれたか」

「良かったとも言っていられないわよ義久……大規模な爆発の痕跡がある。おそらく――」


 タケミカズチが沈んだ、と言おうとしたベイカーを、柳井は手で制した。あえて自明のことを今言うことはないだろう、と、柳井は目で訴えかけた。


「……ともかく、こちらの戦況予測は大当たり。敵は揚陸艦隊救援に動いてくれた。戦いはこれからよ」

「射線確保、重荷電粒子砲斉射用意! 撃てっ!」


 艦長の号令が響いた艦橋で、柳井は戦況図をジッと見つめていた。



 一一時三二分 

 第八惑星セルスニッツ近傍宙域

 第七四電子戦隊

 旗艦チャールズ・バベッジ


 第四八遊撃戦隊のブルッフハーフェン自治共和国到着から遅れること五〇分、第七四電子戦隊も星系外縁部にたどり着いていた。


 第七四電子戦隊は、東部方面軍に属する電子戦隊の一つで、アドミラル級の改修型であるケージントン級高速戦艦を改装した電子戦艦を旗艦としている。電子戦隊はその名の通り戦闘時における電子戦を担当する部隊で、旗艦である電子戦艦と搭載機の電子戦機、その護衛部隊で編制されており、チャールズ・バベッジの周囲にも四隻の駆逐艦が展開していた。


「遊撃戦隊からの情報共有。五〇分前のデータです」

「リカルド准将は、ブルッフフェルデはまだ陥落していない、と推測したようだ」


 第四八遊撃戦隊司令からのメッセージを受信したチャールズ・バベッジの艦橋では、戦隊司令の松本凉子大佐が参謀から受け取った電文の内容を読み取っていた。


「だからこそ、我々がこうやって易々と星系内に忍び込めたわけですが」


 ブルッフフェルデを陥落させたのなら、敵は来襲する帝国軍を迎撃するために星系外縁方向の警戒を強化する。敵主力部隊が外縁部に居ない以上、まだブルッフフェルデ防衛艦隊との戦闘を続けていると見るのが妥当だと、松本大佐も判断した。


「ブルッフフェルデ近傍の戦闘を援護すると共に、ブルッフハーフェン自治共和国に対する電子戦を解除する。対抗電子戦用意! ET&T通信網へ接続、電子戦機を展開させろ!」


 敵はブルッフハーフェン自治共和国に何事かの動乱が起きていないことを装い続けるために、常に全周波の回線を開いている。通信封鎖を行われているとシステムへの侵入が困難だったが、今の状況は電子戦隊にも有利だった。


「司令! 近傍に浮上する物体あり!」

「迎撃用意! 突発的な砲撃戦に備えろ!」


 チャールズ・バベッジ自体は最低限の対空・対艦兵装を残して武装は大幅に減らされており、護衛も駆逐艦四隻。まともな戦闘部隊とやり合うほどの戦力は無い。


「発光信号! 味方です。第五六九護衛隊です!」

「ちょうどいいタイミングだ」



 同時刻

 第五六九護衛隊

 旗艦カランジディ


「大型艦確認!」

「いや、あれは味方だ」


 第五六九護衛隊は駆逐艦で編制された帝国軍による航路の安全確保のための部隊で、航路上に現れる辺境惑星連合軍の小部隊や海賊行為を働く不審船舶の掃討を行う。大規模戦闘時にはナンバーズフリートに編入され、それらの駆逐艦隊と合同で戦闘することもある。帝国国境宙域の平和を守るのは、実際には彼らのような小規模部隊である。


「第七四電子戦隊です。旗艦チャールズ・バベッジが出ます」


 護衛隊司令の黄賢姫中佐は、画面に映った電子戦隊司令に敬礼した。


『ご苦労だった、黄中佐』

「松本大佐もお元気そうで。我らがリカルド准将は先行した様子ですな」

『血の気が多いのは昔からだな』


 帝国軍辺境部隊である第四八遊撃戦隊、第七四電子戦隊、第五六九護衛隊は以前から共同作戦をとることも多く、また彼女達とザマリ・リカルド准将は国防大学の先輩後輩の立場にあった。


「第五六九護衛隊には遊撃戦隊に続いて、ブルッフフェルデ近傍で行われている戦闘を援護してもらいたい』

「はっ。電子戦隊からの援護も期待大でありますが」

『期待に添うよう努力しよう』



 一一時四二分

 第七四電子戦隊

 旗艦チャールズ・バベッジ


 第五六九護衛隊が再び超空間潜行に入るころには、すでに電子戦の効果が出始めていた。


「司令、ブルッフハーフェン防衛軍の軍用回線、敵システムからの掌握を脱しました」

「よし、直ちに現地部隊との情報共有を開始! 軍用回線をバイパスして民間回線の奪還を行う! 第一二艦隊電子戦隊の支援を要請!」


 これにより、ブルッフハーフェン自治共和国、少なくとも防衛軍回線を利用できる部隊や人員には、約一二時間ぶりに周辺状況が共有され、すでにブルッフフェルデへ向けて第四八遊撃戦隊、第五六九護衛隊が向かっていること、第七四電子戦隊により星系内の通信網の復旧を試みていること、第一二艦隊基幹艦隊が、あと五時間ほどで到着することなどが伝えられた。


 また、軍用回線さえ使えれば帝国領土中、この場合は接近中の第一二艦隊基幹艦隊擁する電子戦隊も超高速軍用回線経由で電子戦を行える。ようやくブルッフハーフェン周辺での電子戦での優勢を、帝国が取り戻した形になる。


「本当にブルッフフェルデはまだ持ちこたえていましたね……これだけの辺境、戦力差で、よく士気が維持できたものです」


 電子戦主任参謀のエマニュエル・アヴランシュ少佐が、驚いた様子で戦況図を見ていた。帝国ではこの一〇〇年だけでも一〇個の惑星を辺境惑星連合軍に制圧され、その後奪還することに成功している。いずれも人口が極めて少ない植民を開始したばかりの惑星であり、小規模な陸上戦闘を行うことで解決はしてきた。しかしブルッフハーフェンについては手口といい投入戦力といい、データだけなら国防省のメインコンピュータであるマルスが敵による制圧シナリオを真っ先に算出するものだったし、再制圧のための作戦は更に大規模にならざるを得ない。


 帝国軍ができるだけ惑星防衛における地上戦を避けようとするのは、地上戦が軍民問わず膨大な人命と資源の浪費、そして苦労して開発した市街地を壊滅状態に追い込むことを意味していたからだ。


「確かに、政府首脳がほぼ全滅したにも関わらず、暴動一つ起こさないとは……現地政府の手腕か、それとも……」


 松本大佐は、電子妨害の影響で断片的になっている報道映像を見ていた。帝国宰相柳井義久。辺境勤務の松本も、さすがに自国の高官の顔くらいは覚えている。自治共和国市民に対する真摯な説明と徹底抗戦の檄、それに辺境惑星連合の情報戦部隊への対抗言論などは、情報戦も職掌として担当する電子戦隊指揮官である松本をして驚かせた。


 手法としては典型的なディスインフォメーションに対する初歩的で基礎的なもので、正確な情報発信を心がけているにすぎないが、初歩であり基礎だからこそもっとも難しい部分だった。


「皇帝陛下の重臣としてのネームバリューを最大限活用していますね。陛下に対する臣民の信認あればこそ、宰相閣下の言葉に真実味がもたらされるわけですが」


 少佐の言に松本大佐も同意した。いかに真実を発信し、正しい情報を広報しても、聞く者が発信者に対して信頼を置かない限りはなんの意味も無い。その点、ブルッフハーフェン自治共和国政府の発信は柳井を通して帝国皇帝のお墨付きだから、帝国臣民である自治共和国市民に対しての影響力は大きい。


「これでは自治共和国政府が降伏しようにも、市民が熱狂して降伏できないか。いや、政府も宰相閣下の言葉に乗せられたと言うべきか」


 いわば、柳井は自治共和国政府と市民を扇動したのである。勝てる戦ならともかく、そうでなければ非道のそしりは免れない。賭けだったのだろうと松本大佐は推測していた。


「大佐、お声が大きいのでは」


 アヴランシュ少佐は、上官の露骨な言い草を耳にして、さすがに小声で諫めた。


「なに、宰相閣下が噂通りのお方なら、肩をすくめて笑って済ませてくれるだろう」


 柳井が松本大佐の見立て通りの男であることは言うまでもない。情報を扱う将校として、彼女の人間分析眼は確かなものだった。


「そういうものですか……ともあれ、これでようやく艦隊戦では互角、でしょうか」


 主任参謀の言葉に、松本は頷いた。


「超々距離砲撃にしても、部隊間の連携にしても、通信やセンサー群の高度な活用が求められる。今まで熱紋とレーザー通信、光学照準で闘っていたわけだから、これが元に戻れば戦闘は優位に進められるはずだ」


 現用艦は個艦のシステムを僚艦や旗艦、司令部、戦場に展開した電子戦機や衛星とリンクさせることで複雑な戦術を実行している。至る所で通信が寸断され、特に超空間回線が使えないようでは、戦闘を行うのも一苦労だった。



 同時刻

 インペラトール・メリディアンⅡ

 艦橋


「通信回線回復! 各艦隊情報連携システム復旧しました!」


 停止していた戦術通信・情報連携システムが突然復活したメリディアンⅡ艦橋で、情報参謀が叫んだ。帝国中央からブルッフハーフェンに至る全ての宙域の部隊との通信が復旧し、部隊配置が更新され、各艦のリンクも可能になった。


「敵の工作ではないのか? メインフレーム内セキュリティチェック!」


 ベイカーが緊急対応を指示する。今まで自動防御や手動防御で対処できていた艦本体システムへの敵によるクラッキングが成功すれば、負けは明らかだった。


「いえ違います。第七四電子戦隊が電子戦を開始! 現在軍用回線は復旧。現在民間回線の奪還を行っている最中とのこと。すでに第四八遊撃戦隊、第五六九護衛隊がこちらに向かっており、第一二艦隊基幹艦隊もまもなく本星系到着とのこと!」

「閣下!」


 情報参謀の報告に、ベイカーの顔にも笑みが浮かんだ。


「これで状況は一変する……地上でもこの情報は見られているだろうか?」

「おそらく」


 柳井は我知らず、舷窓――を模したモニター――から見えるブルッフフェルデのほうを見ていた。

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