第49話-⑧ 宰相兼臨時総司令官
一〇時一二分
ブルッフハーフェン自治共和国
首都星ブルッフフェルデ
センターポリス近郊 テンダール鉱山
臨時危機管理センター
「戦況はどうなっている?」
「以前、膠着状態です」
ルブルトン子爵の問いに、バヤールが答えた。バヤールは慣れない帝国軍仕様の戦術情報システムを操作して、戦況図を表示させた。
「……これで膠着、なのか?」
「はい。これが戦闘開始時、こちらが現在の戦線。いずれも持ちこたえています」
本来なら帝国領全域の部隊配置も閲覧できるはずのシステムが、今はブルッフハーフェン自治共和国領域しか表示していない。外部情報が取得できず、どの部隊の情報も昨日の敵電子妨害開始直前の状態で止まっている。
再びバヤールの操作で表示されたブルッフフェルデ周辺の戦況図は、ルブルトンから見ればもはやこれまで、と言いたくなるような状況に見えていた。
リアルタイムで更新されている戦況図上では、柳井が乗るインペラトール・メリディアンⅡ以下近衛艦隊が、戦況図上ですら分かるくらいの高速機動をしながら敵艦隊を攻撃している様子が映し出されていた。
「宰相閣下のご無事が分かればそれで十分だ、とは言えないが――ジェラフスカヤ君、街の様子はどうだ?」
ちょうど市街地を視察してきたジェラフスカヤが戻ってきたので、ルブルトンは状況を聞くことにした。
「今のところは平穏ですが……内心まではわかりません。いつ爆発するとも分からない風船のようなものです」
「民心は風に吹かれて流れやすいからな……」
一般の臣民が聞けば眉をひそめたくなるだろうが、帝国官僚による帝国一般臣民を例える表現として風船、というものがある。
この風船には様々なものが詰め込まれる。政府や政治家、役所への不満はその最たるものだ。今、ブルッフハーフェン自治共和国の民の風船には不安と猜疑心が絶え間なく注入されている。風船は大きくなればなるほど風の影響を受けやすく、あらぬ方向へ転がり出すかもしれないし、破裂するかも知れない。それも、ちょっとした刺激で。
「幸い、戦闘が始まってから敵軍によるプロパガンダ放送が止まっています。政府広報を専用チャンネルで配信しており、テロ被害の復旧やら何やらも順調です」
柳井の指示で、自治共和国政府はともかく小まめに情報発信を行っていた。さすがにマスコミ取材陣も聞くことがなくなる位には回数を増やし、妙なデマを先回りして叩き潰していく。
「あとは帝国軍が来てくれることを祈るしかあるまい。ロベール君、そのあたりはどうかな」
「通信は以前不通ですからね……戦闘中の混乱を突いて、高速艇で星系外に出てみましょうか?」
「それは危険です!」
ロベールは自らその役を買って出るつもりでいたが、バヤールに止められた。
「敵は全戦力を今の戦場に投入しているわけではありません。多分、包囲網を形成する別の部隊が居るはずですから」
一〇時二一分
第八惑星セルスニッツ近傍宙域
帝国軍第四八遊撃戦隊
旗艦トーキョー・シティ
第四八遊撃戦隊は東部方面軍に所属する小部隊で、ナンバーズフリートではカバーできない宙域の警戒監視を主任務としている。皇帝直々の出動命令にブルッフハーフェンへ急行し、ようやく自治共和国内最大の
帝国軍編制では巡洋艦四隻と駆逐艦八隻で一個遊撃戦隊が構成されており、現在ブルッフハーフェン自治共和国が置かれている状況を考慮すれば少数の増援ではあるが、戦隊司令ザマリ・リカルド准将以下、ブルッフフェルデ出身の将兵が多く、故郷の防衛とあっては否が応でも士気は上がるというものだった。
「全艦浮上完了。星系内通信網、情報通り掌握されたままのようです。天象局は通常通りのメッセージを発するだけです。航路保安庁の交通管制もですね」
戦隊参謀のマディソン少佐が報告すると、リカルド准将は苦い顔をしていた。
「外から見ただけでは気付かんな……ニュースネットワークまで偽装できるとは、膨大な電子戦能力だな」
「数さえそろえればできることですが、実行に移すのは初めて見ました……司令、敵艦です。数三、フリゲートと思われます!」
「気付かれたぞ! 咄嗟射撃用意!」
マディソン少佐が叫ぶと同時に、トーキョー・シティ艦長のキャットマン中佐が叫ぶが、第四八遊撃戦隊からの砲撃が届く頃には、辺境惑星連合軍艦は超空間奥底へと消えていた。
「ピケット艦に気付かれたか……外部への警戒が手薄、ということは、彼らは封鎖線を担当していたのかもしれません」
マディソン少佐の分析に、リカルド准将は頷いた。
「全艦、準備でき次第再度超空間潜行! 目標ブルッフフェルデ! 宰相閣下らが今も必死で防衛戦を維持しているはずだ! 敵はまだ、ブルッフフェルデを掌握していない!」
「護衛隊と電子戦隊の到着は待たないのですか? 」
遊撃戦隊も護衛隊もいずれも打撃力ではナンバーズフリートを下回るし、ブルッフフェルデ防衛艦隊と比べても見劣りはする。電子戦隊は電子戦専門の部隊で、直接の打撃力は貧弱だった。
「まだ到着していないのか?」
「少なくとも、現宙域にはいません」
「ならば我が隊は先行する! 万が一のこともある。我らが宰相閣下とブルッフフェルデの盾となる覚悟で行く!」
「はっ!」
リカルド准将の指示に、艦内は色めき立った。帝国皇帝の重臣中の重臣である宰相を守る栄誉というのが、帝国軍人に存在する証左だ。
「念のため、情報発信用のブイを出しておこう。後続部隊と同士討ちだけは避けねばな」
同時刻
インペラトール・メリディアンⅡ
艦橋
「左舷に被弾! 損害不明!」
「ダメージコントロール! 第五から第八ブロックを放棄する! 負傷者の移送急げ!」
インペラトール・メリディアンⅡは近衛艦隊の先鋒として幾度も突撃を繰り返していたが、さすがに敵の注意を引きすぎた。しかも宰相が乗っていると判明している以上、辺境惑星連合軍の最優先目標になっている。
副長が応急修理を指揮している間も、ブロックマイアー艦長の指揮が飛び続ける。
「主砲は敵戦艦を! 副砲は接近する敵小型艦を! 誘導弾は自立誘導でばら撒け! 積んでおいても誘爆されるだけだ!」
普段は温和な女性に見える艦長も、戦闘指揮はさすがメアリーⅠ世仕込みの近衛と言った猛々しさだ。司令官席に収まった柳井は、戦況図に目を移す。
今のところ、敵艦隊は未だに近衛艦隊を執拗に追い回している。同航戦から互いの頭を抑えようと転舵を繰り返し、ブルッフフェルデ衛星軌道上で亜光速の荷電粒子の束と鉄鋼榴弾をぶつけ合い、誘導弾が互いの艦列の間で迎撃の砲火を受けて炸裂する。
無論、近衛を放置した状態で敵艦隊は惑星への降下揚陸作戦を実行できる。その後背後から攻撃を受けてもいいのであれば、だが。
ブルッフフェルデの最終防衛ラインに位置する自治共和国防衛軍、交通機動艦隊の艦隊は、敵別働隊を警戒して温存されているし、いざ揚陸戦となれば、ベイカーは損害を顧みず、揚陸艦隊への挺身攻撃も辞さない覚悟だった。
「義久、そう何時間も支えられないわよ」
「分かっている」
今は近衛艦隊が敵の攻撃の大部分を吸収しているから持ちこたえているとは言え、逆に言えば、近衛が倒れれば防衛線は崩壊しかねない。戦闘継続が難しくなるのも時間の問題だった。ベイカーの言葉に、柳井も残りの戦闘継続可能時間を考えていた。
「……指揮座を地上に移すことを、近衛参謀長としては提案したいのだけれど」
「却下だ」
この艦を退去しろ、と遠回しに言ったベイカーに、柳井は首を振った。
「そう言うと思ったわ……ここで宰相だけ逃げたら、士気に影響があるし政治利用される、と」
「さすがアリーは理解が早いな」
「茶化さないでちょうだい。しかし近衛の事実上の責任者として、皇帝陛下の重臣を道連れになどできないわ」
「戦線を下げてでも、戦線を維持し続けて貰う。これはこの作戦の絶対条件だ」
ベイカーの言葉にも、柳井は眉一つ動かさなかった。
柳井の指示は、ある意味で突撃よりも苛烈だった。いつ来るとも知れない増援を待ちながら闘うのは、あまりに将兵への心理的、肉体的負担が大きいからだ。
「敵の増援、L4に出現! 敵編制は大型揚陸艦一〇、中型揚陸艦二〇、巡洋艦五、駆逐艦八!」
作戦参謀の報告に、柳井は戦況図を指さした。分散して索敵に当たっていた部隊からのレーザー通信で捉えられた敵部隊は、惑星上を制圧するための陸戦兵と戦闘車両、航空機を満載した揚陸艦隊だった。
「ようやくお出ましか。アリー、あれを撃破できれば当面の危機は去ると思うが?」
「簡単に言わないでちょうだい」
溜め息交じりに言うベイカーだったが、柳井の指摘そのものは的を射たものではある。ベイカーは、ここまで温存されてきた虎の子である防衛艦隊を投入する決断を下した。
「防衛軍艦隊と交通機動艦隊を出して、敵揚陸艦隊を迎撃させます。我々近衛も、敵揚陸艦隊を撃破するため転進します」
「背後を襲われては不利になるのでは?」
「短距離潜行により一気に距離を詰めます」
現在戦闘が行われているブルッフフェルデ近傍宙域は、直径一〇〇〇キロメートルと小さいとは言え二つの衛星と、〇・八九地球質量ほどのブルッフフェルデが織りなす複雑な重力場を形成している。短距離潜行は危険を伴う行為だった。
「承認する」
柳井の回答は簡潔だった。
「防衛艦隊に穴蔵から出てこいと伝えなさい! 巡洋艦、駆逐艦は回頭一八〇度! 直ちに潜行、浮上宙域は敵揚陸艦隊近傍!」
レーザーにより送信された作戦案に従い、ブルッフフェルデ衛星軌道上に布陣していた防衛軍艦隊と交通機動艦隊が最大加速で敵揚陸艦隊へ向かう。これを見れば、揚陸艦隊は一時進軍を停止して、迎撃か回避かいずれかを選択することになる。
一方、近衛艦隊は敵艦との同航戦を切り上げ、一斉回頭を行う。
「敵艦からの砲撃!」
「回避するな! とっとと潜ればいい!」
ベイカーもそれが簡単なことではないことは承知していた。超空間潜行は選考開始宙域、浮上宙域の重力場データを詳細に分析して行う必要がある。潜行し終えるまでは無防備に慣性航行することになる。姿勢を変えると、潜行時に艦構造材に掛かる力に不均衡を生じ、空中分解しかねないからだ。
「艦長、本艦とタケミカズチは他艦の潜行まで援護。いいわね?」
「はっ!」
敵艦隊は、近衛の動きが撤退や戦線の再構築ではなく、到着した揚陸艦隊への襲撃だと分かっている。反転した近衛艦へ一斉に襲いかかろうとする。
「敵艦隊の追撃を食い止める! 重荷電粒子砲用意!」
その敵艦隊の前に立ち塞がるのは、すでに十分その能力を示しているインペラトリーツァ・エカテリーナ級の二隻である。それでも、敵艦隊の砲撃を全て防げるはずもない。
「駆逐艦エレクトラ、轟沈!」
この戦闘が始まって、初めての戦没艦が出た。近衛駆逐艦エレクトラは、当代皇帝メアリーⅠ世が近衛司令長官を拝命するよりも前から配属されており、常にインペラトリーツァ・エカテリーナを、この場においてはインペラトール・メリディアンⅡを守り続けてきた武勲艦であった。
「巡洋艦アイゼンシュタット、クラーゲンフルト、リンツ、ザンクト・ベルテン、潜行しました。続いてザルツブルク、グラーツ、インスブルック、ブレゲンツ、潜行します」
「駆逐艦アルキオネ、アトラス、マイア、メローベ、潜行完了。プレイオネ、アステローペⅠ、アステローベⅡ、潜行完了」
犠牲は出たものの、近衛艦隊は迅速な艦隊行動でその場から逃れた。
「艦長、本艦も続航! 直ちに敵揚陸艦隊襲撃に向かう!」
「はっ! 全艦急速潜行準備! 後ろに構うな!」
しかし、これを見逃す敵艦隊ではない。新鮮な獲物を取り逃がした後、最後に残った大物に群がってくるのは必然だった。大型艦は潜行にも時間がかかる。艦の重量バランス、各ベクトルの速度、装甲の状態などを艦メインフレームが算出して、適切な潜行を行うための準備が必要だからだ。
「艦長! タケミカズチ、続航しません!」
索敵士官の報告に、柳井は戦況図を拡大した。インペラトール・メリディアンⅡと共に味方の援護に当たっていたタケミカズチは、反転したインペラトール・メリディアンⅡには続航せず、その場に留まって敵艦隊の前面に進出しているように見えた。
「信号が見えていないのか!? ボアソナード艦長に再度後退を――」
ブロックマイアー艦長が再度後退信号の送出を命じようとしたときである。
「タケミカズチより近距離通信!」
電子妨害のせいでブロックノイズだらけの画面と、ぶつ切れの音声がインペラトール・メリディアンⅡの艦橋メインスクリーンに投影された。
『――でに本艦は、損傷も大きく続航不――』
艦長のボアソナード近衛大佐自身も負傷し、さらに艦橋で火災も起きているのが見て取れた。
「艦長! 戦線離脱を許可する! 本艦のことはいい!」
ベイカーがマイクを取るが、果たしてそれが届いているのか居ないのか、とうのボアソナード艦長にしか分からないことだった。
『本艦は――でメリディアンⅡの援護に――――帝国万歳! 皇帝陛下万歳!』
言い切ったところで、艦長は見事な敬礼をした。柳井、ベイカー、ブロックマイアー艦長はそれぞれ答礼をしたが、やはり、ボアソナード艦長にそれが届いたかは定かではない。ただ、ボアソナード艦長は通信が途絶する直前、わずかに口角を上げていたように、柳井には見て取れた。
「艦長、潜行準備整いました」
「直ちに潜行!」
長い惑星間ガスの励起光を放ちつつ、インペラトール・メリディアンⅡの巨体が超空間に沈む間も、タケミカズチは敵艦からの砲撃を受け止め続け、衰えを知らない火線を放ち続けていた。
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