第49話-⑦ 宰相兼臨時総司令官

 六時一五分

 インペラトール・メリディアンⅡ

 艦橋


「宰相閣下。全軍、戦闘準備整っております」


 ブルッフフェルデを守る統合任務部隊の長として、艦隊総指揮権を預けられたアレクサンドラ・ベイカー侍従武官長兼近衛参謀長が柳井に敬礼した。インペラトール・メリディアンⅡの艦橋は、孤立したブルッフハーフェン自治共和国においては帝国全軍の総司令部である。


「わかった。敵の状況は?」


 司令官席に収まった柳井に、ベイカーが宙域図を前に説明した。一応、この件を公文書に記載する際の柳井の立場は、集成第一艦隊司令長官である。


「不明です。ただ、先ほどから電子妨害の強度が上がっており、もうそろそろ来るのではないかと」

「対抗電子戦は?」

「出力が桁違いです。現有戦力で対処は不可能と判断します。地上の守備軍、危機管理センターとの通信は確保しております」

「仕方ない。どのみち敵はこちらの前に姿を現さねばならない。正面からの殴り合いなら勝機はある」


 防衛艦隊側にとって幸運なのは、敵の目標がこの惑星ブルッフフェルデを奪取することにあった。つまり、敵に背を向けて地表に降下することはできない。これはラ・ブルジェオン沖会戦の時と同様の状況である。ただし、今回は帝国軍の来援がいつになるかは分からない。


「すでに第一衛星シュタインロットⅠ、第二衛星シュタインロットⅡ、センターポリス周辺に防空師団が展開。対空電磁砲陣地を構築済みです。また、軌道上の鉱山小惑星、工場船などを徴発済みで、これらも移動して艦隊の防御壁として使用しています」


 これもラ・ブルジェオン沖会戦の際と同様である。


「戦術データリンクは維持できるのか?」

「レーザー通信ならなんとか。電磁波帯域と超空間通信は依然として不調。敵のジャミングです」


 これにはベイカーではなく艦隊の通信参謀が答えた。


「我が方は本艦以下戦艦二隻、巡洋艦一二隻、駆逐艦三〇隻、フリゲート四隻、対空電磁砲四個大隊、戦闘衛星一二基が迎撃態勢を取っております。攻撃機三二機とフリゲートは偵察隊として運用しています。陸戦隊はかき集めて一個師団ですが、これは地上の防衛および治安維持に充てています。」

「どのみち地上戦になればこちらの負けだ。帝国軍は必ず動く。来援が来るまでこの戦線を維持するだけで、我々は盤面をひっくり返せるぞ」


 確信を持って柳井は言う。艦橋のクルー達の顔にも笑みが浮かぶが、果たして柳井自身、この言葉にどれだけ真実味があるのかいまいち自身を持てていないが、実質上の為政者として不安をおくびにも出さない程度の腹芸はできる。


「だけ、とはね。義久はいつも軽く言うんだから」


 ベイカーが呆れたように小声で言うが、笑みを浮かべていた。


「大規模な重力波変動を検知! 敵艦隊が超空間から浮上します!」

「全周波で通信。敵軍のものですが」

「スクリーンに出しなさい」

「はっ」


『ブルッフハーフェン自治共和国の皆さん。私たちの放送はお聞き頂けましたか? 帝国の来援が来るまで支えると畏れ多くも宰相閣下が仰っておりましたが、無意味なことです。この星系は我々の完全な包囲下にあります。あらゆる抵抗は無意味です。我々と共に未来を歩むことが皆さんの幸福に繋がるのです。防衛艦隊の皆さんも、武器を収めてください。私たちは殺し合う必要がありません』


 放送を見ながら、ふと、柳井はいたずら心にも似た感情が湧いた。


「全周波で回線開け。今なら通信封鎖を解除しているはずだ」

「義久、何する気なの?」

「ちょっとした揺さぶりを掛けてやろうと言うだけのことさ」


 マイクを手に取った柳井が、やや嘲笑を込めた調子で話し始めた。


「辺境惑星連合の諸君、ご高説恐れ入る。その無駄な抵抗を呼びかけている宰相閣下こと、柳井義久だ。そちらの女優さんの演技はとても素晴らしかった。今晩食事でもどうかな?」


 その瞬間、辺境惑星連合軍への帰順を呼びかけていた女性の動きが一瞬止まった。困惑にも似た表情は、一瞬で元の微笑に置き換わる。


『宰相閣下のお出ましとは恐れ入ります。お褒めにあずかり光栄ですが、演技というなら閣下の演技も素晴らしいものですね。私はこの通り、実体を持つ人間です。帝国軍が動いていないことをご存じないので?』

「なるほど、私の自動生成映像を垂れ流していたから、てっきり彼女も人工生成物かと思ったら実体があるようでなによりだ。生放送とは恐れ入る」


 柳井がマイクパフォーマンスをする間にも、防衛艦隊は迎撃態勢を整えつつあった。柳井の通信は時間稼ぎだと、ベイカーは分かっていた。


「我らに恭順を求めるならば、なぜテロなどと言う非合法行為によってこれを為そうと考えたのか。私や政府首脳を殺すのならもっと簡単な手があったはずだ」


 柳井の口撃は激しさを増す。


「ホテル・トライスター・ブルッフハーフェンの死者は八六人にも及び、自治共和国政府合同庁舎ビルだけでも三〇〇人近い死者と一〇〇〇人に及ぶ重軽傷者が出た。センターポリス全域になればこの一〇倍に達する犠牲者が出ている。彼ら彼女らには家族や恋人、友人、親やきょうだいが居たはずだ。あなた方は口で言うほど我々帝国人の共感を期待していないのだろう。だからこのような手段が取れる。親兄弟が殺されて、なぜあなた方の軍門に下れるというのか」


 画面の向こうの女性は何事か喋ろうとしていたが、柳井はそこに被せるように続ける。こういう事態は想定して原稿を作っておくべきだ、と柳井は喋りながら嘲笑った。


「筋道から言えば、我々に恭順や融和を期待するのなら外交使節を送り、対話により為すべきではないのか。我々が真の平和を築くためには砲火を交えずに話し合いをすべきなのだ。綺麗事と言われようが構わない。あなた方はやり方を間違っている! 帝国は辺境惑星連合の諸君との対話の窓を閉じているわけではないが、連合が窓から声を掛けず、壁を壊して入ってくるのであれば、それ相応の対処をする。帝国が寡兵でどのように闘うか、その目に焼き付けるがいい」


 柳井の反撃に、辺境惑星連合側の放送がいったん中断され、同時に全周波帯に対する妨害が再開された。


「喋りすぎたか」

「さあ、どうでしょう」


 柳井に問われ、横に立っていたハーゼンバインは首を傾げた。


「敵艦とおぼしき熱源、急速接近! 戦艦、巡洋艦を含む敵打撃集団と推定!」

「全軍、三号作戦案に従い、迎撃を開始せよ!」


 ベイカーの号令で、ブルッフフェルデ防衛艦隊が一斉に攻撃を開始した。


「ハーゼンバイン、席に着いていろ。シートベルトも締めておけ」

「は、はいっ、しかし」

「忘れたのか。陛下が仕込んだ近衛の戦闘機動だぞ」


 柳井にそう言われて、ハーゼンバインは慌てて柳井の後方にあるオブザーバーシートに着いた。


「艦長! 艦の指揮は任せる!」

「承りました、侍従武官長閣下!」


 ベイカーの指示を受けたインペラトール・メリディアンⅡ艦長のブロックマイアー大佐が応える。


「全艦最大戦速! 取り舵一杯、艦首を敵艦隊へ! 重荷電粒子砲発射用意!」


 防衛計画三号作戦案――それは近衛艦隊分遣隊を主力とした防衛作戦案であり、近衛艦隊による機動防御と、その他の艦による持久戦を組み合わせたものだった。


 アレクサンドラ・ベイカー近衛軍参謀長兼侍従武官長が立案したこの作戦案では、近衛艦は敵艦隊への肉薄攻撃を行う事になる。それも、柳井を乗せたままだ。


「目と耳が塞がれたらどうするか。簡単なことで近づいて剣を振るえばいい、と……乱暴な作戦だ」


 作戦を承認した柳井自身も無茶な作戦だというのは百も承知だった。戦艦級が比較的豊富だったラ・ブルジェオン沖会戦と比べて、今回はあまりに戦艦が少なく、打撃力として動き回らなければ戦線を維持できない、というのがこの作戦を立案した参謀の意見だった。


「敵構成、戦艦八、巡洋艦一六、駆逐艦二〇!」

「揚陸艦は居ないか……! 敵情を僚艦に共有! タケミカヅチはどうか?」


 この宙域に展開する数少ない帝国側の戦艦であるインペラトール・メリディアンIIと同級艦のタケミカヅチは、近衛の先鋒として最大加速をかけて敵艦に突撃を開始している。


「射撃用意よしとのこと」

「重荷電粒子砲、撃てっ!」


 帝国軍戦艦級には標準装備の重荷電粒子砲だが、インペラトリーツァ・エカテリーナ級では従来艦の倍の四基に増設され、出力も大幅に向上している。


 力任せに防御シールドを撃ち破った荷電粒子ビームの濁流の中で、数隻の敵艦が星間物質へと還元された。


「巡洋艦三、駆逐艦六撃沈!」


 索敵担当の士官の声に、柳井は場違いな感動を覚えていた。


「さすがは強化型の重荷電粒子砲だ。アドミラル級までは防がれて有効打を与えられなかったからな」

「感心している場合ではないと思いますが……」


 柳井の護衛としてそのまま艦橋にいたビーコンズフィールド兵曹長が、冷静に指摘した。


「針路そのまま! 全艦各個砲雷撃戦はじめ!」

「敵艦隊より反撃!」

「構うな! このまま敵艦隊後方に回り込む!」


 重力制御や慣性制御で相殺できない揺れが艦橋を襲う。敵艦隊はありったけの砲火を接近する近衛艦に向けていた。


「敵の打撃集団を拘束できれば、揚陸艦隊相手なら他の部隊で対処できるとはいえ……!」


 激しい揺れに座席のアームレストを掴んでいたハーゼンバインの呻きにも似た声に、柳井は手元のモニターに投影された戦況図を見つめた。



 八時一二分

 帝都 ウィーン

 ライヒェンバッハ宮殿

 樫の間


「陛下、帝国軍各部隊からの定時報告で――」


 シェルメルホルンが樫の間の扉をノックも無しに開けて入室すると、皇帝は軍服とマントを脱ぎ捨て、ワイシャツ姿でソファに横たわっていた。


「ん……仮眠のつもりが寝過ぎたか。どうしたの?」

「帝国軍のブルッフハーフェン救援部隊から定時報告です。最短で到着するのは第四八遊撃戦隊と第五六九護衛隊、ブルッフハーフェン到着はあと三時間ほど要するとのこと。第七四電子戦隊もほぼ同様。第一二艦隊基幹艦隊はあと八時間は掛かる模様です」


 シェルメルホルン伯爵の報告に、皇帝は溜め息をを付きながら眠気覚ましに温くなったコーヒーを飲み干した。


「帝国軍情報部が敵の動向を掴むなり、せめて爆発直後に気づけていれば、ブルッフハーフェンをここまで孤立させなかったわけね」


 一〇時間無駄にした、という皇帝の評価は妥当なもので、敵の情報操作に気付いて動けていれば、帝国軍はブルッフハーフェン周辺に大兵力を配することが可能だった。


「はっ……申し訳ありません」

「別にサラを責めてるわけじゃないわ。まあ文句を垂れてもしょうがない。宰相閣下が戦線を維持して、帝国軍来援までの間にしるしをあげられてないことを祈りましょう」

「しかし、現地の戦力は少数です。宰相閣下の供奉艦隊として近衛を少数付けはしましたが……」

「柳井のことだから、放っておいたら民間航路で一人で行ってたわ。サラ、あなたのおかげで多少時間稼ぎが出来そうよ」


 皇帝の言うとおり、シェルメルホルン伯爵が柳井に近衛艦を連れて行くようにと進言しなければ、ブルッフハーフェン防衛軍単独で敵と対することになっていた。樫の間の二人が知るわけもないが、この間もブルッフフェルデ周辺では激しい艦隊戦が行われている。



 八時三〇分

 黄檗の間


『ブルッフハーフェン自治共和国では、今日建国式典が執り行われる予定です。会場となるモルトブルッフ記念公園では、多くの市民が集まり、式典の開始を待っています』

「状況が判明してしまえば、こんなに白々しい画もないな。そうは思わないか事務局長」

「しかし、帝国数千億の臣民で、辺境にある自治共和国のニュースを真剣に見ている人間など限られています。横目で見て三分後には忘れているでしょう」


 黄檗の間では現在もブルッフハーフェン自治共和国周辺情報の収集、各省部局や報道への対応が行われていた。マルテンシュタインと宇佐美は新たに配信されたブルッフハーフェン自治共和国のニュース――とされる偽映像を検証していた。これはLNNロージントンに届いたものであり、帝国一般ニュースネットには流されていない。


 すでにブルッフハーフェン自治共和国が敵の襲撃を受けていることそのものは、帝国政府から発表があり、朝のニュースで流されていた。


「ご覧ください。宰相閣下が佩用はいようしている皇統勲章。このタイプの勲章は、現在帝国では用いられていません。彼らの帝国皇統に関する情報は一世紀前のまま止まっています」

「我が生まれ故郷辺境惑星連合は、皇帝や皇統の権威というものを侮る傾向があるからな。敵を知るには敵をあざけるのをやめること、という原則ができていない証拠だ。辺境惑星連合軍が勝利を収めえない所以だな」


 マルテンシュタインの分析は、宇佐美にとっても同意見だった。


「事務局長。記者会見の発表内容および想定問答についてまとめましたので、確認願えますか?」

「わかりました、少し待つように」

「グレイヴァン報道官もご苦労だな。今日は何度記者諸君のお相手を?」

「記者諸君が納得するまで何度でも、です」


 ダリウス・マクシミリアン・リーシェン・アンドレアナ・フィーブリウス・デ=ルーフェ=グレイヴァンは宰相府報道官として異動――事実上のヘッドハンティング――してきた元国税省広報広聴室室長代理だ。なんだかんだで柳井が報道官を務めていた宰相府だが、柳井の好悪ともに刺激が強い物言いを和らげた形で発信するため、また宰相府の発表があらゆる政治勢力に悪用されないため、人材確保を進めた形になる。


 国税省時代は記者や官僚相手に丁々発止を繰り広げた逸話を持つグレイヴァン――デ=ルーフェン=グレイヴァンでは長いので普段から略されている――は、国税省の垂れ目の記者たらしとして知られており、マルテンシュタイン相手にもふんわりとした笑みを向けた。


「私に意見するところはありません。記者会見はよろしく頼みます」

「は、それでは」


 上司の了承を得た原稿を手にグレイヴァンが黄檗の間を出ていくのを見送ってから、宇佐美が珍しく溜め息をついた。


「しかし、宰相閣下は本当にご無事でしょうか?」

「心配ないだろう。あの人は意外としぶといと思うがね」

「外協局長には確信がおありのようで」

「あれは一〇〇まで生きるタイプだと、私の故郷に格言があるんだが……思い出したぞ。苦労の汗は、長寿の泉を満たすというのでな」


 これは汎人類共和国の領域にある、いくつかの植民惑星に伝わっているもので、元々は惑星開拓における勤労スローガンだったのだが、長い年月を経て長寿を表す格言へと発展したものだ。


「苦労の汗が長寿の泉を、ですか……すでに宰相閣下の長寿の泉は溢れかえっていそうですね」


 宇佐美が言うと、マルテンシュタインはそれもそうだと大笑いして自分のデスクに戻っていった。

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