第49話-⑥ 宰相兼臨時総司令官

 四時一三分

 ブルッフハーフェン自治共和国

 首都星ブルッフフェルデ

 センターポリス近郊 テンダール鉱山

 臨時危機管理センター


『星系外へ離脱しての救援要請は困難と言わざるを得ません』

「やはり星系封鎖体制を取っているか」


 インペラトール・メリディアンⅡで艦隊の指揮を執るベイカー侍従武官長の報告に、柳井は溜め息をついた。臨時危機管理センターでは防衛体制に関する討議が続いていた。


『無人偵察機による微細な超空間潜行の重力波すら検知しています。駆逐艦以上の大型艦ならなおさら無理です』


 星系外に出れば、ET&Tが敷設した星間通信網に接続し、超空間通信で帝国本国やロージントンの東部軍管区司令部に救援を求められる。しかしこの状態では、外部に脱出させる艦艇に死んでこいと言うようなものだった。


「敵の規模はわかっているのだろうか?」

『最低でも戦艦八隻、巡洋艦三〇隻を確認。このほか電子戦部隊と揚陸部隊が随伴しているものと思われます……電子戦部隊の存在が厄介です。こちらの遠距離通信および索敵警戒網はほぼ機能しておりません。全天走査の解析中ですが、すでにヒル圏内まで入り込まれている可能性は大と、小官は判断いたします』


 なんとも情けない話だが、それだけ艦隊電子戦装備の不足は問題だった。インペラトール・メリディアンⅡはじめ、近衛艦にも一通りの電子戦装備は備えられているが、星系まるごと外部通信を遮断し、その星系内での情報を偽装して送出するような電子戦部隊を引き連れた相手には分が悪い。


「わかった。ブルッフフェルデ防衛を最優先にした三号作戦案で進めてくれ」

『かしこまりました。閣下のご命令通りに。すでに軌道上に防御陣地を構築中です』


 ベイカーが我ながら芸がない、と言うと柳井は苦笑した。通信が切られ、再びスタッフ達が各々の仕事に戻っていく。


「いっそ敵が羨ましく感じるときがあるよ」

「敵……辺境惑星連合軍がですか?」


 柳井のぼやきに、ジェラフスカヤが応えた。


「またこうして寡兵での防衛戦だ。あちらはいつも侵攻作戦。大兵力での力押しなら、作戦を考える手間も多少は減るのだが」

「しかし、閣下の仕事は軍の指揮ではありません」


 ジェラフスカヤの正論に、柳井は肩をすくめた。


「まあ、どうしても軍隊のことを考えるのは職業病だよ。私にとっては政治家との丁々発止をするよりも、敵艦を吹き飛ばしたり、そのための物資のやりくりを考えることの方が遙かに楽なんだ。救いがたいものだよ」

「閣下……」

「埒もないことを言ったな。忘れてくれ」

「はっ、忘れます」


 ジェラフスカヤがそう言ったのを見て、柳井は苦笑いを浮かべていた。


「閣下、首相臨時代理が到着しました」


 柳井の前に連れてこられたのは、首相臨時代理に選ばれたゴロー・タメスエ・ヴィシュワマディ。現在自治共和国議会で与党を占める帝国民主党系会派の民主プラットフォームの幹事長を務めていた。


「お初にお目に掛かります、宰相閣下」


 小柄な老人は柳井に対して折り目正しい礼をした。この惑星がまだ自治共和国になる前の行政府で司法長官や行政長官を歴任した彼は、高齢を理由に閣僚にはなっていなかった。しかし現在でも自治共和国市民からの人気が高い政治家で、老体を押して大任を拝命した。


「こちらこそ。大変なときだがよろしく頼みます。さっそくで申し訳ないのですが、自治共和国政府の指揮権を預けます。私が全部持っているわけにもいかない」

「承知しました。すでに首相臨時代理権限でセンターポリスには無期限の外出自粛要請を出しました」

「結構。治安維持軍および防衛軍、警察、消防との連携は?」

「国防大臣、内務大臣、非常事態庁長官の各代理がすでに」


 すでに自治共和国政府は死亡、もしくは職務遂行不能な大臣クラスの代理は決められていた。緊急時の対応マニュアル通りの動きだ。


「わかりました。それではここは首相臨時代理に預けます」

「はっ?」


 柳井の言葉に、ヴィシュワマディはじめ、自治共和国政府スタッフが顔を見合わせた。


「私はあくまで首相臨時代理が決まるまでの代理人。ヴィシュワマディ首相代理がいるなら、やることは他にあります」

「それは、なんですか?」

「広告塔ですよ。国家運営そのものはこちらで首相代理が統括を。私は防衛艦隊をインペラトール・メリディアンⅡにて督戦します」

「閣下!? お考え直し頂けませんか?」

「なにもそこまで御身を危険にさらすことはありません」


 柳井の言葉を聞いたバヤールとビーコンズフィールド兵曹長に懇願されても、柳井は首を振った。


「敵侵攻を目前にして自治共和国市民も不安が増大し、混乱や暴動の引き金になりかねない。私が出ておさまるものは、私が出るべきだろう。ルブルトン子爵、バヤール達を頼みます。当面宰相府のスタッフは首相府スタッフとして、首相代理の補佐を」

「……閣下も意外と強情ですな、地上はお任せを」


 ルブルトン子爵は何かを諦めたような笑みを浮かべていた。


「トビー、宇宙に上がる前に市街地に出ておく。準備を頼む」

「どうしても、ですか?」

「どうしてもだ。報道各社にもその旨を伝達」

「……分かりました。閣下の身命は近衛の名誉に賭けても守り抜きます」


 このあと、指揮権の引き継ぎ等を行い、防衛計画に関する打ち合わせと食事などを経て、柳井は臨時危機管理センターを出ることになった。


「閣下……」


 三人の宰相付侍従のうち、柳井に随行するのは元々国防省から出向していて、軍事の知識があるハーゼンバインだ。ジェラフスカヤとバヤールは地上に残ることになる。ジェラフスカヤには家庭があり、バヤールは最も若く、間を取ってハーゼンバインにしたのでは、と指名されたハーゼンバイン自身は納得していた。


 もちろん、彼女が元々国防省から出向した皇宮武官であるという点も考慮されている。


「バヤール、ジェラフスカヤも、ロベール君とルブルトン子爵を手助けしてやってくれ」

「はっ。無事のお戻りを」

「閣下のご武運をお祈りいたします……!」

「閣下、再び相見えることを祈っております!」


 ジェラフスカヤとバヤール、ロベールに言われた柳井は、危機管理センターの一同に挙手敬礼してからその場を辞した。


「トビー、準備はいいか?」

「はっ! どこまででもお供いたします!」


 ビーコンズフィールド兵曹長が装甲車のハッチを開け、柳井とハーゼンバインの乗車を介助したあと、自らは指揮官席に飛び込む。


「市街地に出られるとは、具体的に何を?」


 ハーゼンバインに問われて、柳井はニヤリと笑う。


「徹底抗戦の檄文くらい読み上げておかないと、攻めてくる方も攻め甲斐があるまい?」

「宰相閣下は意外と豪胆であらせられる。陛下がなぜ閣下を宰相に選ばれたのかが分かる気がします」


 呆れたように溜め息をついたハーゼンバインは、すでにインペラトール・メリディアンⅡの防衛艦隊司令部と連絡をしつつ、柳井出陣の準備を進めていた。



 五時三〇分

 センターポリス

 フォルクハルト・フォン・モルトブルッフ記念公園


 この惑星を生涯を賭けて開拓していたモルトブルッフ皇統子爵の名を冠する公園は、自治共和国議事堂、合同庁舎、それに最高裁判所などが周囲を囲む官庁街の中心にある。柳井の演説のために中継車やテレビクルーがすでに集められており、この所為で外出自粛令を出していたにもかかわらず、多くの自治共和国市民が集まっていた。


「閣下……」

「なに、聴衆がいるほうがこちらもやりがいがある……自治共和国の内務省や警察も警戒している。心配ないさ」


 柳井は装甲車の側面ハッチから地上に降りると、集められたテレビクルー達の前に姿を現す。


「閣下、すでに敵艦隊が惑星ヒル圏まで侵入しているという情報がありますが」

「帝国軍の来援がない状態で交戦を続けるのは無謀なのではないでしょうか」

「帝国本国からの来援が来る可能性はあるのでしょうか?! すでに見捨てられたのでは!?」


 レポーター達の質問攻めとそれを押し返すように展開する護衛の兵士達の双方を、柳井は手で制した。


「それをこれからまとめてお話しします。各局よろしいですか? 私の最期の姿かもしれないんです。できるだけ美丈夫に撮って頂きたいものですが」


 すでに早朝ニュースの時間であり、ブルッフフェルデセンターポリスは朝焼けの中にある。各局レポーターが慌ててカメラクルーなどと打ち合わせて、中継が開始された。


「皆様おはようございます。帝国宰相、柳井義久です。深夜にもお話ししたとおり、私はまだ、この惑星上にいます。深夜からの特別放送などをご覧いただいていた方々には、御礼申し上げます」


 そこで言葉を句切ると、柳井は周囲を見渡すように首をめぐらせた。柳井が立っているのは公園内のイベントステージとして使われる舞台だ。


「今、私がここに居るのは、出陣前のご挨拶をするためです。首相臨時代理は、すでに報道があったとおり、ヴィシュワマディ氏が滞りなく選定されました。自治共和国政府、そして自治共和国議会に対し、困難な状況の中、国家運営のために夜を徹しての作業を行って貰い、感謝いたします」


 この間、ビーコンズフィールド兵曹長はじめ、近衛の護衛兵は周囲への警戒を最大限行っていた。いざとなれば銃弾の前にその身を晒してでも柳井を守るのが彼らの役目であり、それを覚悟で柳井の護衛任務に志願している。


「さて、ご承知の通り、敵艦隊がすでにこのブルッフフェルデの前面まで迫っているという情報があり、これは事実です。現在敵の電子戦により、我々は目と耳を塞がれた状態で闘うことを強いられています。防衛軍には、惑星至近での迎撃戦闘を命じており、私が連れてきた近衛軍、そして星系自治省、航路保安庁の艦隊についてもすでに出動態勢を取り、自治共和国に住まう方々の生命、財産、そして自治共和国の主権と領土を守るべく戦い抜く所存です」


 柳井の言葉は淡々としていながら、その決意は固い、と見ている誰もが思うものだった。


「この放送を、もし辺境惑星連合軍の者が聞いているとしたら、私は言っておくべきことがある」


 柳井は不敵な笑みを浮かべて、珍しく芝居がかった仕草で手を広げた。


「我々帝国は、領土も人も、資産も、一切渡すつもりはない。自治共和国政府はすでにテロによる被害を復旧し機能している。あなた方が企図するような混乱は見られない。私がここで討ち死にしようとも、あなた方に八つ裂きにされようとも、ウィーンにおわす皇帝陛下は、すでに策を講じておられることでしょう」


 帝国人の誰もが、皇帝と聞けば背筋を伸ばす。これは幼少の頃からの刷り込みによるもので、よほどの反帝国思想家でもない限りは脊髄反射のようなものだった。柳井の宣言はシンと静まりかえった公園に響く。


「畏れ多くも畏くも、皇帝メアリーⅠ世陛下は軍略の天才であらせられる。今回のようなの陳腐な罠など見破っておられると、私は固く信じており、また、帝国臣民、自治共和国市民もまた同様であると言っておきましょう」


 柳井による痛烈な宣戦布告とも取れる言葉に、遠くで中継を見ているはずの市民達がどよめき、カメラを向けている報道各社のクルー達も息を呑んだ。


「私、柳井義久はピヴォワーヌ伯国首都星ラ・ブルジェオン沖の会戦でも、辺境惑星連合軍の諸君による悪辣な侵攻を食い止めた経験がある。その戦闘がどのような帰結を迎えたかは、帝国臣民ならびに辺境惑星連合の諸君らも知っての通りだ。帝国軍と我らブルッフハーフェン自治共和国防衛軍との間ですり潰されたくなければ、一刻も早く撤退なさるべきだ。捕虜か死か、不名誉な選択を行いたくなければ、直ちに自治共和国領宙より撤退せよ!」


 全てが終わり、柳井が周囲に対して一礼すると、警察による封鎖線の向こうから歓声が上がる。


「さて、それでは行こうか。インペラトール・メリディアンⅡでの私の仕事は大将首だ。コーヒーでも飲んで、防衛艦隊の手腕を拝見するとしよう」


 そう言いながら装甲車に戻った柳井だったが、車内に待機していたハーゼンバインは顔面蒼白だった。


「どうした?」

「閣下の演説中、四名の不審人物を治安警察が確保。二名を内務省公安部が確保。いずれも小型の折りたたみライフルを携行していたとのことです」


 この期に及んで柳井を殺しても、ブルッフハーフェン自治共和国政府が降伏するとは限らない。むしろ柳井の死はブルッフハーフェン自治共和国の帝国が友邦として存在していることをより強く市民に自覚させ、徹底抗戦の気運を高めることにもなる。


 柳井があえてあのような演説を打ったのも、自分がどのタイミングで死亡したとしてもこの惑星が敵に、辺境惑星連合に降伏するのを避けさせるための最後の一押しだったのでは、とハーゼンバインは分析して、目の前の防災服姿の上司の底知れなさを思い、評価を改めた。


「自治共和国の内務省と警察当局は優秀だな。これなら今後も不安はない」

「閣下! もう少し御身の重要性を――」


 同じ報告を受けたのだろうビーコンズフィールド兵曹長も、柳井に非難めいた言葉を向けたが、柳井はやんわりと手で制した。


「分かっている。しかし重要だからとしまい込んで、肝心なときに使わないのではもったいないだろう? 重要なものは重要なときに、使えるものは何でも使うのが私のポリシーだ」


 後に柳井が言ったと伝わる言葉に『使えるものは綴じ蓋でも割れ鍋でも使え』という一文があるが、これは極東管区に伝わる古いことわざが変化した洒落に近いもので、柳井本人の発言でもないとされるが、いかにも本人が言ったらしいと思われたので、広まっていった。


「……肝が冷えますよ。ハーゼンバイン侍従も大変ですね」

「慣れました」


 ビーコンズフィールド兵曹長に問われ、ハーゼンバインは吹っ切れたように笑った。

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