第49話-③ 宰相兼臨時総司令官



 二〇時二〇分

 ブルッフハーフェン自治共和国

 首都星ブルッフフェルデ

 センターポリス近郊 テンダール鉱山

 臨時危機管理センター(旧鉱山管理事務所)

 

 センターポリス開発などに用いられた天然資源の供給基地として、入植当時に開発されたテンダール鉱山は、衛星での資源開発が軌道に乗った時点で閉山され管理のみが行われていた。その事務所が今やブルッフハーフェン自治共和国自治政府の臨時危機管理センターとなっている。


「被害はいずれも政府施設、およびET&T、治安維持軍、防衛軍基地に集中しています」


 柳井は指揮所をインペラトール・メリディアンⅡから危機管理センターに移していた。採掘用のロボットなどの統括管理を行っていた管理事務所は、今やブルッフハーフェン自治共和国の臨時官邸と言うべき様相だった。


 合同庁舎爆破を生き残った官僚や職員が右往左往し、床には持ち込まれたコンピュータのケーブルが這い回り急ごしらえ感は否めないが、機能不全に陥っていた自治共和国政府はその機能を七割ほど回復していた。


「一部不発の爆発装置が発見されたと、警察の爆発物処理班から連絡です。分析したところ、辺境惑星連合やその支援する組織の使用する爆発装置との類似点多数とのこと」

「時間差で起爆するものもあるのでは?」

「重要施設を中心に調査は進めています。また爆破の危険がある施設からの人員の退去も同時に行っています」

「こちらが通信封鎖をされていることに気がつけば、帝国軍も動き出す。それより前に地上戦に持ち込まれたらこちらが不利だ。敵艦隊の動きは確認出来ているか?」

『現在までのところ敵艦隊を捕捉出来ていません。外惑星索敵網が徹底的に潰されています。通信妨害の影響も大きいようで』


 センターポリスの機能復旧が進むと同時に、星系内の被害状況が明らかになった。宇宙空間においても通信衛星や索敵センサー類を中心に多数の被害が出ていた。


 帝国における惑星防衛は宇宙空間での艦隊殲滅が重要視されており、惑星地表にまで誘い込むことは兵学上下の下である、と教えられる。これは惑星地表戦が都市部に及ぼす影響を考慮してのことだ。


 防衛対象となる惑星からどれだけ離れた位置で敵本隊を捕捉撃滅できるかが勝負なのだが、今回のように敵艦隊の接近を検知することが出来ない場合やは、防衛対象となる惑星のヒル圏内で迎撃せざるを得ない。


「惑星至近での迎撃戦闘か。舐められたものだ。こちらはピヴォワーヌ伯国で経験済みだ」

「ラ・ブルジェオン沖会戦でのピヴォワーヌ伯国艦隊の粘りは、閣下の手腕だとか。できれば閣下の手腕を確認する前に、東部軍の到着を期待したいところですな」


 柳井と国防副大臣のマレク・ヴァーツラヴェクの言葉に、危機管理センターが沸いた。ピヴォワーヌ伯国首都星ラ・ブルジェオン周辺で行われた辺境惑星連合軍迎撃戦において、柳井指揮するピヴォワーヌ伯国領邦軍は勇戦。近衛軍到着まで戦線を維持して敵を撃退している。柳井のピヴォワーヌ伯国名誉参謀総長の称号はこのときに与えられたものだし、皇統男爵として叙されたのもこの功績あってこそだ。


「宰相閣下! 首相以下政府閣僚の生死が判明しました」


 保健厚生省の官僚が、メモ用紙を片手に柳井に駆け寄った。センターポリス中央病院に直接確認に行って確認をしてきたと、柳井は聞いていた。


「詳細は?」

「は……内務大臣、経産大臣、保厚大臣、農水大臣は即死で、遺体を収容しております。首相、国防大臣、非常事態庁長官、文教大臣は重体で現在緊急手術中。上手くいくかは五分五分とのこと。官房長官、財務大臣については、おそらく身体の一部だったものを回収したとの報告も」

「治療が上手くいくことを祈ろう……」


 自治共和国初の内閣の半数が、建国式典前に爆殺とは帝国史でも初めてのことだった。柳井は一時即死した閣僚達の冥福を祈り、目を伏せた。


「ともかく、残った人員でやりくりするしかない。私が当面指揮を執るとは言ったがあくまで仮初めのもの。臨時内閣を組閣して国家体制を維持しなければならない」

「議会にも非常呼集を掛けて臨時議会を開くことになりますが、この状況では」


 加藤昌一かとうますいち首相政務官が困憊した様子で柳井に顔を向けた。


「いや、首相がその職務を遂行できなくなった際に、中央政府星系自治省の承認が得られるまでは閣内の臨時首相の施政権が認められている。通信が出来ない状況だから、ひとまず私が中央政府の代理人としてこれを承認すればいいだろう。至急人選を進めてくれ」


 実のところ、自治共和国政府における首相は中央政府、特に星系自治省の官僚が派遣される官選制であり、自治共和国政府に決定権はない。自治共和国の選挙で選ばれた議員はどれだけ支持を集めていても首相にはなれず、慣例として緊急時の首相代理を務める官房長官もしくは内務大臣を務めている。


「民主プラットフォームの内部政治は考慮に値するが、今は非常時だ。ジャンケンでもくじ引きでもいいから臨時首相を出させるように。責任は帝国宰相が持つ」


 しかし今回の場合は内務大臣は爆発で即死、官房長官は重体である。こうなると自治共和国議会与党内でも誰を代理に充てるかで揉めることは必至だ。柳井も現地議会の政治情勢は把握していたが、のんびりと政局を眺めるわけにも行かず、いささか強引に代理の首相の選定を進めさせることにした。


 一通りの指示を出し終えた柳井は、腕時計を見る。時刻はすでに二〇時過ぎ。本来なら首相達と晩餐会の時間だったことを思い出し、急に空腹感が襲いかかってきた。


「閣下、こちらをどうぞ」


 危機管理センターに詰めているスタッフが、プラスチック製のカゴに入れた非常食を配って回っていたのを受け取り、柳井は袋を空けてそれを囓った。甘ったるいチョコレート風味の食糧が、このときばかりは五臓六腑に染み渡るように感じた。


「宰相閣下。ET&T通信センターの者が到着しました」


 内務省通信局の通信課長が声を掛けてきたので、柳井は食べかけの非常食を慌てて口に詰め込んだ。


「どうだ? 星系外通信復旧のめどはつきそうか?」


 非常食を水で流し込んだ柳井から問われたET&T通信センターの技官は首を振った。


「星系外通信復旧は絶望的と言わざるを得ません。第六惑星ラグランジュ1、5、6に置かれた外宇宙通信センターとのアクセスが不能。現在、この惑星は完全に外部との通信網から遮断されています」


 半径一万光年の版図を持つ帝国において、星系同士の通信は超空間通信だけが実用性を持つ。通常通信――電磁波帯域の通信――は光速でしか情報を伝播しない。今、通常通信で救援要請を出しても、一番近い自治共和国であるローゼンミール自治共和国ですら、一五〇光年の彼方である。つまり、救援要請が届いても一五〇年後のことになる。


「……通信不能状態にあることを確認してくれれば、帝国軍か星系自治省が動くはずだが」

「それなのですが……こちらをご覧ください。外宇宙通信センターから外部発信された通信データを解析したものです。LNNブルッフハーフェン支局の放送コードでした」


 技官の差し出したタブレットに映し出された映像を見て、柳井は愕然とした。


『本日、自治政府迎賓館にて行われている園遊会で、柳井帝国宰相は次のように発表なされました』

『ブルッフハーフェンの独立は帝国辺境部の発展に繋がることであり、今後も人口増加や経済発展が見込まれるでしょう。今後も帝国のよき友邦として――』


 自分と瓜二つ。いや、自分自身が自分の関知していない内容を喋っているという事実に、柳井は唖然としていた。


「なんだ、これは」


 柳井をして、こう絞り出すのが精一杯だった。


「AIによる機械生成映像です」

「……出来はいいようだな」


 柳井にとって自分の機械生成映像が出るのは初めてのことではない。帝国内における口さがない反帝国・反皇帝・反権力集団は帝国要人の人工生成映像を使い誹謗中傷や欺瞞情報を流している。ありもしないことを言わせたり、貶めるようなことを言わせるのは日常のことであり、それらへの対抗処置もほぼ自動的に行われている。そもそもごく少数、影響力に乏しい些末なものは内輪のネタとして消費されるのみで、人口に膾炙かいしゃしない。


 しかし今回の映像は違う。明らかに帝国宰相柳井義久の健在を偽装している。帝国への離反を宣言させるとか、皇帝批判をさせるとかではなく、時間稼ぎを目的としたものだ。


「つまり今、辺境惑星連合軍は外部にブルッフハーフェンが平常通りの生活を送っていると偽装しているというわけか」

「おっしゃるとおりです。全ての通信ではないでしょうが、主立ったメディアや政府閣僚の発表、官公庁や企業などの定時報告などは、ドキュメントも音声、映像含めて全てと思われます……バラエティ番組などはわかりませんが、不可能ではありません。閣下のお手元の端末でも不可能ではないのです。専用の電子戦艦を半ダースほど用意すれば容易に行えるでしょう」


 技官から自分のラップトップ端末を指さされて、柳井はこの問題の対処がより困難を極めつつあることを察した。あとは生成された欺瞞情報に、どれだけ中央政府や周辺の自治共和国が気がつくかにかかっていた。


 柳井はすぐに防衛軍司令部へ通信を入れた。


「外宇宙通信センターを破壊しても無駄か?」

『おそらく敵の電子戦部隊を殲滅しない限りは無駄と、うちの参謀は申しております』


 コールドマン准将の回答は早かった。准将に変わり、電子戦を統括する情報参謀が画面に出てくる。


『敵電子戦部隊を捕捉撃滅するのは困難と言わざるを得ません。それらの存在は高度に秘匿されており、見つけ出すには同等の電子戦部隊を持つことが必要不可欠。センターを破壊しても、彼らの電子戦艦や電子戦機が通信センターとして受信側に見せかける細工はしてあるでしょう』

『むしろ少ない戦力を消耗することにもなりかねません。防衛軍としては、ブルッフフェルデ防衛と持久作戦に的を絞った防衛計画を提案いたします』


 画面に戻ってきたコールドマン准将が言うと、柳井の端末に防衛計画の草案が届いた。


「……第一、第二衛星の防空部隊と衛星軌道上の戦闘衛星、それに防衛軍と治安維持軍、近衛の艦隊戦力が当面頼みの綱か」


 ますますラ・ブルジェオン会戦のときの状況に似てきたが、あのときは最初から近衛や会社艦隊の増援が来ることを前提とした時間稼ぎが可能だったが、今回は現時刻で帝国中央政府や東部軍管区がブルッフハーフェンの状況に気づいているか疑わしい。


 防衛計画にざっと目を通した柳井はそれに紋章印を認証させて承認する。


「とりあえずこれで進めてもらおう。艦隊指揮については近衛軍が計画に基づいて統括指揮を行う。艦隊司令部はインペラトール・メリディアンⅡに置き、実戦指揮はベイカー中将に任せておけばいい」

『はっ』

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