第42話-③ 自裁の栄誉
五月一三日一〇時〇〇分
ラインツァー・ティア・ガルテン
マルティフローラ大公帝都別邸
応接間
メアリーⅠ世と柳井は先の内乱の後始末を自らこなすために、ラインツァー・ティア・ガルテンを訪れていた。マルティフローラ大公帝都別邸には、現在爵位を剥奪された前マルティフローラ大公が軟禁されている。土日を休息に費やした皇帝と柳井は週明け早々、前大公に処分を通知するために大公帝都別邸を訪問した。
「陛下、何も自らお出になることは……」
柳井は当初、近衛軍から何人か連れ出して一人でこの胸糞の悪い任務を済ませるつもりでいたが、皇帝は断固として自分が申し渡すと言って聞かなかった。
「先週言ったでしょう。私なりのケジメよ」
「ならば、私が申し上げることはありませんが……」
「あなたにはいきなり厳しい状況だわ。申し訳ないわね」
珍しく暗い表情の皇帝に謝罪され、柳井は
「何を仰います。予想された事態の一つです。その覚悟がなければ、陛下についてなどいきません」
「できればこんなことは、私の治世中に二度は起こしたくない」
「そのための私、そのための宰相府でございます」
「ありがとう。義久はここで待ちなさい」
皇帝が立ち上がり、警察庁長官ラワン・ラ・ウルイマナと共に大公の部屋へと向かった。先日までは近衛軍が警備に当たっていたが、爵位剥奪の決定が下された直後、帝都警察に管轄が移行している。
「彼の様子はどう?」
「はっ、食事は取られていますし、特に問題はございません」
ウルイマナ長官は緊張した面持ちで皇帝に答えた。
「そう……」
「護衛のものをつけますが」
「いらない、サシで話す」
「ですが……」
「ここで死ぬなら、それまでの女ってだけのことよ」
長官としては万が一のことを考えていたのだが、皇帝の決定は覆らなかった。
メアリーⅠ世が前マルティフローラ大公フレデリク・ノルトハウゼンの軟禁に使われている部屋に入ると、前大公は跪き、頭を垂れていた。
「陛下の御前に、我が不浄なる身を晒す無礼をお許しください」
いつも不遜な笑みを浮かべて上質なスーツに身を包んでいた前大公だったが、跪いた彼はその中でも特によく見かける、臙脂色のフロックコートを身につけていた。皇帝にはそれに見覚えがあった。彼がもっとも気に入って、一〇年来身につけているものだ。
「……フレデリク、あなたにそういう挨拶は似合わないわね。最後くらい、同じ立場でやりましょう」
皇帝の意を受けて、前大公はようやく顔を上げ、立ち上がった。
「君が何を伝えに来たか、私は分かっているつもりだ」
「そう……自裁の栄誉を与える」
「心遣い、痛み入る」
前大公はすっきりとした表情で、皇帝の言葉と無造作に差し出された勅書を、
「あなたの娘にマルティフローラ大公は継がせる。成人するまでは後見人を付ける」
「誰か候補はいるのか?」
「東部軍管区行政庁のヴァイトリングなんて話が出てるわ」
「それを聞いて安心した。あの子には母の温もりも、父の威厳も与えてやれなかった。大公だなんだと言っても、この有様だ……彼女なら娘も大公国も安心して任せられる」
大公が目を向けたのは、マントルピースの上に飾られた乳児の写真だった。皇帝はその写真に一瞬目をやった。
「あなたは国庫の資金を賊徒にすら流し、数多の犯罪を犯した大罪人として帝国の歴史には名を記した。しかし、それでも、マルティフローラ大公国は帝国随一の領邦であり、帝国の屋台骨を支えていた。そのことは、あなたの誇りとするところだわ。リーヌスにはそのこともきちんと、理解出来る年頃になれば教えることを誓約する」
皇帝の言葉に、前大公は安心したように笑みを浮かべた。
「そうか……私の間違いで、多くの者を死なせてしまった。戦死者の遺族に対する補償などで面倒事を押しつけることになったな。すまない」
「ごめんで済むなら叛乱なんて起こさないのよ……まあ、なんとかするわ」
顔を
「頼む……メアリー、いや陛下。自裁のお許しを頂き感謝に堪えない。礼を述べさせて貰うよ」
「礼ならヴァルナフスカヤに言うことね」
「君から伝えておいてくれ」
「さあね。気が向いたら」
「そうか……さあメアリー。君には大罪人の
笑みを浮かべた前大公に、皇帝は今度こそ不愉快そうに大公を睨み付けた。
「そうね、その通りよ。あなたからはもっと穏便に帝位を奪ってやるつもりだったのに、計画が狂ったわ。一〇〇年後くらいにあの世でどやしつけてやるから、精々首洗って待っておきなさい」
「そうしよう。一〇〇年と言わず二〇〇年でも構わないさ」
「そこまで生きたらバケモノね……それじゃ……これを使いなさい。せめてものはなむけよ」
メアリーは自分の軍服の腰のホルスターに差していた拳銃を引き抜いた。彼女にしては意外なことに、拳銃については帝国軍正規仕様の拳銃だった。鈍色に光る拳銃を両手で受け取った前大公は、深々と頭を下げ最敬礼の姿勢を取った。
「ありがとう、メアリー。君の治世が幸福と繁栄に満ちあふれることを切に祈る」
「ええ……さようなら」
皇帝が前大公に背を向け、部屋を退室する。その瞬間まで前大公は最敬礼を崩さなかった。
「リーヌス……すまない」
マントルピースの上にあった写真を手にした大公は、一度写真を胸に抱いて、再び元の位置に戻した。
一〇時二〇分
応接室
「もう、よろしいので?」
柳井は待っている間も自分の端末を広げて仕事をしていた。皇帝の表情を見ただけでも、柳井としては皇帝がどれだけこの仕事を重荷に感じていたかが分かる。
「ええ。最後まで青臭いヤツだった」
「そうですか……」
パンッ、という乾いた破裂音が聞こえて、別邸を管理している警官達が前大公の居室へと向かった。それから三分もしないうちに、ウルイマナ長官が応接室に入ってきた。
「陛下、前大公が自害なさいました」
「わかった。遺体は死に化粧をして冷凍処置してちょうだい」
「はっ」
長官がいなくなったあと、柳井は皇帝に今後のことを尋ねることにした。
「遺体の処置、どうなさるおつもりですか?」
「マルティフローラ大公国にて火葬する」
「帝都で火葬することも可能ですが」
柳井の提案に、皇帝は首を振った。
「乳歯も生えそろっていない赤子とはいえ、父親の死に顔くらい見せるべきだと思うけど」
リーヌス・フォン・マルティフローラ・ノルトハウゼンは動乱時に大公国にいて、現在もマルティフローラ大公邸にて保護されている。
果たして見せるのが正しいことなのか、実は皇帝自身も迷ってはいた。しかし、父親の温もりも満足に知らぬ赤子から、今更父親の最期の姿の記憶まで奪うのは酷だと考えた。それがたとえ、本人の記憶に残らないとしても。
柳井はさらに政治的な方面に思考を巡らせていた。もし帝都で火葬して骨壺だけをマルティフローラ大公国に送付した場合、領邦に住まう臣民はどう受け取るだろう、と。
前大公が大罪人と判明したとはいえ、大公国が前大公の下で経済発展を続け、臣民はその恩恵に浴していたことは事実だ。動乱前の大公の支持率にしても七割を超え、臣民に信頼された領主だったのだ。
遺体をそのまま送付すれば、骨壺で送り返すほどの衝撃はないと柳井は考え、皇帝の命令を実行に移すことにした。
「それと、埋葬はどこに?」
「国事犯扱いだし歴代領主の墓というわけにはいかないでしょう。大公私邸のどこかに埋めてあげて」
大公の個人資産は、最低限の生活を営むための居宅や最低限の資産を残して
「手配いたします。墓碑銘はいかがなさいますか」
帝国国教会の形式では、遺体は火葬し、遺灰を骨壺に収めたのち埋め、任意の石材で作られた墓石を設置する。これは惑星環境保護法で定められており、古くは火星開拓コロニーでの政令だったものが条文を改められて現在まで使われている。
「そうね……それじゃあ――」
マルティフローラ大公私邸の庭の一画に、大公としては異例の小規模な墓標が建てられることになる。墓碑銘には短くこう記された。
『大公国を支えた功労に報いると共に、犯した罪の重さを忘れぬように、帝国皇帝メアリー・フォン・ヴィオーラ・ギムレットよりこの墓碑を送る。願わくば、大公国と皇帝が相対することが今後無きように祈る』
一〇時四〇分
フリザンテーマ公爵帝都別邸
柳井にとって不快だったのは、フリザンテーマ公爵への伝達時だった。なお、コノフェール侯爵は心神喪失状態で会話にならず、事務的に通知をしただけで終わった。
「地球帝国皇帝メアリーⅠ世陛下に代わり、帝国宰相、柳井義久より勅命を申し渡す」
前マルティフローラ大公への処置のあとの皇帝を
やや低い扱いにフリザンテーマ公爵は不満げだったが、その態度こそ事の重大さを知覚できていない証左だった。
「前フリザンテーマ公爵アレクサンドル・フリザンテーマ・ロストフは爵位を剥奪し、領邦領主としての任を解く。私有財産は家族の最低限の生活保障に必要なものを除き没収する。法の裁きを受け、定められた刑に服すること」
柳井は努めて事務的に、勅令の内容が記された合成紙を読み上げ、フリザンテーマ公爵に差し出したが、公爵はそれをむしり取るように掴んで、真っ二つに破り捨てた。
「貴様! 皇帝に取り入り国政を
「今後の裁判でそう主張なさればよろしい。国選弁護人も付けられるが、内乱罪の弁護はさぞ苦労することでしょうな」
柳井は冷たく言い放つ。気圧されたように、フリザンテーマ公爵は椅子に座った。
「あなたはマルティフローラ大公よりも領邦領主としての在任年数が長いのですよ? 帝国中央から領邦へ流れた金の流れも把握していたはずだし、何に使ったかも我々より分かっておられる筈です。それに付随する様々な不正、犯罪も明らかになっている。逃れることは不可能です」
「そ、それは……」
「今後、当局からさらなる取り調べを行ない、裁判の後あなたの罪刑は決定されますが、内乱罪適用により無期禁固は確定しているようなものです」
「そんな。私は……大公殿下に
「それ以上の弁解は不要です」
「内乱罪は単独犯ではありません。あなたは叛乱首謀者ではなく、謀議参与者だ。いやしくも皇統公爵の地位にありながら、マルティフローラ大公を止めることもせず、あまつさえその野望に賛同して無駄に兵を損ねたのですよ? あなた達がお止めしていれば、マルティフローラ大公は皇帝選挙を無期延期して、戒厳令を敷いて情報統制し、自分の権力を維持することなどできなかった」
「それは結果論だ! 私やコノフェール侯爵が止めても聞くはずがない! 私は――」
立ち上がり、柳井に詰め寄ろうとする前公爵を警官が二人がかりで羽交い締めにする。
「言い訳など聞く耳を持ちません」
あくまで言い訳に終始する前フリザンテーマ公爵を見下ろすように、柳井は決然と言い放った。
「マルティフローラ大公はあなた方の持つ戦力と財力をアテにしていた。大公だけでは、我々が蜂起しても止められない。帝国軍が内乱に介入する可能性は元々低かった。そうではありませんか?」
柳井の言葉に、ついに前フリザンテーマ公爵は反論する言葉を失い、項垂れた。
「取り調べについては、また法務省なり内務省から通知があるはずです。当分はこの屋敷に止まっていただきます。もちろん、自殺など考えぬように。あなたは共謀者であり、傍観者でもあった。自ら事態を収拾する努力を放棄した者に、帝国は自裁の栄誉を与えることはありません。妙な気は起こされませんように。監視がついておりますから、投薬してでもあなたの自裁は止めるでしょう。それでは」
フリザンテーマ公爵帝都別邸を出ると、柳井を迎えに来ていた宰相付侍従のバヤールが公用車の脇で待機していた。顔色がやや悪い柳井を見て、バヤールは不安げに聞いた。
「閣下、お体の具合でも?」
「そんなに酷い顔をしているか?」
「はい」
柳井より頭一つ以上低いががっしりとした体躯のバヤールは、不安げに柳井を見上げていた。
「後味の悪い仕事だった……対艦戦闘でもやっているほうがまだマシだな」
「そう、なのですか?」
「相手を殺しても、顔を見ずに済むからな」
憮然として言い放った柳井に、バヤールは驚いて硬直する。大凡彼の人生で行なうことはないだろう行為である対艦戦の方がマシと言える柳井のメンタリティを考えつつ、バヤールは運転席に乗込んで車を出した。
「これでまずは一つ……」
アスファレス・セキュリティ勤務時代から使っている手帳にメモをした柳井は、次なる自分の仕事に思いを馳せながら、公用車の柔らかなシートに身体を預け、車窓を勢いよく横切る木々と、帝都旧市街の町並みを眺めていた。
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